表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/275

The Wistanton's tent / ウィスタントンの天幕

 王都には、街の四方に、大きな広場が四つ、中央に小さな広場が一つある。

 大きいのは『水』『風』『火』『土』の名前が付いていて、もちろん四大精霊にちなんだものだ。

 これら四つの広場には大店が並び、宿泊所に食事処も多く、商業の中心となっているが、夏の大市でも、各国、各領が出す天幕はこの広場に出店される。

 ほとんどの天幕は各地の商人達で運営され、ウィスタントンの大市のように、商談会場としての役割はなく、主に物産展の会場として機能している。

 商業担当文官なども常駐はせず、数日に一度、様子を聞くぐらいだろう。


 役割はウィスタントンの大市と違っても、夏の王都に人は集まり、物は売れる。

 各地から王族、貴族が集まれば、当然、使用人や荷運び役も来るし、下位貴族で、常に王都の館に使用人を抱えられない家では、季節雇いの下働きを入れる。

 店も多く、品数も豊富で、常に新しい物が一番に発表されるのが王都であるが、天幕以外にも、通りには旅商人が小さな店を出し、屋台も増えて一層賑わう。

 王都の住人は夏を楽しみにしていた。


 北と南に流れる二本の川を中心に発展してきた王都は、これら四つの広場にも、川からのアクセスがしやすい。

 ウィスタントンの天幕がある『水の広場』は、北側のタチェーレ川に近い所にあり、離宮から通うリン達にも都合が良かった。

 『船門』を入り、そこから続く広い大通りは、王都を横切っている。

 馬車が行き交う大通りを、オグに先導され、リンは街の様子をキョロキョロと眺めながら歩いた。


「護衛が二人だけで助かりました。これ以上増えたら、周りが見えません」


 今も、ライアンにオグ、護衛二人に囲まれて、ナナメ隙間から見ているのだ。


「そのうち大きくなるだろう、とは言ってやれぬな」

「ですよね。……さすがに、もうねえ」


 それが聞こえたのか、オグが目の前で吹き出した。


「この靴屋の看板を左だ」


 見上げると、革のブーツが片方ぶら下がっており、大変わかりやすい。

 左の横道に入ると、大通りの喧噪が途端に遠くなった。

 そこを抜けるとすぐ、四角く建物で切り取られた『水の広場』だ。

 中央二か所に水場があって、当然のように、オンディーヌに恋した賢者が作った彫像が飾られている。


「十六」

「何がだ」


 リンが呟くと、ライアンが聞いた。


「例のオンディーヌの像です。あれで十六」


 リンは王宮でも、川下りでも、しっかりと数えていた。

 忘れないうちに、地図に印を入れないとならない。


 ウィスタントンでのように、大きな広場いっぱいに天幕が立ち並ぶのではなく、二つの水場の間に、各地の天幕が背合わせに立っている。周囲には十分なスペースがあり、広場周辺の店と向かい合うような形になる。

 宿屋兼食堂だろうか、その前では、従業員が荷馬車から麻袋を下ろし運び入れており、別の者は椅子とテーブルを外に出して、屋外席をつくろうとしている。

 広場を行き交う人々を眺めながら、食事ができるようになるようだ。


「あれ、いいですね。屋外席」

「気持ちいいだろうな。大市の期間は、朝、晩以外、広場に馬車の乗り入れが禁止になるから、外に席が作れるんだろうな」


 オグの説明にリンは頷いた。

 

「さあ、そこがウィスタントンだぞ」


 各地の天幕を眺めながら、歩いていたリンは、入る前にキョロキョロと見回し、んん?と思った。

 眉を寄せて、ライアンを見上げる。


「これって、嫌がらせ、ではないですよね……?」


 ウィスタントンの隣がラミントンなのは嬉しい。背中合わせに『スパイスの国』とクナーファ商会の天幕があるのも、近くてラッキーだ。

 でも反対側の隣は、()()失礼な令嬢のいる、パネトーネ領の天幕なのだ。


「商業ギルドは知らぬことだと思うぞ。パネトーネは侯爵領だ。反対側がラミントンだし、上位の領地で集めたのではないか?タブレットの所が裏だろう?」


 ライアンはそういうが、オグは楽しそうに笑った。


「ってか、どっちに対しての嫌がらせかって感じだよな。向こうも嫌じゃねえか?抗議した、ウィスタントンと『スパイスの国』に挟まれているんだぞ」

「そうでしょうかねえ。……会わないといいんですけど」


 会いたくない。心の平安のためにも。


「侯爵令嬢なんぞは社交で忙しくって、大市には来ねえよ。例年通りなら、商人が数名詰めるぐらいだ」


 オグの言葉に、リンは少し安心した。


 ウィスタントンの天幕は、春の大市よりもさらに大きく、どこもゆったりと広く作られている。

 入ってすぐの商台に、デモンストレーションのスペース、奥の倉庫、その手前に応接スペースがあるのは一緒だ。

 違うのは、商台は長く伸び、そこはアイスクリームや冷たい飲み物を販売する売り場となるだろう。その後ろにも衝立が置かれ、そこにはもう一つ応接スペースがある。

 リンのための、というより、ライアンやタブレットの休憩室といった方がいいだろうか。

 置かれている家具は、外から一目見て、離宮から持ってきていると分った。春と同じように優美な曲線を描いている、上質なものである。


 商台の前を通り過ぎ、中に入ろうとして、リンは気づいた。


「うそっ!?なんですか、これ!」


 商台の一部、屋台として使う部分には、冷凍室と冷室用の木箱が並べてあるのだが、蓋が外され、上部に透明なガラスが置かれている。どちらもガラスは三枚に分かれていて一部だけ開けられるようだ。

