Girls' night out / 女子会
「リン、ありがとう。本当に嬉しいわ。この可愛らしいお菓子が、私のためなんて。ふわふわだわ」
思っていた通りの、美しい笑顔をシュゼットからもらい、リンは大満足だった。
シュゼットのほっそりとした指先には、すみれ色のマシュマロが摘ままれている。少し押して感触を確かめている姿が、どこかライアンと似ていて、やはり兄妹だなと、リンはくすりと笑った。
普通ならラミントン領主が使う居室は、キャビネットに、長椅子、ローテーブルといったあめ色の調度品に、温かみのある色合いのファブリックでまとめられた明るい部屋だった。部屋の角には、ラグナルが使うのだろう、執務机もある。
花やグリーンも飾られて、まるで館の部屋ごと移動しているかのようだ。すべてが居心地良く整えられ、長椅子にはふんわり膨らませたクッションが並んでいる。
その長椅子に、シュゼット、グラッセと一緒にゆったりと座って、リンはお茶の時間を楽しんでいた。
今日のお茶は台湾の烏龍茶で、バイオダイナミック農法の畑で作られたものだ。リンが様子を見に、拉拉山の上まで何度か通っていた畑で、五年目の去年、初めてお茶が作られた。
紅茶に近い、赤みのある色合いの茶で、蜜のように甘い香りに、透明で澄んだ味わいだ。茶葉のペクチンが多いのか、とろりと円やかなお茶になっている。
ローテーブルには、ベリーたっぷりのケーキと、小さめの四角に切られたマシュマロが供されていた。
ここのところ、男性との飲み会に参加していることの多いリンだ。
今日は部屋の雰囲気からして柔らかく、長椅子に広がるピンクやラベンダーといった色合いのドレスはヒラヒラとして華やかで、良い香りまでしてくる。
「こういう雰囲気は、久しぶりかな……」
少しだけリンが年上だけれど、同年代の女の子達との女子会に参加して、どこか懐かしかった。
女子会での話題といったら、目の前にあるスイーツと恋バナが定番かもしれない。
グラッセが王都にいる時にラグナルからもらった手紙の話や、婚約の時にもらったピンの話で盛り上がっていた。
「ねえ、リン。ライアン兄様は、その石を渡す時に、何か言わなかったのかしら」
リンはマシュマロを口に放り込もうとしていた手を止めた。
「何か……?」
自然とリンの胸元に下がる、今はピンク色をしている石の話となったのだが、いきなりのシュゼットの質問だった。
「今朝見た時には、びっくりしたのよ。石の色が青になっているのだもの」
「ライアン様の瞳と同じ、綺麗な青でしたね。私、変幻石は初めて見ました」
「ええ。とっても珍しい石なのよ。それを贈った時、兄様はどんな言葉をリンに告げたのかしら?ラグナルのように、情熱的だったのかしら?」
たった今まで王都で着るドレスの話や、ラグナルとグラッセのピンの話をしていたのに、シュゼットは胸の前で手を組み、目をキラキラさせて身を乗り出している。
グラッセも微笑んでリンを見つめている。
シュゼットの勢いに、リンは少し後ろに体を引いて、長椅子に背を押し付けた。
恋バナは確かにスイーツ以上に盛り上がる話題だが、思い返してみても、話せるようなおいしいネタは、リンにはなかった。
「特に何も言われなかったですよ?」
「まあ……。兄様ったら、そこできちんと気持ちを言わないなんて」
シュゼットは両手を頬に当てた。
「あの、この石にそんな意味はないと思うんです」
「それはないわ、リン。だって、兄様の瞳の色だもの」
「でも、グラッセの婚約のピンも、ラグの色ではないですよね?」
「このピンは、裏の隠れた部分にアンバーが入っているのです。周囲に少し見えているのがそれで……」
「ね。自分の色を入れるのには、意味があるのよ。ラグナルなら『貴女をずっと守り、支えます』って、感じかしら」
シュゼットの言葉に、グラッセの頬がほんのりと赤くなった。
