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Meeting / 会議

 領主一族とのスイーツ試食会が終わり、リンとライアンは一息つく間もなく、家族棟から本館へ移動した。


 これから、王都の大市へ出向くメンバーが集まる会議があるのだ。

 今年の王都行きは特別だとの思いを、皆が持っている。

 例年なら、このように会議を持つことなどなかった。

 ウィスタントンには自領に大市があって、貴族の社交が中心である、夏の大市に力を入れる必要はなかった。

 貴族である薬事ギルドのマドレーヌも、精霊術師ギルドのブリーニも、王都へは毎年出向くが、社交のためだった。

 商業ギルドのトゥイルは平民なので、夏は王都へ行くこともない。ヴァルスミアで秋の大市の手配をするのが、今までの夏の過ごし方だった。

 王都のウィスタントンの天幕には、ウィスタントン出身の商人が入り、貴族の社交とも完全に切り離されているのが、今までの夏の大市だったのだ。

 でも、今年は違う。

 リンがいるのだ。

 ライアンも王都へ向かうし、新商品の発表もある。後に続く、秋の大市と同様に考えられていた。


 オグもちょうど到着したところだったらしく、ライアンとリンが近づくのを見て、手をあげた。


「よお」


 リンはオグを見つめ、ぱちぱちと瞬きをすると、ため息をついた。


「人の顔を見て、ため息をつくなよ。髭がねえと、そんなにダメか?」

「うーん、見慣れなくて。声と顔が合わなくて混乱するんです。……今日はエクレールさんは一緒じゃないんですか?」

「ああ。エクレールは王都へは行かないからな」


 ギルドを二人で空けるわけにもいかず、新婚早々、離れ離れとなるようである。

 オグに続いて、リンとライアンが部屋に入ると、すでに揃っていた皆が一斉に立ち上がった。

 館の文官達に、ギルドからは、オグ、トゥイル、マドレーヌ、ブリーニがきている。オグ以外は数人ずつ部下を連れてきている。オグの横にはクグロフとレーチェが並び、その間に座るローロは不安げな顔をしていた。


 ライアンに続いて皆が腰を下ろすと、進行役の文官が会議の開始を告げた。


「本日は、新商品の発表と試食会となります」


 ライアンがうなずいて、話しはじめた。


「今日は、大市で領の天幕に入る者に来てもらっている。風の術師は、天幕での販売にはかかわらないだろうが、連絡係として、交代で詰めてもらうことになっている。……では、はじめよう」


 商業ギルドのトゥイルが立ち上がった。


「領の天幕は、例年より大きく場所を確保しております。夏は個人への販売が中心となりますが、念のため商業ギルドからも交代で人を出します。持ち込める商品点数が限られますから、秋の大市にも来る商人には、今回は商品案内のみに留め、秋にウィスタントンで商談とする予定です」

「そうだな。トゥイル、王都の商業ギルドの一室を借りられるか、念のため確認して欲しい」


 トゥイルが座ると、次は薬事ギルドのマドレーヌだった。


「薬事ギルドからも数名、春の大市で販売に慣れたものを派遣します。新たにフローラルウォーターが美容製品に加わる予定です」

「生産は順調か?」

「はい。薬草につきましては、別途ご相談を」


 ライアンがわかった、とうなずき、言った。


「それではこれから新商品について、だ。王都の社交で、衣装、精霊道具、菓子で新たに披露されるものがある。貴族階級への披露だが、領の天幕へも話がくることも予想される。なので、どういうものが披露されるのか、知っておいて欲しい。衣装では、このセンスが披露となる」


 そういって、ライアンは自分の扇子を腰に付けた専用袋から取り出すと、皆の前で広げて見せた。

 この袋もベルトに取り付けられるように、タッセルの色と合わせて、レーチェが作ったものだ。


「これは紙でできたものだが、上位貴族女性は、レースを用いたものを使う。男性も女性も使えるものだ。レーチェとクグロフが中心になって作成している。この二人は天幕にいることも多いので、相談してくれ」


