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Hospitality and gift / おもてなしとおみやげ

「じゃあ、後でな」


 オグはそう言って、小サロンをさっさと出て行った。

 公には領主一族ではないので、一緒には行けないのだ。その後ろ姿をラミントンの二人がじっと見送っている。


「じゃあ、私も、また後で……」


 リンも離れようとすると、ライアンの手が腕にかかった。


「待て。リンは私と一緒だ。エスコートする人間がいなくなる」


 見ると、ウィスタントンの領主夫妻に、ラグはグラッセと一緒だし、ハルヴァはシュゼットにエスコートの手を差し伸べていた。ハルヴァの顔を見て、キョロキョロと見回すと、それに気づいたライアンが言った。


「ハルヴァ殿の奥方は、体調不良で今日の昼食会は欠席だ」


 確かにそういうことなら、リンがいないと人数が合わなくなる。

 差し出されたライアンの腕を、そっと取った。


 グレートホールには船に乗り込む人間が集まっており、二つの領の領主一族が入って行くと、ざっ、という音をさせて、一斉に頭を下げた。

 壁際の一段上がった場所に、横一列に領主一族の席ができている。そこに立つとホール全体が見え、その向こうに光り輝く海が見えた。

 並ぶ席の中央にラグナルとウィスタントン領主が並び、ラグナルの側にはグラッセ、ライアン、リンと続く。ウィスタントン領主の側には、カリソン、ハルヴァ、シュゼットだ。

 端にいる自分が見られているわけではないと分っていても、ホールにいる者は皆、こちらに顔を向けている。その居心地の悪さに、やはりオグと抜けておくべきだったか、と、リンは後悔した。

 

「ウィスタントン公爵、公爵夫人、ご家族の皆様、それから、一緒に王都へ向かうウィスタントンの民を、このウェイストラへお迎えできて、大変嬉しく思います。王都へ向かう船の準備が整いますまで、どうぞごゆっくりお過ごしください」

「本日は我々とウィスタントンの民に、このような歓待を大変嬉しく思う。これより王都へと向かうが、社交の成功と、これからも協力しあい、共に発展していくことを願う」


 二人の領主の言葉に、ホールから拍手が巻き起こった。


 王都へ行く前に、すでにここで社交が始まっている。

 ラミントンは、先代領主が昨秋に亡くなり、ラグナルが領主となってから、最初の王都での社交となる。皆が緊張し、そして力を入れていた。そんな時に、ウィスタントン公爵が、変わらずに若き領主の支持を表明してくれることは、ラミントンの者にとっては喜ばしいことだった。


 ホールを見渡せば、テーブルには二つの領が入り乱れて座っており、交流できるようになっているようだ。文官らしき者が集まるテーブルや、術師が座るテーブルがある。窓の近くにクグロフやポセッティの顔が並んでいるので、そこに街の人間がいるのだろう。さすがに見習いまで連れてきているのはウィスタントンだけのようで、その側にオグの顔が見えた。


 どこからか管楽器の音が響き、パンを持った配膳係が入室してきた。


 一皿目はシーフードサラダで、赤い海老に、薄紅色のフック・ノーズ(鉤鼻)、オレンジ色のふっくらとした貝が、緑のサラダ菜や豆と合わせてある。一番上には細いディルの葉が、ふわりと飾られていた。

 ラミントンの真っ白な磁器の上に映える、色のきれいなサラダだった。

 海辺でしか食べられないサラダに、魚介が大好きなリンは目を輝かせた。

 

「ふふっ。おいしい」

「このフック・ノーズには、スモークがかけてあるようだ」

「香りがしますね。あと、私、このドレッシングが気になっているんです。ビネガー、じゃないですよね?レモンでもないし、なんだろ」


 酸味だけではないフルーティなドレッシングが、魚や貝の臭みを消して、逆に、海老や貝の優しい甘味を引き立たせている。ライアンとリンの会話が聞こえたのか、グラッセが教えてくれた。


「これはトリナシというベリーを使ってあるのです」

「トリナシ、か。ヴァルスミアの森にはないものだな」

「ラミントンでも、『青の森』にしかないと思います。緑色の小さなベリーですが、酸味が強くて、そのまま食べられないので、人気のないベリーなのです。鳥も食べないぐらいなので、それでトリナシと」

