The Wistanton's tent / ウィスタントンの天幕
王都には、街の四方に、大きな広場が四つ、中央に小さな広場が一つある。
大きいのは『水』『風』『火』『土』の名前が付いていて、もちろん四大精霊にちなんだものだ。
これら四つの広場には大店が並び、宿泊所に食事処も多く、商業の中心となっているが、夏の大市でも、各国、各領が出す天幕はこの広場に出店される。
ほとんどの天幕は各地の商人達で運営され、ウィスタントンの大市のように、商談会場としての役割はなく、主に物産展の会場として機能している。
商業担当文官なども常駐はせず、数日に一度、様子を聞くぐらいだろう。
役割はウィスタントンの大市と違っても、夏の王都に人は集まり、物は売れる。
各地から王族、貴族が集まれば、当然、使用人や荷運び役も来るし、下位貴族で、常に王都の館に使用人を抱えられない家では、季節雇いの下働きを入れる。
店も多く、品数も豊富で、常に新しい物が一番に発表されるのが王都であるが、天幕以外にも、通りには旅商人が小さな店を出し、屋台も増えて一層賑わう。
王都の住人は夏を楽しみにしていた。
北と南に流れる二本の川を中心に発展してきた王都は、これら四つの広場にも、川からのアクセスがしやすい。
ウィスタントンの天幕がある『水の広場』は、北側のタチェーレ川に近い所にあり、離宮から通うリン達にも都合が良かった。
『船門』を入り、そこから続く広い大通りは、王都を横切っている。
馬車が行き交う大通りを、オグに先導され、リンは街の様子をキョロキョロと眺めながら歩いた。
「護衛が二人だけで助かりました。これ以上増えたら、周りが見えません」
今も、ライアンにオグ、護衛二人に囲まれて、ナナメ隙間から見ているのだ。
「そのうち大きくなるだろう、とは言ってやれぬな」
「ですよね。……さすがに、もうねえ」
それが聞こえたのか、オグが目の前で吹き出した。
「この靴屋の看板を左だ」
見上げると、革のブーツが片方ぶら下がっており、大変わかりやすい。
左の横道に入ると、大通りの喧噪が途端に遠くなった。
そこを抜けるとすぐ、四角く建物で切り取られた『水の広場』だ。
中央二か所に水場があって、当然のように、オンディーヌに恋した賢者が作った彫像が飾られている。
「十六」
「何がだ」
リンが呟くと、ライアンが聞いた。
「例のオンディーヌの像です。あれで十六」
リンは王宮でも、川下りでも、しっかりと数えていた。
忘れないうちに、地図に印を入れないとならない。
ウィスタントンでのように、大きな広場いっぱいに天幕が立ち並ぶのではなく、二つの水場の間に、各地の天幕が背合わせに立っている。周囲には十分なスペースがあり、広場周辺の店と向かい合うような形になる。
宿屋兼食堂だろうか、その前では、従業員が荷馬車から麻袋を下ろし運び入れており、別の者は椅子とテーブルを外に出して、屋外席をつくろうとしている。
広場を行き交う人々を眺めながら、食事ができるようになるようだ。
「あれ、いいですね。屋外席」
「気持ちいいだろうな。大市の期間は、朝、晩以外、広場に馬車の乗り入れが禁止になるから、外に席が作れるんだろうな」
オグの説明にリンは頷いた。
「さあ、そこがウィスタントンだぞ」
各地の天幕を眺めながら、歩いていたリンは、入る前にキョロキョロと見回し、んん?と思った。
眉を寄せて、ライアンを見上げる。
「これって、嫌がらせ、ではないですよね……?」
ウィスタントンの隣がラミントンなのは嬉しい。背中合わせに『スパイスの国』とクナーファ商会の天幕があるのも、近くてラッキーだ。
でも反対側の隣は、あの失礼な令嬢のいる、パネトーネ領の天幕なのだ。
「商業ギルドは知らぬことだと思うぞ。パネトーネは侯爵領だ。反対側がラミントンだし、上位の領地で集めたのではないか?タブレットの所が裏だろう?」
ライアンはそういうが、オグは楽しそうに笑った。
「ってか、どっちに対しての嫌がらせかって感じだよな。向こうも嫌じゃねえか?抗議した、ウィスタントンと『スパイスの国』に挟まれているんだぞ」
「そうでしょうかねえ。……会わないといいんですけど」
会いたくない。心の平安のためにも。
「侯爵令嬢なんぞは社交で忙しくって、大市には来ねえよ。例年通りなら、商人が数名詰めるぐらいだ」
オグの言葉に、リンは少し安心した。
ウィスタントンの天幕は、春の大市よりもさらに大きく、どこもゆったりと広く作られている。
入ってすぐの商台に、デモンストレーションのスペース、奥の倉庫、その手前に応接スペースがあるのは一緒だ。
違うのは、商台は長く伸び、そこはアイスクリームや冷たい飲み物を販売する売り場となるだろう。その後ろにも衝立が置かれ、そこにはもう一つ応接スペースがある。
リンのための、というより、ライアンやタブレットの休憩室といった方がいいだろうか。