 レーチェとクグロフが頭を下げた。


 次に、シムネルが三組の精霊石、『凍り石』『涼風石』『温風石』を、ライアンの目の前に置いた。

 石が転がらないように、くぼみをつけた木の土台に載せてあるだけだ。

 これらの道具が使われる貴族には、どこもお抱えの細工師がいる。

 『涼風石』『温風石』は、石だけの販売にして、それぞれの領の細工師に注文を出してもらえるようにと考えている。ウィスタントンで使う道具は、現在石細工師と木工細工師が作っているところだ。

 ライアンに下絵を見せてもらったが、シルフをかたどった像になるようだ。クーラーとヒーターが、シルフの彫像というのが、どうにもおかしい。


「これら三つの精霊道具の登録だが、間もなく完了予定だ。『凍り石』は、後で試食の時に見てもらおう。『涼風石』と『温風石』は、今、見せよう。リン」


 リンはこくりとうなずいて、風の石二つでできている『涼風石』を手にとり、カチンと一度打ち付ける。


「使い方は、一度打ち付けると『送風』です。二度で止まります。『送風』を出した状態で、三度打ち付けると、冷たい『涼風』に変わります」


 リンがカチカチと石を互いに打ち付けて、何回か見本をみせる。

 精霊術師ギルドのブリーニの前にも石が置かれ、そちらでもカチカチと試されているようだ。

 

「社交でも天幕でも、精霊道具を宣伝したいと思っています。道具として登録されれば他領でも作れますし、使えますが、一番うまく使うのは、ウィスタントンでありたいですね。それが宣伝になると思っています」


 リンは脇に置かれた小瓶を開け、布を取り出すと、中の液体をしみこませた。

 そのまま、風を送っている『涼風石』の前に置く。

 すっきりとした木の香りが会議室に広がり、皆が顔を見合わせた。


「ヴァルスミアの森を思わせるような香りでしょう?スプルースの葉から採った精油です。こうやって、風に香りをのせて、社交の場や天幕の雰囲気づくりに使うのもいいと思います。男性と女性、昼と夜、違えても面白いです」


 そのまま今度は、赤と緑の『温風石』を手にとった。


「『温風石』も使い方は一緒で、一度打ち付けると『弱風』。二度で止まります。『弱風』を出した状態で、三度打ち付けると『強風』になります」


 文官が立ち上がり、会議室の扉が開かれ、ブルダルー達料理人が入ってきた。

 皆の座るテーブル脇の台に、次々と準備をしていく。


「王都では、ヴァルスミアと違って飲食店も多く、特に屋台村のような場所を作らないと聞いています。そこで、天幕にて、王都でも珍しい物を、『凍り石』を使って提供することを考えています。『凍り石』は、春に発表された『冷し石』と似た物で、全く同じ容器に収めて使えます」


 リンはブルダルーの手元にある木箱を指した。


「ですが、『凍り石』は、『冷し石』よりさらに温度を下げて、中の食物を凍らせ、真夏に氷が作れます」


 その瞬間、おおっと声が上がった。

 特に精霊術師からの反応がすごくて、ぐるりと身体を回して、『凍り石』を収めた木箱を見ている。じっと熱っぽく見つめられても、外見はただの木箱だ。

 

「あれ、ライアン、そういえば『凍り石』については、言ってませんでしたっけ」

「……そうだったな」


 さんざんアイスクリームを食べていたので、すっかり、周知したつもりになっていた。


「ええと、『王都でも珍しい物』ということで、夏に冷たい物を提供すれば、話題となると思っていますが、どうでしょう。同時に『凍り石』の宣伝になります」


 トゥイルが大きくうなずいているのが見える。

 リンがブルダルーに目配せをすると、料理人が、大きなガラスのボウルを二つ、テーブルの上に置いた。

 両方とも並々と液体が入っており、中に、丸いボール形のものと、ベリーがたくさん浮かんでいる。ピンク、オレンジ、青紫、赤、緑と、色とりどりだ。


「これは色合いが美しいですね」

「天幕でも前に置けば、目立つでしょう」


 料理人が一人一人に聞いて、グラスにミードか、水をフルーツごと入れて配りはじめた。


「一つはヴァルスミア・シロップのミードで、もうひとつは、水に少しだけ甘味をつけてあります。中に浮かんでいるのは、凍らせたフルーツです。ベリーはそのまま、ピーチやアプリコットは、丸くくり貫いて浮かべてあります」


