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Not everything goes well. / すべてがうまくいくわけじゃない

 リンは、相変わらず、全然スローだと思えないスローライフを送っている。


 朝からクグロフの工房へ行き、ハンターズギルドでオグに会い、聖域でドルーに挨拶をした。

 その後『金熊亭』で、シロのお風呂についての注意と、シロ好みのブラッシングの仕方についても教えた。

 リン達が不在の間、タタンは工房の裏庭で、花の世話もしてくれることになっている。来年に向けて、種子を採るつもりなのだ。ハンターズギルドを通して、見習い仕事としてタタンに依頼も済ませた。


 午後からは、薬草栽培の現状について報告を、というマドレーヌの要望を受けて、リンとライアンは、家の応接室で、昼食後のお茶を飲みながら待っているところだ。

 会合の時間少し前に、マドレーヌ、トライフル、ポセッティの三名が到着した。

 背後では、シムネルが記録の準備を整えている。

 マドレーヌは蕾が今にも咲き出しそうなほど膨らんだ、紫のラベンダーの束を抱えており、彼女が部屋の戸口に立った時から、香りがふわりとリンの鼻に届いた。


「とうとうですね。いい香りです」 


 アマンドが芳香を放つ束を受け取り、部屋を出て行く。


「栽培についてとのことだったが」

「はい。ポセッティと話しまして、王都へ向かう前に、ご報告とご相談をと思いまして」

「聞こう」


 ライアンの言葉に、ポセッティがマドレーヌと目配せをして、身をのりだした。


「成長の具合を、まず、私からご報告申し上げてよろしいでしょうか」


 かまわぬ、とライアンが促した。


「試験的に栽培しているローズマリーやラベンダーは、枯れたというような問題はなかったのですが、サントレナでの成長と比べますと、株も小ぶりに思えます。やはり一番の問題は、冬の寒さに耐えられるか、でしょうか」

「ここではやはり難しいか」

「畑に植えたものは冬支度をして、試そうと思います。商業的に生産するなら、やはり畑で冬を越せないと難しいかと思いますので」


 苗を鉢に移しても株が弱ることがあるし、雪に覆われても、春に新芽がでたことがあるという。

 雪もあまり降らないサントレナと、雪と氷に覆われるウィスタントンではまったく気候が違うので、やってみないとわからないという。

 ポセッティの後に、マドレーヌも続けた。


「土の術師がグノームにも聞いてみましたが、天の女神がどれだけ雪のふとんを掛けるかによる、と」

「天の女神のすることなら、グノームにはわからぬな」

「あの、ライアン様。領での栽培は、来年まで様子を見ないとなりませんが、ダメだった時のことも踏まえて、来年の薬草の確保を考えておいた方がいいかもしれません」

「サントレナから買うのは、難しいのですか?」


 リンの問いに、ポセッティは首を振った。


「サントレナは、海沿い、崖の上に貼りつくようにな小国で、畑も小さく、薬草は国内で消費するほどしか」

「わかった。ベウィックハム領と栽培協力の話もでているが、夏には伯爵も王都に来られよう。面会予約を入れておこう」


 ライアンはうなずいて、シムネルに手配を頼んだ。


 アマンドがラベンダーの花を生けた花瓶を抱え、部屋に戻ってきた。その後に、グラスを載せたトレイを手に持ったシュトレンが続く。

 花瓶は部屋の隅にあるコンソールテーブルに飾られ、シュトレンは一人一人にグラスを配り始めた。

 グラスには底の方に少しだけ、透明な液体が入っている。


「できたか」


 トライフルが大きくうなずいた。


「試作致しました、ヴァルスミア・シロップの蒸留酒になります」


 それぞれがグラスを揺らしながら、鼻に近づける。

 ツンとくる強いアルコールの匂いはするが、シロップや、シロップに残るフルーツらしい香りを、リンは感じなかった。

 強いアルコールが苦手なリンは、ほんの少しだけ舐めてみる。


「ん?」

 