「こういう料理にはぴったりですね。レモンの代わりになりそうです」

「ありがとうございます。社交のために、料理長が『青の森』の食材をメニューに取り入れてくださっているのです」


 グラッセがはにかんだ、照れたような笑顔を浮かべた。

 どこも社交に向けて、いろいろ考えて、準備してきているようだ。


 次の肉料理は、きれいな肉の赤色を残した、ローストビーフだった。

 配膳係が目の前で切り分け、マッシュポテトと一緒に盛り付け、その上にソースをかけた。

 噛みしめると、脂が流れ、甘い香りが口に広がった。柔らかく、しっとりとしていて、肉の風味が豊かなのがわかる。

 ソースも、香りの強い香草などをいれずに、肉の風味を際立たせるものになっているようだ。


「うわー、これも美味しいですね。ソースに入っている、この小さな赤いのも、ベリーですか?」

「はい。ラミントンではよく使われます。これも酸味が強いのですが、蜂蜜と合わせて煮て、あちらで食べているミートボールに添えられるのです」


 グラッセに言われてホールの方を見ると、ホールではローストビーフではなく、ミートボールに、マッシュポテト、白いソースがかかって、やっぱり同じ赤いベリーが皿の上に見える。


「私は以前、オグとあのミートボールを食べたことがある。クリームのソースで、ベリーともよく合うのだ」

「社交向きではありませんが、ラミントンではよく食べられる家庭料理なのです」


 ラグナルがグラッセの向こうから、顔をのぞかせた。


「リン、料理を楽しんでいますか?」

「ええ。とっても。私、王都へ行かずに、ここに滞在してもいいぐらいです」

「ははっ。そこまで気に入ってくださって、嬉しいですね」

「海の幸もたくさんありますし、部屋に厨房がついている宿があればいいのに、と思いましたから」

「部屋に厨房ですか。……そうですね、ありますよ?今度ラミントンに来るときには言ってください。用意しておきますから」

「あるんですね!ラミントンは遠くないですし、たまにきて、魚介三昧の生活もいいかも」

「グラッセも喜びますし、ぜひ来てください」


 リンはニコニコと満面の笑顔だが、ラグナルの言っている宿が、侯爵館のゲストルームと普段使わない厨房だということを、たぶん気づいてはいない。ライアンはしっかりとわかっているが、賢明にもなにも言わなかった。


 最後のデザートには、ラミントンの料理長とブルダルーが一緒にやってきた。


「リン様から領の新しい菓子に、と、ご提案をいただきまして、それをデザートにしてみました」

「領の新しい菓子、ですか?」


 ラグナルはきょとんとした顔をしている。

 

 運ばれてきたデザートは、皿の上に、二艘の小舟が並んでいるようなデザートだった。

 ひとつは、白い船で、アプリコットやベリーが飾られ、三角に切られたフルーツがマストのように見える。もう一つは、黄色い船に、薄焼きのクレープクッキーが三枚立ててあって、やはり三本マストの船のようだ。


「船、ですか?」


 ラミントンの料理長が、説明する。


「こちらはこの直轄地でとれるクリームをたっぷりと使った、チーズケーキの船。もうひとつは『青の森』のサンベリーを使ったムースの船になります。ウィスタントンの料理長と一緒に、作りました」

「バルケット、小舟という意味のお菓子です。この型を新しく作ったんですけど、このようにデザートにしてもいいし、料理にも使えます。もし良かったら、どうぞ王都の社交でも使ってください」


 リンの言葉に、ラグナルもグラッセも驚いている。


「リンの新しいレシピなのでしょう?ウィスタントンで発表しないのですか?」

「ええと、これは船型だから、ラミントンにぴったりだと思います。それに、私が考えたのは型だけで、実際にその設計図を描いたのはライアンですし、使うフルーツを選んだのは、ラミントンの料理長さんですから」


 ラグの船とグラッセの船を二艘並べたのは、ラミントンの料理長の二人を祝い、後押しする気持ちだろう。

 今日のお料理からも、それがしっかりと感じ取られた。


「リン、いつも本当に……ありがとう」

「本当に嬉しいです。ありがとうございます」

「美味しいデザートが増えるのは嬉しいですからね。さあ、いただきましょう。サンベリーというのは、黄色のベリーですか?やっぱり『青の森』だけに生えるベリーでしょうか」

 

 グラッセは嬉しそうに頷いた。

 二種類のバルケット・タルトを味わって、大満足の食事会は終わった。

 リンはベリー類を気に入り、採集依頼を出しそうな勢いだ。ラグナルに相談するので待つように言って、ライアンはリンにエスコートの手を差し出した。

 これから船に乗り込むのだが、領主一族は最後である。皆の乗り込みが終わるまで、小サロンへと案内された。

 

