A surprising reunion / 驚きの再会
ごろごろっと寝返りをうった後、リンは目をつぶったまま右手を伸ばして、ベッドの端を探った。落っこちては、たまらない。
手をパタパタとしても見つからずに、パチリと目を開けた。
「遠い。……そうだった」
指先のずっと遠くにベッドの端を見つけて、リンは自分がどこにいるのかを思い出した。
四人は並んで寝られそうなベッドに起き上がり、天蓋を開く。
部屋は角部屋で、窓は二面にあり、光が入ってとても明るい。
「広すぎだよねえ。お嬢様、んー、お姫様向けって感じかな」
天蓋の向こうの寝室も、ヴァルスミアの部屋の倍以上ありそうだ。もちろん居室に、衣裳部屋まで付いている。ピンクとラベンダーカラーを中心に、ネイビーとグレーのファブリックが合わせて使われ、優美だが落ち着いた印象に整えられている。
昨夜入った浴室のバスタブもやっぱり倍ぐらい大きくて、『温め石』を二つ増やして使った。シロが泳ぎたがるかな、と思いながら、たっぷりのお湯と非日常の雰囲気に、温泉気分を味わったのだ。
「天蓋の中の広さに安心するってとこが、庶民だよねえ」
高めのベッドからポンっと飛び降りて、窓を開くと、すうっと心地よい風と共に、眼下の庭から薔薇の香りが届いた。
広い庭の向こうには、こんもりとした緑濃い森が見える。
外の明るさからして、もう朝より昼に近い時刻のように思えた。
「リン様、起きられましたか?おはようございます。ごゆっくりお休みでしたね」
「おはようございます。出発前からあまり眠れていなかったので、思ったより疲れていたみたいですね」
アマンドが居室から声をかけて、入って来た。
リンが洗面を済ませ、顔を整える間に、アマンドはすでにメイドを呼び、ベッドを整え、ドレスを選び終えていた。
いつものように髪の結い上げと、着替えを手伝ってもらう。
「また袖の長いドレスですか?」
「こちらでは、それがよろしいかと」
「でも、今日はライアンに館の中と、庭と森を案内してもらうだけで……」
「ええ。だから大丈夫でございますよ。大市に出られる時は、短いお袖にいたしましょう」
「外で採集をしたくなったら……」
「庭師が控えておりますから」
リンは、今日もアマンドには勝てなかった。
館は東、南、西翼に分かれたコの字形になっており、昨夜、リンは二階、南西の角にあるゲストルームに入った。
昼も近く、今はお茶だけ飲むと伝えると、領主一族が小サロンに集まっているから、と、部屋をでて、そちらに向かうことになった。
リンはヴァルスミアの館にも泊まったことはなかったが、さすが公爵家というのか、多くの使用人が働いているようだ。リンが通ると作業を中断して、丁寧に頭を下げるので、どうにも慣れない。案内役の侍従が先導しているので、早歩きでさっさと行くこともできない。シュゼットに習った歩き方を思い出して、リンは俯きそうになる顔を精一杯上げて歩いた。
小サロンでは、領主一族が長椅子でくつろぎ、お茶を楽しんでいた。
ライアン以外は、手のひら程のミニパンケーキに、バニラアイスとホイップクリーム、赤いベリーがいくつも載っている美味しそうな菓子を食べている。
挨拶を交わすと、シュゼットが自分の横にリンを招いた。
「リン、ゆっくりと休めましたか?」
カリソンが優しい笑顔で聞いてくれる。
「はい。寝すぎてしまったぐらいで」
「私達も、今朝はゆっくりとしたのよ」
「ライアン兄様が、熱いパンケーキに冷たいアイスクリームが溶けて、それが面白かったって自慢するものだから、小さいのを作ってもらったの。一緒に食べましょう」
シュゼットの言葉に、リンはうなずいた。
リンは隣の椅子に座るライアンを見た。自慢したという本人は、手に持っていない。
「おいしかったが、別に自慢はしておらぬ」
「食べないんですか?」
「私は普通に起きて、朝食をしっかり食べたからな」
徹夜で風を操っていたのに、ライアンは通常通りのようだ。
パンケーキが運ばれ、熱にとろりと溶け出したアイスと生クリームをソースにして、一口頬張った。パンケーキにはすでにナイフが入れられていて、スプーンだけで食べられるようになっている。
口の中の熱々と、冷や冷やが楽しい。糖分が入って、目覚ましにもぴったりだった。