 ピリっとした刺激が舌に触るが、少し過ぎて味がわからない。

 リンは首をかしげ、もう少し多めに口に含んだ。

 今度は喉をすべり落ちた酒で、すぐに胃の方からカッと熱くなり、喉にぐっと感じた刺激にも顔をしかめた。


「くーっ、強い」

「酒精がきついな。しっかりとした蒸留酒だ」


 ライアンは慣れているからか、リンのように顔をしかめることもなく、口の中で酒を転がして味わっている。

 それを真似して、口に広がり鼻に抜ける香りを、リンも呼吸を繰り返して感じてみた。


「シロップらしさが、残ってないですよね」

「そうだな。北の酒は、このように透明で、クセのないのが高級だという」

「あの、最後にバーチの炭でろ過を繰り返すので、このようにクセがないと聞いております」


 トライフルの説明に、なんとなく納得する。


「ろ過をして、炭に、香りや不純物が吸着されたってことでしょうか」

「それで、よりクリアな味となるということだな」

「うーん、これが悪いわけではないですけど、風味が残らないなら、シロップを原料にしなくてもいい気がします。シロップは領で採れるからなんともいえないですけど、穀物よりも原価の高い原料なわけですし」

「ろ過しなければ、シロップの特徴が残るのだろうか」


 ライアンは諦めきれないというか、蒸留酒をどうしても造りたいようだ。

 横で、トライフルに、製造過程や、ろ過の方法などを質問しているのを聞きながら、リンはアマンドに、レモン果汁とヴァルスミア・シロップ、それから水を頼んだ。


「それも合わせて、他にも試してみたらいいんじゃないですか?原料を変えたり、ろ過しないとか、樽で熟成するとか。あ、だめか」

「なぜだめなのだ」


 頼んだ物がくると、透明な蒸留酒にシロップを入れ、風味をつけて味わう。

 そこにレモン果汁を加えて、はちみつ&レモンサワーじゃなくて、シロップ&レモンサワーにした。


「オークなんです」


 リンは、一口飲んで、まだ強く感じる酒精に目をパチパチとさせると、リンのやることを興味深く眺めながら聞いていたライアンに答えた。


「蒸留酒はほとんど飲んだことがないのですけど、いくつも種類があったのは知っています。薬草で風味を付けたものに、樽で熟成させたもの。酒となる原料も、穀物、芋、果実といろいろでした」

「ふむ」

「で、私が知っている高級酒は、オーク樽を使って熟成させていたんです」

「なんと……」

「ドルーがいいと言っても、さすがに使えないですよね」


 リンはグラスに、今度は水を加えた。


「オーク以外ではだめなのか」

「わかりません。オークが最高だと言われていたように思います。ビネガーみたいに、スプルース樽を試してもいいかもしれないですけど。風味がどんなに良くても、ドルーに、オークが欲しいとは言いたくないですよね」


 オークを切るようになったら、この国の大事な部分が崩れてしまう気がした。

 酒はちょうどいい風味と濃さのサワーになったらしく、リンは一口飲んで、うなずいた。


「それでですね、ウィスタントン産の原料なら、蒸留酒は原料をシロップにこだわらなくてもいいんじゃないかと」


 シロップからはミードもできていますし、と言いながら、リンはその場にいる者にもシロップとレモン果汁をすすめた。

 シロップ&レモンサワーにすると、強い蒸留酒もすっと喉を通る。


「しかし、領では穀物も芋も、食べる以上にはできぬ。果実は森にあるが、やはり酒よりも食べる方に回したい者が多いと思うが」

「そこが難しいですね」

「春の大市の売り上げで、他領から原料を買えないこともないが、酒のために穀物などを買うなら、民の食べる方に回すべきだろう」


 ライアンはちゃんと大事なことをわかっている。

 いつだって領民ファーストなのだ。

 リンは嬉しくなって、にっこりと、ライアンに笑顔を向けた。

 

「『砂糖の島』が近かったら、良かったんですけどね」

「なぜだ」

「砂糖を作ると、黒い、モラセスというシロップが同時にできるんですけど、それを原料にした琥珀色の蒸留酒があったんですよ。砂糖として使わない部分だから、『砂糖の島』が近かったら、それを買ってもいいのにって」

「遠いし、送料が高くかかるな」

「ですよね。ラム酒を使った、おいしいお菓子のレシピがあるんですけどね」


 ラム&レーズンサンドもいいし、チョコにも栗にも、ラム酒はぴったりだった。この季節なら、まず、ラム&レーズンアイスだよね、と、リンはニマニマ、ふふふ、と笑い出した。

 楽しそうな、でも、締まりのないリンの顔に、ライアンは、ちょっと酒が多すぎたか、とリンのグラスを取り上げた。


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