Sea Herisson / シー・ヘリソン
リンにシルフを送った後、ライアンは踵を返し、グレートホールの隣にある小サロンへと向かった。
「まったく」
ヴァルスミアを出てまだ半日だが、いきなり新しい精霊道具を作ったかと思えば、なぜか採集までしているし、リンには驚かされてばかりである。
小サロンでは、窓から一面の海が眺められる席に、ウィスタントンの領主一族と、ラミントンからは、ラグナルとハルヴァが座って話をしている。
ラグナルが入ってきたライアンに気づき、声をかけた。
「ライアン、リンとは連絡がつきましたか?」
「ああ。ラグナル、事後報告になって申し訳ないが、採集の許可をもらいたい」
「採集、ですか?」
ふう、とライアンは軽く一つ息をつく。
「リンが港の端にある岩場で、採集したらしい。おいしいものを、たくさん、だそうだ」
「おいしいものを、たくさん、ですか……」
「この港の岩場で……?」
「ほう。リンはまた何やらつくるのだな。楽しみではないか」
ラミントンの二人は、思いもよらぬことを言われた、というような表情をしているし、ウィスタントン公爵は、何やら楽しそうだ。カリソンとシュゼットは、クスクスと笑っている。
「他領に来てまで採集しているとは思わなかった。それで、オグが一緒なんだが、許可を願っている」
ポカンとしてライアンを見上げていたラグナルが、ハッとなった。
「もちろん、許可します」
「何を持ってくるかわからないが、見てから、採ってまずい物は不許可にしてかまわない」
「大丈夫だと思いますが。あの岩場で採集したなら、小魚ぐらいでしょうか」
「恐らく、魚を見つけて、はしゃいだのだと思うが」
シルフが伝えてきたリンの声は、確かに喜びで上ずっていた。
リンは料理のレシピも持っているから楽しみですね、と話していると、文官に案内されて、リンとオグが戸口に顔をのぞかせた。
あ、ラグ、と言いかけて、はっと気づいたのか、慌てて礼を取った。
ラグナルとライアンは立ち上がり、リン達の方へと近づいた。
「リン、いつも通りでお願いします。久しぶりですね。兄上も」
「……久しぶりっていう感じがしねえのは、なぜだろうな、ラグ」
「それだけ兄上にお会いできているってことで、嬉しいですね」
オグの含みのある言葉にも、にっこりと笑顔で返せるラグナルだ。
「それで、リン、何を採集してきたのだ?」
「すごいんですよ。高級食材です!おいしいんですよ。とろけるんです!」
ライアンの問いに、リンは勢いこんだ。よっぽどの好物なのか、鼻息が荒い。
サロンのすぐ外で待っていたローロ達に声をかけると、採集物で一杯の籠を二つ受け取った。
そのとたん、強い潮の香りがライアン達にも届く。
「これです。たぶん食べられる海藻です。お料理に使えるんですよ」
「たぶん、だと?」
「念のため王都で毒性の検査をしてからだ、と言われましたから」
「リンのやつ、その場で口に入れようとするんだぞ。危ねえだろうが」
じっとリンを見下ろす、男性陣の視線が痛かった。
「……リン、懲りないな。ついこの間、毒のあるベリーを食べそうになって、ローロに叱られたばかりではないか」
「よくわからないものを口に入れては、危ないですよ」
「普通は一番最初に、きつく言われるもんだがなあ」
「これは、大丈夫と思うんですけどね。しょうがないから、洗って、乾燥させて王都で確認してもらいます。それで、すごいのは、こっちです!」
もう一つの籠にはウニが山と積まれており、赤紫のトゲをゆっくりと動かしている。
「シー・ヘリソンですね。これが美味しいのですか?」
ここに住む者とは思えないラグナルの質問に、リンは、オグとラグナルを交互に見た。
「食べないんですか?」
「これは、子供が磯で投げて遊ぶもんだろ?痛くないようにキャッチするのに、コツがいるんだ」
「食べないと思いますが」
「もったいないですねえ。これ、すっごくおいしいんですよ?」
「これが、なあ。どっちかっていうと、毒のありそうな見た目だろ?」
オグは蠢いている、シー・ヘリソンのトゲを摘まんで持ち上げた。
「ふっふっふ。そんなことを言っていると、食べてびっくりですよ。今まで食べなかったのを、きっと後悔します」
「そこまで言うか」
「今から処理をしたら、船の上で食べられます。今夜、飲むんでしょう?あの蒸留酒によく合うツマミになるんですけどねえ」