シュゼットと話をしながら、パンケーキを頬張っていると、執事のセバスチャンが入室して、領主に耳打ちをした。
「オランジェットが?早いな。通せ」
すぐにサロンのドアが開けられ、堂々とした姿の、三人の男性が入ってきた。
公爵ぐらいの歳の男性を先頭に、その後に若い二人が続く。
若い二人はどこかで見たことがあるような、と、パンケーキを口に入れたまま、リンはぼんやりと考えていたが、ハッと気づいて、慌ててスプーンを置き、立ち上がると礼を取った。
ライアンの長兄のシブーストと、いとこのケイン、いや、確かフロランタンだったか。そしてシュゼットの婚約者だ。
領主一族も立ち上がったのを、年長の男性が手を振って止めた。
「兄上、無事のご到着何よりです」
「オランジェット、久しぶりだな」
年長の男性はオランジェットといい、ウィスタントン公爵の弟だった。
濃い金髪に青緑の瞳をしたオランジェットは、公爵によく似ている。公爵よりもう少し、柔和な印象があるだろうか。
ライアンの長椅子にシブーストが座り、空いていた長椅子に、オランジェットとフロランタンが座った。
リンも促されて、元のように座る。
「ライアンも、本当に久しぶりだね。よく来てくれた。カリソンもシュゼットも、息災だったかな」
「ええ、ありがとうございます」
簡単な挨拶が終わると、オランジェットが笑顔でリンを見つめた。
「其方がリンだね」
「リン、紹介しよう。私の弟で、フォルテリアス国王の、オランジェット・ウィスタントンだ」
「はじめまして。リンと申し……えっ、こっ、こくお?」
耳に入った公爵の言葉に、挨拶がピタっと止まり、下げかけた頭を上げてしまった。ぼうぜんと、隣に座るライアンの顔に視線を移す。
ポカンとしたリンの様子を、オランジェットが面白そうに見た。
「ああ。そういうことになっているね」
シュゼットの言った「とても上の階級の方」だ。いや、ここにいるのは、ひょっとして、皆が王族なんじゃないだろうか。
グルグルとした頭で慌てて立ち上がり、再度丁寧に礼を取り、頭を下げた。
「しっ、失礼致しました。リンと申します。お会いできて光栄です」
聞いてない、聞いてない、聞いてないよっ、と、心の中では、思い切りライアンをなじっている。
それでは話ができぬだろう、と、横からリンを引っ張り上げるライアンを、じっとりとした目でにらんだ。
そんな視線をものともせず、ライアンは澄ました顔だ。
「リンは、春にフロランタンとシブーストには会っていたな?フロランタンは、オランジェットの息子で、シブーストは私の最初の息子だ」
公爵の言葉に、リンはコクリとうなずき、フロランタンとシブーストに丁寧に頭を下げた。
「はい。お会いしております。……その節は、存じ上げませず、大変失礼を致しました」
あの時どんな話をしたのかも詳しく思い出せず、冷や汗がでてくる。
「リンが謝ることはない。失礼をしたのは、リンの方ではない。紹介を待たず、あげくに、偽名を使うなど……」
「そうよ。リン、私は紹介を待つように言ったのよ」
「私も同じように、フロランタンに言ったな」
ライアンとシュゼットの言葉に、シブーストまでが乗っかる。
「偽名ではなく、ミドルネームです。シュゼットから話を聞いて、会いたくなってしまったものだから。……リン、あの時はすまなかった」
王子殿下から頭を下げられ、リンは慌てた。
「気にしておりませんから。どうぞ頭をお上げください」
「……それは、何を食べているのかな?」
頭を下げた時にローテーブルに置いた、食べかけのパンケーキが目に入ったようで、フロランタンが尋ねた。
残念ながら、すでにバニラアイスはだいぶ溶けている。それでもこの状況では、とても口にする気分ではない。
国王陛下や王子殿下に会う時は、普通、謁見の間ではないのだろうか。
まさかケーキを頬張っている時に出くわすとは、リンは思ってもみなかった。
「これはリンの最新のお菓子よ。冷たくて、とろけて、とっても美味しいの」
シュゼットが答えて、すぐに三人に同じ物を持ってくるように言いつけた。
「嬉しいですね。シュゼットに手紙で、リンの作る料理も菓子も美味しいと、自慢され続けましたから」
ほころんだ顔は、きっと甘党に違いない。春の大市でも、フロランタンはメレンゲクッキーに次々と手を伸ばしていたように思う。
