A royal villa in forest / 森の中の離宮
執務があるのか、簡単に話を済ませると、三人は慌ただしく帰って行った。
シブーストは終業後にここへ来て、晩餐を共にするようだ。
長椅子にもたれ、疲れた様子のリンを、ライアンは、周囲を案内する、と連れだした。
小サロンの隅で、リンがライアンの髪をまとめているのを、領主一族は静かに見守り、二人が並んで出ていくのを見送った。
「仲は、良さそうなのだがなあ」
「……兄様は、石を贈るだけじゃなくて、ちゃんと言葉にしないとダメだわ」
「愛する者を見たら、自然と言葉が湧いてくるものではないか?抑えられるものではないぞ」
シュゼットは、自分の父が母を熱っぽく見つめ、その手を取るのを見て、にっこりと笑った。
「お父様をお手本にすればいいのに」
「ライアンも言っていたではありませんか。そっと見守りましょう。大丈夫ですわ。シュトロイゼル様の息子ですもの」
「そうだ。私達二人の愛する息子だ」
二人の世界に入るだろう両親をそのままに、シュゼットは自分の部屋に戻るべく立ち上がった。
「館の中より、外の方が心地良いか」
「ライアン、どうして先に言ってくれなかったんですか」
サロンを出て階段へ向かうライアンを、リンはじろっと見上げた。
ライアンとリンの背後には、少し離れて、アマンドと、護衛としてフログナルドと後一名、騎士が付き従っている。
使用人がずらりと並んでいても、自分ではなくライアンを見ていると思えて、気分は少し楽だった。
「ヴァルスミアにいる時は、特に必要ない情報だった。王都に来ればわかることだし、先に伝えたら、リンのことだから、ここには滞在したくないと言うだろう?」
「……確信犯ですね?」
「ラグナルにも、タブレットにも会ったし、もう慣れただろう」
リンは拗ねたように、口を尖らせた。
「もう。ライアンに心の準備のことを言っても、きっと、わかりませんよね」
「ドルーとも普通に話しているのに、今更何を気にすることがある」
「ドルーが、何ですか?」
「その顔は、わかっていないな?フォルテリアスで、国王も礼を尽くして、頭を下げるのがドルーだ」
「わかってますよ?建国神話の精霊ですからねえ。当然です」
優しい、サンタのおじいちゃんみたいだが、ドルーはすごいのだ。
「そのドルーと話すことができ、次に礼を尽くされるのが、聖域に入れる術師だ」
リンは一階に下りる階段の途中でピタッと歩みを止めて、先を行くライアンをまじまじと見た。
「聖域に入り、ドルーや精霊と話せる者。つまり、建国王と同じだと認識される」
「……なるほど」
「アルドラも私も、国を治める者として、当然、国王に敬意を払うが、国王を前にして、礼を取らずに対等に話すことが許されている。私の場合は、親族ということもあるが」
「はあ」
生返事をして、コクリとうなずくリンの手を取り、促して、ライアンは階段を下り始めた。
「聖域に入れるリンは、領主が出てこようが、国王が出てこようが、気にせずに話せばよい」
大雑把に話を終わらせて、ライアンは一階の東翼に向かった。
二階は主に、領主家族が使うプライベートスペースだ。
一階には、執務室や工房、お茶会用のサロンに、グレートホールといった、公的に使用する部屋が集まっている。
ライアンはリンを案内して、一階東翼にある、グランドギャラリーと呼ばれる、長く続く廊下を歩いていた。美しく豪華な廊下で、タペストリーに、絵画、彫像などが飾られていて美術館のようだ。
「東翼の一階は、客をもてなすのに使われることが多い。このギャラリーに、横に並ぶ小部屋、グレートホール、と、部屋ごとに内装のテーマが違って、美しい。見て歩くのも楽しいはずだ」
太陽の間、月の間、青の間、緑の間、と、教えてもらいながら歩く。
「工房はどこですか?」
ライアンはくすりと笑った。
「リンには、そちらの方が良かったか。西翼の端だ。後で見せよう。……ここから庭へでよう」
東翼の途中で外へと抜け、南へと歩いて行く。
広い庭は手入れが行き届き、色とりどりの花と緑が美しく、ゆったりと散策するにはぴったりだった。
休憩用の東屋以外に建物はなく、庭の先には木々が続き、鳥がリズミカルに歌うのが聞こえる。どちらを見ても、自分が王都にいるとは思えない。