「この石なんですけれど、青よりピンクの方に意味があるんです」
リンはいつも聞く方で、自分の話で盛り上がったことがなかった。
どこか気恥ずかしい、もぞもぞとした気分を落ち着けようと、お茶のカップを両手に持った。
「あら、そうなの?どうしてかしら」
「私の故郷に、こういうピンク色の花があるんです。それでライアンが作ってくれて」
石の中に桜を見つけた時の、嬉しい驚きを思い出して、リンはふっと笑みをこぼした。
「リンは、ライアン兄様のことをどう思っているのかしら」
シュゼットのストレートな質問に、リンは飲みかけのお茶を、ガフっと、空気と一緒に飲み込んだ。
「グッ、ゲホッ、ケホホ、……ええっと、その、どうって言われても」
「だって、グラッセのことをかっこいいって言っていたでしょう?兄様のことをそんな風に言っているのを、聞いたことないもの」
そこでシュゼットはクスクスと笑い出した。
「グラッセをかっこいいっていうのは、とってもよく聞くのよ。高等学舎でも、下位貴族に対する嫌がらせをかばって、人気だったもの。小さい頃も、シルフのように軽やかだったわ。颯爽と森を駆け抜けて、素敵だったのよ。私は走れなかったから憧れたわ」
「今も、凛とした雰囲気がありますよね」
「恥ずかしいですわ」
でてきた昔話に、グラッセは頬を染めた。
「嫌がらせって、どんな?」
「お茶会に一人だけ招待しないとか、招待しても口をきかないとか、お茶に薬をいれたりも……」
「薬って、そんなことまでするんですか!?」
グラッセはコクリとうなずいた。
「薬というより、薬酒というべきでしょうか。もともとは病人を眠らせる薬で、お酒を飲み、酔ったように見えます。学舎生で、未婚の貴族女性が、人前でそのような姿を見せるのは評判を落としますし、もしそこに男性がいたら、それだけで……」
「ひどく陰湿ですね」
嫌がらせどころじゃない、犯罪じゃないだろうか。
女の子達の可愛らしくない行為に、リンは眉をひそめた。
「何度も助けて、お茶会を抜け出しました」
「犯人は捕まらないのですか?」
「証拠はありませんし、騒ぎになるのは、どの家も避けたいものですし」
嫌がらせか、と、リンは春の大市で会った不愉快な女性のことを思い出した。あの人は、もっと直接的な嫌味をぶつけそうだと考えて、更に眉をひそめた。
不愉快だから会いたくないが、でも次に会ったら、絶対に言い負けないぞ、と気合いを入れた。
「リンも王都に着いたら、本当に気をつけて。……って、違うわ。私、リンが兄様をどう思っているか聞きたかったの」
シュゼットは忘れてくれなかったようだ。
「そうですねえ。ライアンのことは信頼していますし、とても尊敬しています。出会った時からずっと、領民の事や国のことを真剣に考えていて、ブレません」
「……かっこいい、とかは思わないの?」
「それは思っていますよ、はじめから」
「思っているの?」
「ええ。ライアン、かっこいいですよね。目立つほうでしょう?」
「そうね」
シュゼットは相槌を打ちながらも、想いをうち明けるような、熱を秘めた感じがリンに全くないことに、首をかしげた。
「シュゼットはかわいいし、グラッセも、かっこいい……」
シュゼットはクスクスと笑いだした。
「じゃあ、ライアン兄様のライバルは、グラッセかしら」
「ライアンは、かっこいいですけど、かわいくもあるんですよ?」
「まあ、最強ね」
「ええ、最強です」
三人のお茶会は、飲み会とは全く違って、軽やかな笑い声で終わった。
居室と違って落ち着いた色合いでまとめられた寝室は、今は闇に沈んでいる。
ざざっと聞こえてくる音は波の音なのだろうが、どこかヴァルスミアの森を風が吹き抜ける音に似ていて、家にいるようだった。
久しぶりの女子会はのんびりとした気分にさせてくれたようだ。
リンは満足げな息をもらし、目を閉じた。
男子会の続きというか、オマケ。次は王都に到着かな。