置かれている家具は、外から一目見て、離宮から持ってきていると分った。春と同じように優美な曲線を描いている、上質なものである。
商台の前を通り過ぎ、中に入ろうとして、リンは気づいた。
「うそっ!?なんですか、これ!」
商台の一部、屋台として使う部分には、冷凍室と冷室用の木箱が並べてあるのだが、蓋が外され、上部に透明なガラスが置かれている。どちらもガラスは三枚に分かれていて一部だけ開けられるようだ。
のぞき込むと、木箱の内側に銅を貼った内部が見え、磁器の壷が一つだけ、ポツンと入っている。
見事なショーケースになっている。
「ハハっ、な?驚いただろ?」
オグは得意げに笑った。
周囲にいる見習い達も、荷物を抱えたまま、ニヤニヤと笑っている。
ライアンも側に来て、指先で表面を軽く触った。
「ガラスだが、精霊の力を感じるな。……火と風。土もあるか」
「土の部分は俺だな。学校で同期だった火の術師が、ガラス工房をやっていてな。そこで見つけたんだよ。奥方も術師なんだが、この工房のガラスは割れにくいって話だ。ラミントンの船の窓も、ここに注文を出すぐらいだ」
「ほう」
「ほら、商台の方は菓子がガラス瓶に入って、見やすいだろ?見習い達が、木箱の冷室や冷凍室だと、ただでさえアイスクリームを知らないのに、人が見てわからないって言ってな。ガラスに変えて試したが、ちゃんと冷えてるぞ」
見習いの子達が準備中に考え、オグと協力してくれたらしい。
オグも見習い達も満面の笑顔だ。
「これいいですねえ。すごい。よく思いつきましたよ」
「よくやったな」
リンは心底驚いた顔をしているし、感心したライアンからも褒められて、見習い達は顔を見合わせて笑った。
「「「おはようございます」」」
ライアンとリンが足を踏み入れると、一斉に皆が頭を下げた。
今日は初日だから、全員がそろっている。
「おはよう。準備ご苦労だった。……さっそく打ち合わせを始めるか」
天幕の中央、応接セットの辺りに集まり、ライアンが風の壁を立てる。
「今日から六週間、皆、よろしく頼む。共有しておくことは?」
商業ギルドのトゥイルが前にでた。この天幕の責任者でもある。
「はい。販売に関しては、本日と明日は、慣れるためにも、ほぼ全員がこちらに入ります。忙しくなる週末は、社交のある方以外は、基本的に全員参加です」
その言葉に、ライアンも、貴族である薬事ギルド長のマドレーヌもうなずいた。
「ほぼ全員というのは、レーチェとブリンツはこれから王妃陛下に呼ばれておりまして、明日も、恐らく他へ」
「えっ、もうですか?」
昨日の今日で、素早いことだ。
リンの驚きに、レーチェがうなずいた。
「センスと、三段のケーキスタンド、その他、ご衣裳に関して、お尋ねがあるとのことで」
「センスでしたら、クグロフさんは行かなくても大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。センスの骨は、木の見本からお選びいただくだけで、作りは同じですから。装飾の石や金細工でしたら、私より兄が承るほうが確実ですので」
クグロフはちらりと兄のブリンツを見ながら言う。
兄を信頼して任せるようだ。
ブリンツも、弟にうなずいた。
「クグロフが出向くこともあるでしょうが、天幕のデモンストレーションは、ブリンツとクグロフで、穴を開けないように務めます」
「わかった。無理のないように頼む」
ライアンがうなずいた。
「『始まりの宴』で、三つの精霊道具が披露された。こちらに問い合わせが来ると思うが、対応はどうなっている?」
文官の一人が進み出た。
「精霊道具に関しては、販売に質問の受け答え、ともに、薬事、精霊術師ギルドの者と、我々文官が、担当致します。特注については、都度、ライアン様にご相談申し上げます」
「よろしく頼む。……ハンター見習い、風の術師見習い達は、オグの監督下にあると思って良いか?」
「ああ。アイスクリームなどの販売は、ハンター見習い達が中心だ。宿舎から天幕への在庫補充もそうだ。風の術師見習いは、アイスクリームの品質管理に協力と、あとは、主に、離宮の厨房やシムネルへの連絡を担う」
この場にいるローロを入れたハンター見習いは四名、風の術師見習いは二名だが、大人たちに囲まれて、カチカチだ。
頼んだぞ、というライアンの言葉に、背をピンと伸ばして、頭を下げた。
「リン、最後に何かあるか」
「今日のアイスクリームは、ヴァルスミア・ベリーです。しばらくの間、ウィスタントンのベリー類で、日替わりになります。冷たいドリンク販売は、ヴァルスミア・シロップのミードと、カモミール&ハニーミント、つまり「リラックス」シリーズのアイスティー。販売担当の見習い達だけではなく、全員説明ができるように、食べたこと、飲んだことない人は、一匙すくって味見をしておいてください」
「この夏も忙しくなるだろう。皆、疲れをためないように、よろしく頼む」
ライアンの挨拶で、皆が一斉に頭を下げた。
さあ、夏の大市の始まりだ。





