Preparation for the departure / 出発の準備
王都への出発まで、間もなくとなった。
出発まで忙しく予定が詰まっているけれど、リンは久しぶりの遠出にかなり浮かれていた。
こちらに来てから訪れた、一番遠い場所がスペステラ村だったのに、一気に王都まで旅行なのだ。
それも、初めての船旅である。
どうやって行くのか、どのぐらいかかるのか、夕食後のお茶の時間にライアンを質問攻めにしていた。
そこで言われた事に驚き、リンは自分の足元で寝そべっているシロを見た。
「えっ、シロは留守番なんですか!」
「王都は人も多いし、森から離れた場所に長く連れていくのは、かわいそうだ」
「……置いていくのは、考えていませんでした」
リンが長椅子から手を伸ばしてシロの頭をなでると、シロも起き上がり、ひょいと、膝の上に頭を預けた。
シロは自由に森へ入るし、時には一晩戻らないこともあるけれど、お風呂が好きで、撫でられるのも好きな、立派な家オオカミだ。
たまにはシロップだって舐めたがるし、甘えるし、誰か世話をする人がいる。
それに長く離れると、シロは自分が置いてきぼりにされたと、不安にも思うのではないか。
「シロは私と一緒に行きたいかもしれませんよ?」
シロの首に抱きついて言うリンを見て、ライアンは片眉を上げた。
「リンが、シロと一緒に行きたいのだろう。……シロ、どうする。私達と王都へ行くか?」
ライアンがシロの意思を確認し、リンもすがるようにシロを見つめる。
シロはリンを首に巻き付けたまま、首をかしげた。
「……リンには、常に人をつける。私も、オグも、フログナルドにシムネル、ローロもいる。それにアルドラも出てくるから、大丈夫だ。力のある者が側にいる」
皆の名前に安心したのか、アルドラの名前に逃げたのか、ライアンにはシロの表情が読めなかったが、抱きつくリンを長椅子に引き倒しながら、シロはすいっと離れて、部屋から出て行った。
「あっ。シロ~。うー、また私の片想いか。せつない」
起き上がるリンに手を貸しながら、ライアンは言った。
「シロはここに残るようだな」
「……館に預けるんですか?」
「『金熊亭』に頼もうかと思っているが」
『金熊亭』なら、森へも近い。シロとタタンは仲もいいので、大丈夫だろうか。
リンは大人なので我慢できる。シロが淋しくないなら、それでいいのだ。
リンの準備のために、館から旅行用の木箱が届けられ、いつも静かな家が朝からざわついていた。
木箱というより、トランクといった方がいいかもしれない。
スーツケースよりだいぶ大きいものだが、リンの持ち物を入れる分だけで、大小合わせて五つもある。
「この五つは、三階の手前の部屋へお願いしますわ。他は、シュトレンがおりますから、この奥へ」
運んできたポーター達に、テキパキと指示を出すアマンドの横で、リンは入り口に積まれたトランクの山に、口をあんぐりと開けた。
リンが中に収まりそうなぐらい、大きい物もあるのだ。
王都のそれぞれの部屋に間違いなく届くように、トランクには目印が付けられていて、リンの分には、ウィスタントンの紋章とリンの花のスタンプが押されている。
旅行中に開いてしまわないように、きちんと留め金もついているようだ。
リンの新しいドレスのほとんどが、まだレーチェの所にあるというのに、五つもトランクが必要なほど持ち物があるのか、甚だ疑問だった。
旅行の際にはミニマルな持ち物を心掛け、服なども小さく巻いてきっちり詰め込んできたリンは、トランクが積み上がるのを見て、そのテクニックを伝授すべきかと思った。だがすぐに、ヒラヒラした袖やコサージュ付きのドレスを、くるくると美しく巻くのは不可能だと思いなおした。
リンの部屋に積まれたトランクを見ると、横に長いものは、上部だけでなく、横の部分も開くようになっており、そこから引き出しが現れた。
縦長のものはドレスやマントを吊るした状態で収納でき、シワを付けずに持ち運べるように考えられている。
スーツケースというより、クローゼットをそのまますっぽりと入れて、運ぶようなものかもしれない。
「かさばるし、移動が重くて大変ですけど、ドレスにシワが付いたら、アイロンがけの方が手間ですから、これは確かに便利ですね」
「がんばったレーチェが泣きますわ。アイロンをかけられない生地もございますもの」
どちらにしても、リンのやることはほとんどなかった。
荷造りもアイロンも、アマンドとメイドの仕事で、重いトランクを運ぶのもポーターがいる。
出発まで、まだ数日あった。
側でその準備を見ていると、アマンドが館から手伝いに来たメイド達に指示を出して、すぐに使わないようなものから、トランクの中に収めているようだ。
春先まで使っていた、リンの気に入っているベッド用の上掛けキルトまで、畳んで入れるように指示されている。
クローゼットのみならず、これは部屋ごと移動するようなものだと、考えを改めた。
「寝具まで、全部持って行くのですか……」
「王都のお部屋も整えられておりますが、夏物が中心だと思いますよ。必要になった時にないと、困りますでしょう?それに、リン様はもともとお荷物が少ないのですよ。これで足りるとよろしいのですけれど」
アマンドは手を頬に当てて、思案気だ。
領主夫人やシュゼットは、この倍以上の荷物があるという。
「十分だと思います」
リンは邪魔にならないように、そっと離れて、自分で用意をする小さなトランクと籠の前へと向かった。
小さなトランクは手提げかばん程度のもので、リンが手元に置いておきたいものを入れるように言われている。お茶とティーセット用の木箱は別にあるし、ここに入れるのはお風呂の石セットに基礎化粧品、筆記用具ぐらいだろうが、それは最終日に放り込めばいいだろう。
リンは籠の方を引き寄せて、その中にシロのお留守番セットを入れ始めた。タタンに預ける籠である。
「お風呂は難しいだろうけれど、一応『水の石』と『温め石』でしょ。石鹸はシロが欲しいって、鼻でつついた時だけでいいと教えなきゃ。あ、『温風石』が出発までに登録できないと、ドライヤーが困るかな。後は、シロが好きなグルーミング用のブラシに、麻縄のボールとネズミのおもちゃ……」
シロのおもちゃを籠に入れたところで、リンはため息をついた。
六週間以上も離れ離れになるのは本当に淋しい。
気分転換に、王都へ持ち込むお茶と、行きの船の中で食べるお菓子を選ぶことにした。