「あの、ご注文をいただいた扇子ができたので、お見せしたいのですが」


 ラグナルはリンの言葉にうなずくと、グラッセのご両親から頂いた石もあるので、と、グラッセの両親、アダイア男爵夫妻もこの場に呼んだ。

 丁寧に礼をして入室した二人は、グラッセとよく似ている。グラッセのほっそりとした体型と顔立ちは母親に、背の高さと瞳の色は父親似のようだ。


 リンはアマンドから木箱を受け取って、出来上がった扇子を差し出した。


「どうぞご確認ください。職人が素敵に仕上げてくれました」


 箱から取り出された扇子は、タッセルは付いていないが、親骨には美しい装飾が施されていた。

 ラミントンからもらった扇子用の紙と一緒に、グラッセがよく用いるという『青の森』の草花の図案が来たという。それを親骨に金で描き、『女神石』に『ドロップレット』(海のしずく)、リンとライアンのつくった水の精霊石が、小さく砕かれて、はめ込まれている。


 リンが自分の扇子を広げて見せると、グラッセが恐る恐る扇子を開いた。


「これは、大変すばらしい仕上がりですね。ありがとうございます」

「ほんとうに。同じセンスですけれど、一人一人、装飾が変えてあるのね」


 グラッセの言葉に、シュゼットが隣から覗きこんで頷く。


「お預かりした石は、たくさんありましたので、扇子だけでは使いきれなかったのです。それでもう一つ、これを」


 リンは再度、アマンドから二つ木箱をもらって、一つをアダイア男爵夫妻の前に置いた。


「『女神石』はご婚約の品だったというので、少し小さくなりましたが、再度、宝飾品にしていただけると思います。あと、こちらなんですが……」


 もう一つを、ラグナルとグラッセの前に置く。

 

「『女神石』、『ドロップレット』、水の精霊石の残りを、オグさんに預けたんです。そうしたら、これをグラッセに、と」


 驚いて、ラグナルが木箱を開けて、グラッセと覗き込む。

 

「これは……」

「なんて美しい」


 そこには、たくさんの乳白色の『ドロップレット』とゴールドを使ったネックレスが入っていた。真っ青な水の精霊石と、青紫の『女神石』もしっかりと組み込まれた、大変豪華なものだ。

 金の部分は先がくるりと丸まった葉のモチーフなのだろうか、優美な透かし彫りになっている。


「見事ですこと」

「オグさんは、グノームを使った造形がうまいと聞きましたけど、本当ですねえ」

「このゴールド部分の装飾は、ラミントン家に伝わる波の模様なのです。波が打ち寄せるように、幸せを何度も運ぶように、という意味があるのです。これを兄上が……」


 ラグナルが思いつめたように言う。

 

「オグさんは、口では面倒だと言いながら、いそいそと石を受け取ってくれました。精霊石にはラグの愛情がたっぷりと入っていますし、『ドロップレット』と『女神石』にはご両親の思い出があって、その上、オグさんの、幸せになるようにという願いもしっかりと入っていますから、最高ですね」


 それを聞いて、アダイア男爵夫人が涙をこぼし始めた。男爵がその肩をしっかりと支えて立っている。

 ラグナルがネックレスを取り、グラッセの首の後ろで金具を留めた。

 グラッセが皆に向きなおって披露した。


「……リン、これは、このままでもいいのですけれど、こちらのピンと合わせるのではないかしら?」

「そうね。同じ装飾ですものね」


 グラッセの胸には、大きな『女神石』が、同じ波模様と草花に囲まれて光っていた。

 カリソン夫人とシュゼットの言葉に、リンもネックレスとピンを見比べる。


「……本当ですね。もしかして、これはラグが贈った婚約のピンでしょうか。オグさんは、これを見たことがありますか?」

「ええ、そうです。グラッセはいつも身に着けていますから、結婚の報告に来た時に、兄上も見たと思いますが」

「じゃあ、きっとそうですね」


 リンはグラッセにピンを外してもらい、ネックレスのトップとして下がるように着けなおした。

 大きな『女神石』が下がった、豪華なネックレスがグラッセの胸元を飾った。


「まあ」

「これは、見事だな」

「本当に美しいこと。グラッセにとても似合うわ」

「ラミントンの侯爵夫人に相応しい宝飾品になりますね」


 ぴったりだった。皆が口々に褒めたたえる。


「兄上の結婚には、何もラミントンの物がなかったのに……」


 女性陣に囲まれているグラッセから少し離れて、ラグナルがポツンと淋しそうに言う。


「ラグ、大丈夫ですよ。私、今日わかりましたから。オグさんがエクレールさんに贈ったピンに、青いリボンの模様が付いていたんです。リボンだと思っていましたけど、あれはたぶん、この幸運を呼ぶ波模様です。だから、オグさんは、ちゃんとラミントンの物を持っていますよ」


 エクレールはこのことを知っているだろうか。

 ヴァルスミアに戻ったら、教えなければ、と、リンは思う。


「リン、本当にありがとう」


 ラグナルが礼を言う。


「え、違いますよ。お礼はオグさんに言ってくださいね。私じゃないですよ?」


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