また王都までお預けにされてたまるかと、リンはがんばった。
ウニのクリームソースのパスタとか、クリームコロッケのウニソースとか、すでに頭の中でスタンバっているのだ。
「このあたりは乳製品もおいしいのでしょう?このシー・ヘリソンは、クリームやチーズとも合うんですよ。新たな特産品ではないですか。簡単な塩処理で、冷室で一週間はもちますよ。試しておいしかったら、王都の社交で使えますよね」
男性陣が目を合わせた。
「海藻もな、天ぷらとか卵焼きとか、うまそうな名前を言うから、採集を止められなくてな」
「……まあ、それでは仕方あるまい」
「料理長に聞きましょう。私達が知らないだけかもしれませんから」
リンの完全勝利かもしれない。
今度はお預けを食わずに済みそうだった。
侍従を厨房へ遣わすと、ラミントンの料理長は、ちょうど一緒にいたのか、ブルダルーと連れ立ってやってきた。若い料理人を一人後ろに連れている。
並んで、お呼びにございますか、と、頭を下げた。
「リンが、シー・ヘリソンを採集してきました。これは食べられますか?」
「食べられないことはないのですが……」
ラミントンの料理長は、そこで若い料理人を見て、発言を促した。
「あの、私の出身は小さな漁師村なんですが、そこでは漁師が火に放り込んで食べております」
「えーと、丸ごとですか?」
「はい、このまま熾火の中に投げ入れています」
「それはなかなか豪快な食べ方ですね」
漁師の男らしい食べ方だ。
「シー・ヘリソンは、このような見た目でもありますし、香りが生臭いと嫌われる方もおりまして、貴族の方にはお出ししないことが多いのです」
「毒はありませんか?」
「それはございません」
「じゃあ、食べても問題ないですね!」
料理長の言葉に、リンはすでにソワソワとしている。
「えっと、じゃあ、ちょっとこれを洗って、必要な処理をしてきますので」
くるりと背中を向けるリンを、ライアンが慌てて止めた。
「待て。もう昼食だ。それはブルダルー達に預けて、代わりにやってもらうといい。ブルダルーなら、リンのレシピにも慣れているだろう」
「師匠、では、お願いできますか?レシピもいらない、簡単な処理なんですけど」
リンは海藻は洗って籠に広げてもらうように、シー・ヘリソンは、開いて、中のオレンジ色の部分をチーズクロスに広げ、海塩を振ってもらうようにお願いした。
塩で生臭さのある水分を出して、風味をアップさせる塩ウニである。
このままグレートホールへ移動して、昼食会となるようだ。
アマンドが慌てて入ってきて、リンのショールを預かり、髪と服装に乱れがないかを確認してくれる。
靴もドレスの裾も濡らさなかったから平気だと、リンはすまして立っている。
侍女に案内されて、背の高い女性が小サロンに入ってきた。
ドアの近くにいたリンはハッとして、彼女を見た。
麗しい女性で、乱れたところがないというか、すっと背を伸ばして立っている姿は端整でさえある。
カリソンやシュゼットの高貴で、華やかな美貌や雰囲気とはまた違う、秀麗といった感じの美人だ。
薄い栗色の髪を編みこんですっきりとまとめ、緑と水色のドレス姿も凛としている。
「うわ、かっこいいなあ……」
それが聞こえてしまったらしい。
ラグナルが口にこぶしをあてて、クスクスと笑い始めた。
「そうですよね。リン、私もその意見に賛成しますよ。グラッセはかっこいいですから。……紹介します。私の婚約者、グラッセです。グラッセ、こちらがリン」
ぽうっとなって見惚れていたリンは、慌てて腰を落とした。
「はじめまして、グラッセ様。リンです。お話を伺っておりましたので、お会いできてとても嬉しいです」
グラッセがリンの手をそっと取り、立つように促した。
「リン、はじめまして。ラグと同じように、私のことも、どうぞグラッセと呼んでください。私もずっとリンにお会いしたいと思っておりました。どうぞ仲良くしてください」
「うわあ……」
美しい人は声までも美しい。アルトの滑らかな声で言われて、リンは少し舞い上がり気味だ。
ライアンに、横から、返事をしろと突かれる。
「もちろんです!こちらこそよろしくお願いします」
そんなリンに、青紫の瞳が優しく微笑んだ。
なかなか船に乗ってくれません。