 のぞき込むと、木箱の内側に銅を貼った内部が見え、磁器の壷が一つだけ、ポツンと入っている。

 見事なショーケースになっている。

 

「ハハっ、な?驚いただろ?」


 オグは得意げに笑った。

 周囲にいる見習い達も、荷物を抱えたまま、ニヤニヤと笑っている。

 ライアンも側に来て、指先で表面を軽く触った。


「ガラスだが、精霊の力を感じるな。……火と風。土もあるか」

「土の部分は俺だな。学校で同期だった火の術師が、ガラス工房をやっていてな。そこで見つけたんだよ。奥方も術師なんだが、この工房のガラスは割れにくいって話だ。ラミントンの船の窓も、ここに注文を出すぐらいだ」

「ほう」

「ほら、商台の方は菓子がガラス瓶に入って、見やすいだろ?見習い達が、木箱の冷室や冷凍室だと、ただでさえアイスクリームを知らないのに、人が見てわからないって言ってな。ガラスに変えて試したが、ちゃんと冷えてるぞ」


 見習いの子達が準備中に考え、オグと協力してくれたらしい。

 オグも見習い達も満面の笑顔だ。


「これいいですねえ。すごい。よく思いつきましたよ」

「よくやったな」


 リンは心底驚いた顔をしているし、感心したライアンからも褒められて、見習い達は顔を見合わせて笑った。




「「「おはようございます」」」


 ライアンとリンが足を踏み入れると、一斉に皆が頭を下げた。

 今日は初日だから、全員がそろっている。


「おはよう。準備ご苦労だった。……さっそく打ち合わせを始めるか」


 天幕の中央、応接セットの辺りに集まり、ライアンが風の壁を立てる。


「今日から六週間、皆、よろしく頼む。共有しておくことは?」


 商業ギルドのトゥイルが前にでた。この天幕の責任者でもある。


「はい。販売に関しては、本日と明日は、慣れるためにも、ほぼ全員がこちらに入ります。忙しくなる週末は、社交のある方以外は、基本的に全員参加です」


 その言葉に、ライアンも、貴族である薬事ギルド長のマドレーヌもうなずいた。


「ほぼ全員というのは、レーチェとブリンツはこれから王妃陛下に呼ばれておりまして、明日も、恐らく他へ」

「えっ、もうですか?」


 昨日の今日で、素早いことだ。

 リンの驚きに、レーチェがうなずいた。


「センスと、三段のケーキスタンド、その他、ご衣裳に関して、お尋ねがあるとのことで」

「センスでしたら、クグロフさんは行かなくても大丈夫なんですか?」

「大丈夫です。センスの骨は、木の見本からお選びいただくだけで、作りは同じですから。装飾の石や金細工でしたら、私より兄が承るほうが確実ですので」


 クグロフはちらりと兄のブリンツを見ながら言う。

 兄を信頼して任せるようだ。

 ブリンツも、弟にうなずいた。


「クグロフが出向くこともあるでしょうが、天幕のデモンストレーションは、ブリンツとクグロフで、穴を開けないように務めます」

「わかった。無理のないように頼む」


 ライアンがうなずいた。


「『始まりの宴』で、三つの精霊道具が披露された。こちらに問い合わせが来ると思うが、対応はどうなっている?」

 

 文官の一人が進み出た。


「精霊道具に関しては、販売に質問の受け答え、ともに、薬事、精霊術師ギルドの者と、我々文官が、担当致します。特注については、都度、ライアン様にご相談申し上げます」

「よろしく頼む。……ハンター見習い、風の術師見習い達は、オグの監督下にあると思って良いか?」

「ああ。アイスクリームなどの販売は、ハンター見習い達が中心だ。宿舎から天幕への在庫補充もそうだ。風の術師見習いは、アイスクリームの品質管理に協力と、あとは、主に、離宮の厨房やシムネルへの連絡を担う」


 この場にいるローロを入れたハンター見習いは四名、風の術師見習いは二名だが、大人たちに囲まれて、カチカチだ。

 頼んだぞ、というライアンの言葉に、背をピンと伸ばして、頭を下げた。


「リン、最後に何かあるか」

「今日のアイスクリームは、ヴァルスミア・ベリーです。しばらくの間、ウィスタントンのベリー類で、日替わりになります。冷たいドリンク販売は、ヴァルスミア・シロップのミードと、カモミール&ハニーミント、つまり「リラックス」シリーズのアイスティー。販売担当の見習い達だけではなく、全員説明ができるように、食べたこと、飲んだことない人は、一匙すくって味見をしておいてください」

「この夏も忙しくなるだろう。皆、疲れをためないように、よろしく頼む」


 ライアンの挨拶で、皆が一斉に頭を下げた。

 さあ、夏の大市の始まりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MFブックス様より「お茶屋さんは賢者見習い 3」が11月25日に発売となります。

お茶屋さんは賢者見習い 3 書影
どうぞよろしくお願いします!

MFブックス様公式
KADOKAWA様公式

巴里の黒猫twitterでも更新などお知らせしています。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