休憩:オグと見習い達の王都散策 1
「さあ、ここだぞ。自分の荷物を中に入れたら、荷運びを手伝ってくれ」
王都に到着したその夜、宿舎となる学生寮に到着して、オグはハンター見習い達に声をかけた。
学生寮は、過去にはどこかのギルドで使われた建物で、かなり大きい。
長い建物の上階は学生と監督術師の部屋が並び、それぞれ別の階段で女子寮と男子寮に別れている。
一階は男女の共用部分で、グレートホールは食堂と談話室に別れ、他に、勉強室、図書室、工房も複数あり、学ぶための環境が十分に整っている。
平民の精霊術師見習いのための宿舎だが、大抵空き部屋があり、希望すれば貴族でも入れる。下位貴族の子息に息女は、設備が整い、監督術師もいる、この寮の滞在を望む者も多い。
見習い達はすぐに寮からでてきて、文官達を手伝って、荷馬車から荷物を下ろし始めた。
「オグさん、こちらを料理長から預かりました」
とりあえずの荷下ろしが終わると、ここに宿泊するのは平民ばかりとなる。
手伝っていた文官の一人は、丁寧にあいさつをして、木箱を一つ置くと帰っていった。
男子寮は左の階段だ。
学生時代、ここに遊びに来ていたオグは、中もよく知っている。
一部屋にベッドは二つか三つずつあるが、人数も少ないし、一人一部屋使えるだろう。
「見習いは、二階の部屋、どこでもいいぞ。ああ、階段の近くは俺の部屋な」
監督術師の部屋の一つをオグは選び、あとは適当で大丈夫だ。
これが学校の時期になると、火の術師見習いと、水の術師見習いを一緒の部屋にしない、などと、気を配ることになる。
学校に通ったこともなければ、寮生活などしたことのないハンター見習い達は、戸惑いながらも、リネン室からリネンを取って、自分の部屋を選んだ。
平民の朝は、日が昇ると同時に始まる。
二日かけた移動の後だというのに、翌朝、皆が同じような時刻に食堂に集まった。
テーブルには、先ほどオグが買いに出た、パンとフルーツが載っている。
料理人を雇っていないので温かい料理がないが、平民の朝食はこんなものだ。――――――オグも、結婚前までは。
文官が置いていった木箱の中にはリンが作った、ベリーやアプリコットのジャムが入っていて、甘味など滅多に口にしないハンター見習い達は、ガツガツとパンを食べている。
明日はもう少し買っておいた方がいいようだ。
「今日はみんな、どういう予定だ?」
「私達はそれぞれ金細工と木工細工師のギルドと、王都の知り合いに挨拶を、と」
ブリンツが言えば、レーチェもうなずいた。
「同じです。ギルドと取引先をまわってきます」
「挨拶回りか。ポセッティは?」
「サントレナから兄が到着したか、宿舎に確認にまいります」
「私は商業ギルドに顔を出してから、後は、天幕の設営を監督ですね」
商業ギルドのトゥイルは、天幕運営の責任者だ。
王都の本部ギルドには便宜を図ってもらったので、シロップやミードでも持って、挨拶に行くよう言われている。
「手伝いは、いるか?」
「いえ。まだ天幕も張られていません。今日はその設営と商台が入るだけですから。明日は、離宮から家具が参りますので、設置のお手伝いをいただければ助かりますが」
「じゃあ、俺は見習いを連れて、王都を案内するかな」
ハンター見習いの四人を連れて、まず、『オークの広場』に向かった。
『オークの広場』は、小さな円形広場だが、多くのギルドがこの広場周辺に集まっている。
ほぼ街の中心にあって、王都を横切る大通りはこの広場で十字に交差している。
広場へ入ると、真ん中に二本のオークの大木が見えた。周囲は太いロープで囲まれ、立ち入り禁止だ。
「さ、これが、建国王がドルーにもらった枝から育ったオークだぞ」
「これか!」
平民の間では、これが建国神話の木として知られている。
ウィスタントンでは子守話で、誰もが聞かされる話だ。
オグの言葉に、見習い達はロープの脇に跪いた。
ポカンとした顔で見ていたローロも、慌ててその隣に並ぶ。
「森よ、ドルーよ。我らの命をつなぐ毎日の糧をお与えください。芽吹きと恵みに感謝をささげます」
ウィスタントンのハンターが森へ入るのに、必ず呟く礼だ。
「フォルテリアスの建国王がここに植えたんだ」
「これはドルーが俺たちを守ってくれてるってことだぞ」
終わると、見習い達は嬉しそうに大木を眺め上げ、建国神話を知らないローロに、口々に説明をしている。
「ドルーに挨拶もしたし、四大精霊の広場を回るか」
『水の広場』に最後に到着するように、『土』、『火』、『風』と巡って王都をぐるりと一周する。どの広場にも水場があって、『火の広場』以外は、水場にその広場の精霊を模した彫像が立ち、目印となっている。『火』は彫像がないことで、『火』だとわかる。
天幕の設営がどの広場でも進んでいるようだ。
途中でオグは、ここの爺さんの芋煮はうまい、だの、ここは安くて腹いっぱい食べられる、と、見習いでも行きやすい店を教えながら、昼食用に適当に見繕って買っていく。
王都では、食事処に屋台も多くあって、料理ができなくても困ることはない。
大市が始まれば、昼も夜も離宮から食事が届くし、準備期間中は昼だけなんとかすればよかった。
食べ盛り四人を連れている。
大きめな鶏の丸焼きと、うまいという爺さんの芋煮が、どちらも良い香りをさせているのを、見習い達は喜んで抱えた。
学生寮は『水の広場』から二つ通りを過ぎたところにある。設営でごった返している広場を横目で見ながら寮に戻ると、風の術師見習いが二人待っていた。
下位貴族の子息である二人は、精霊術学校の授業を終え、この秋から一年、ウィスタントンの館で術師として研修することになっている。正規の研修期間前だが、大市の天幕での仕事をオファーしたら、大喜びしていた。いい稼ぎになるからだ。
「お、二人とも、どうした?」
「こちらには風の術師がおりませんでしたので、直接参りました」
「設営の準備でお手伝いできることがあれば、と思いまして」
直接来る以外、ここへの連絡方法がなかったのだろう。
「ああ。連絡もせず悪かった。風の術師に交代で滞在してもらったほうがいいな」
今まではともかく、今年はそれも考えておくべきだった。
二人の見習いは顔を見合わせた。
「あの、私達がここに来ても良いのですが」
「もし来るなら歓迎する。だが、監督のできる大人が責任を持つべきだろう」
昼は食べたか?と、術師見習いに聞きながら、食堂へ入っていく。
「手伝いが必要なのは明日からで、今日はハンター見習いに王都を案内してたんだよ。昼の後に、天幕を見に行くつもりだが、一緒にいくか?」
食堂では、ハンター見習い達がすでにテーブルの準備をしている。
オグは先に食べ始めるように言って、食事は済んでいるという術師見習いに、ウィスタントンの精霊術師ギルド長のブリーニに、シルフを飛ばすように頼んだ。
風の術師を交代でここに派遣してもらうためだ。
「ギ、ギルド長でございますか?」
にわかに二人は緊張した。
オグは人の悪い笑顔で言った。
「ライアンでもいいぞ?」
二人の見習いは顔を見合わせ、目で会話した。
ギルド長に送るのは緊張する。だが、ライアン様はもっと無理だ。緊張しすぎて、突風になってしまうかもしれない。
「ギルド長に送ります」
真面目にいう二人に、オグも精一杯の真面目な顔でうなずいた。
長くなりそうなので、ここで切りました。