「んー、気持ちいいですねえ。あ、朝、薔薇の香りが部屋にまで届きましたよ」
「南翼の前に、母上の薔薇園があるからな。……部屋は気に入ったか?」
「ええ。もちろん。何もかも広いんですよ。お風呂まで、シロが泳げそうなぐらい大きくて」
「そうか」
南翼の側へ出ると、とたんに薔薇の香りが漂ってきた。
その薔薇園を眺めながら、通り抜けて歩く。カリソンの薔薇だけでなく、様々な色や大きさの薔薇が咲き、その表情も、香りも、ひとつひとつ違う。
「そういえば、ご領主様は、王宮の薔薇園でカリソン様と出会ったって」
「ああ、その薔薇園はここではないな。向こうの庭もまた訪ねよう。父上が婚約の際に母上に贈った、カリソンだけの薔薇園もあるし、フロランタンがシュゼットに贈った庭もあって、見ごたえがある」
リンは目を丸くした。
なんとも豪快というか、大きなプレゼントである。
もしかして、ウィスタントンでは、婚約に庭を贈るのだろうか。
「リン、見えるか?」
ライアンが指差した先に、水場があり、そこに女性が横座りしている形の、白い彫像が建っている。
「オンディーヌに恋した賢者が作った像だ」
「あれが!」
「この庭園内に、同じ顔の像が五つある。王都のあちらこちらで見つかるから、滞在中に探してみるといい。私は、全部で六十二体見つけた」
「そんなに?」
「学生時代、皆で競い合って探すのだ。私は王宮にも入れるから、賭けには参加できなかったが」
ライアンはいたずらっぽく笑い、肩をすくめた。
賢者に恋されたオンディーヌの像は美しく、流れを見つめて微笑んでいる姿で、髪は腰まで覆っている。
その脇を通り過ぎ、庭を抜け、森へと足を踏み入れた。
森の中は庭と違い、人の手が入っていない。ヴァルスミアの森と同じ、あるがままの姿だ。
「この森はさほど広くない。ここを抜けるとすぐ、王宮の本館だ」
「本館」
「ああ。この森で本館と離宮に分かれている。シブースト兄上も義姉上も、公務の都合で本館住まいだ」
「まさか、あの館は王宮の一部?離宮なんですか?」
リンは後ろを振り返った。
「そうだ。もとは退位した国王の住まう離宮だった。だから、本館と造りはよく似ているぞ」
今からでも、ローロ達と同じ宿へ逃げたいぐらいだ。
これから六週間、抱きつくシロもいないのに、大丈夫だろうか。
リンは、ふう、と、息を吐いた。
もう、これ以上驚くことはないだろう、どんな王様がでてきたって平気だ、と、やけくそ気味に考える。
少し行くと、どこか空気の違う場所にでた。
「ここ、聖域に似てる……?」
オークの大木が空を覆うように、枝を広げており、その根元には水が湧いて、流れ出している。
「王宮の敷地内ではあるし、敬意を表して、立ち入るものは少ないが、ここは一応、誰もが入れる。このオークが、建国王がドルーから賜った一枝から育ったと言われている」
「ここが、あの」
「険しい山を越えて、北からこの地にたどり着いた建国王は、安堵しただろうな」
北と比べて、冬でも気候は穏やかだ。
川があり、森があって、どこかヴァルスミアに似たこの地を選んだ建国王に思いを馳せる。
「森の中に王宮、というか、王宮の中に森があるんですね。この国らしい」
リンはオークの大木を見上げた。
「……ドルー、元気でいるかな」
バサリと音を立てて、オークの一枝が二人の足元に落ちた。
しんとして、それを見つめてから、ポツリと言う。
「これって、ドルーが元気だって言ってるのかな」
ふたたびオークの枝がバサリと落ちる。
ライアンは、またか、と、手を額に当て、目を閉じている。
「うわっ。わかりました。もういい、もういいですからね」
リンはあたふたと手を突き出して、慌てて止めた。
「ライアン、この枝、どうしましょう」
オロオロとライアンを見上げる。
「……アルドラもセンスを欲しがるだろうし、骨に使えばいいのではないか?それに、始まりの宴では、結婚したばかりの夫婦が国王に挨拶して、披露となる。ドルーの祝福として渡せば、ドルーも喜ぶだろう」
「それはいいアイデアですね!」
解決策が見つかり、喜んで枝を拾い上げるリンを見て、ライアンは深いため息をついた。