「そうよ、自慢なの。それに、お茶もよ。リンのお茶も美味しいの」
「それは、いただきたいですね。ねえ、父上」
「そうだな」
お茶係のリンは喜んで立ち上がり、小サロンの隣にある控室へ向かった。
この場から少しの間避難するのは、心臓に良いはずだ。
「オランジェット、到着早々訪ねてきて、何か緊急の話でもあったのであろうか」
「いや、ライアンとリンが私に挨拶をして婚約となると聞いたものだから、準備もあるし、始まりの宴に間に合うよう、早いほうが良いのではと……」
公爵の質問に返した国王の言葉に、ウィスタントンの皆が目を見開いた。
「なんだと?!ライアン、私は聞いておらんぞ!いや、なに、それならそれで、大変喜ばしいが……」
公爵が身を乗り出し、驚いて声を上げ、準備の時間があるであろうか、と、カリソンと顔を見合わせる。
「一体、どこから、そのような話がでたのです?私自身、初耳なのだが」
ライアンは噂の原因でありそうなフロランタンを、ジロリと睨んだ。
「おや、違うのかね?」
「ライアン、私は何も言っておりませんよ」
「……残念だ」
三者三様の言葉に、ライアンはため息をついた。
「申し込んでもいないのに、婚約はありません」
「「申し込む気はあるのか」ね?」
国王とウィスタントン公爵の言葉が揃った。
「陛下、いえ、叔父上、父上。大変に繊細な事柄ですし、このような噂があると知れば、リンが気にして、私と距離を置くでしょう。できればそっとしておいていただきたいものです」
ライアンはさらりと言って、冷たくなった紅茶を一口飲んだ。
「わかった。もちろんだとも」
公爵が大きくうなずいた。
リンが紅茶を入れなおして戻り、パンケーキが運ばれた。
「なんと、これは面白い。熱くて、冷たい」
「冷たい菓子とは、すばらしいですね」
「シュゼットが自慢するのがわかるな」
三人とも気に入ったようで、せっせと手を動かしている。
「非公式だが、リンを紹介して欲しいという声が、諸侯から多く上がっていてね」
国王の言葉に、リンはあっけにとられ、ライアンはわずかに眉をひそめた。
「『スパイスの国』の長や、ラミントン侯爵ともすでに親交がありますし、社交をしないわけではないですが、リンはこの夏、大市と商談に重きを置いています」
リンはライアンの言葉にコクコクとうなずいた。
「申し込みが多くあると思うが」
「セバスチャンに確認したが、すでにかなりの数、晩餐会やお茶会の招待状が届いておる」
国王と公爵の言葉に、リンは不安そうにライアンを見た。
ライアンは大丈夫だ、と、言うように、リンにうなずいた。
「すべてに応じるのは無理でしょう」
「そうだな。だが、波風を立てず、すべて断るのも難しい。私のところにも、最近ではフロランタンの執務室にまで、雑談ついでの話が届くぐらいだ」
シブーストまで、そのようなことを言う。
「こうしてはどうでしょう。始まりの宴や建国祭の式典など、皆が集まる時にのみ出席する、としたら、個別の招待に応じずとも良いのでは。大勢がおりますから、最初の挨拶にだけ顔をだして、早めに切り上げても大丈夫ですし」
フロランタンの提案に、ライアンが考えこんだ。
非公式とはいえ、国王や王子にまで紹介を願う者がいるとは、想像していた以上で、普通はありえない。恐らく、婚約の噂もあって、繋ぎをつけたいのだろうと見当をつける。
「あの、私は身分がありませんし、社交に出るのは失礼かと」
「相手方が会いたいと希望しているのです。王家の招待ということであれば、問題ありませんよ」
「リン、どうしたい」
「……全く出ないのがダメであれば、回数が少なくできれば。でも、ラグやグラッセには会いたいですけど。あと、お茶の国の人も紹介いただくことになっていますし」
「友人の招待に応じるのは、問題ないぞ?お茶の国の代表は、社交ではなく、商談とすれば良い。それではフロランタンの案だな。……舞踏があるが、大丈夫か?」
リンはビクッとして、ライアンとシュゼットの顔を交互に眺めた。
「……始まりの宴はいつですか?」
「あさってだ」
リンはとたんに情けない顔になった。
「リン、大丈夫よ。一緒に練習しましょう」
シュゼットに元気づけられ、リンの宴への参加が決まった。