 ライアンとオグはミードに、レモン果汁を加えてもらっている。

 リンは、レモン果汁も天幕に準備、とメモしておいた。


「おお、これは冷たいですな!」

「フルーツが氷の代わりとなっているんでしょうか」


「これは一例で、ミードや水はどこでも飲めますが、こうすると遠くから見ても華やかですし、冷たいドリンクの提供は一考だと思います。ここに使ったミードも、ベリーなどのフルーツも、『凍り石』も、すべてヴァルスミア産ですし」


 そう言うと、驚きながら飲んでいた皆が、せっせとメモを取り始めた。


「さて、次です。『凍り石』を取り付けたあの木箱を『冷凍室』と呼びますが、あの中で作った氷菓子で、アイスクリームといいます」


 ひとりひとりの前に、コーンカップに載せた、白、ピンク、緑の三色アイスが配られた。


「それぞれ、バニラ、ウェイベリー、オーティーが使ってあります」


 口にいれて、皆が声をあげた。


「おお、これは冷たい。本当に氷菓子だ」

「なんと滑らかな。これは噛まなくて良い菓子ですかな」

「すべて違う風味ですよ、これは」

「あのオーティーがこのように使えるとは……」


 チラリとローロを見ると、せっせと口に運んでいる。

 ローロは最近ブルダルーを手伝っていて、天幕で、アイスクリーム販売要員となる予定だ。ローロ以外に、あと数人、成人が近いハンター見習いの子達と、風の術師見習いを連れていこうと考えている。

 

「それで、皆さんのバニラアイスがまだ残っているうちに、その脇にあるソースを、ほんの一匙だけかけて召し上がってみてください」


 マドレーヌが口を押さえた。


「まあ!」

「これは、また風味が違う。私はこちらの方が好きかもしれぬ」


 ライアンも気に入ったようだ。

 

「それは、スプルース・ビネガーですよ。皆さんご存知でしょう?」


 針葉樹、スプルースの芽をアップルビネガーに漬けて、そこに蜂蜜を加えてあるものだ。

 春から夏にかけては、芽吹きの季節を楽しむように、スプルースのフレッシュさを活かしたビネガーを使うが、通常は、木桶にビネガーを入れ、寝かしてから使うのだ。これもこの辺り、北の領地の特産である。

 『金熊亭』で食べてから、スプルース・ビネガーをすっかり気に入ったリンは、市に行けば、熟成させたビネガーを近くの村から売りに来ていると聞いて、とんでいった。小さめの一樽を丸ごと購入して、ローロとふたりで運んだのだ。

 琥珀色になったお酢は、まろやかで、ツンとくるような酸味がない。甘味も強くなっている。アイスにかけると、まずお酢の香りが鼻に抜けて、舌に酸味を感じるが、後に残るのがバニラの香りと甘さだ。

 味により深みがでるのだ。

 蜂蜜の代わりにヴァルスミア・シロップでも作ってもらっていて、出来上がりを楽しみにしている。


 話してばかりいて、リンの前にはアイスクリームがない。

 先ほど、いらないとブルダルーに断っているのを、ライアンは見た。

 

「リン、食べないのか」

「さっきも試食会で食べましたから、これ以上は控えようかなと。ドレスが入らなくなると困るから」


 そういって、腰をさする。

 ライアンは、チラリとリンのお腹の辺りに目をやった。


「ちょっと、ライアン、見ないでくださいよ」


 その視線にリンは、今度は前に手を当てる。

 さっきまで、クッキーやアイスケーキを散々食べていたリンだ。


「……遅いのではないか?」

「失礼ですね!」


 目を吊り上げて怒ったかと思えば、不安げにお腹を見下ろした。


「……そんなに、私、太りました?」

「そういう意味ではない。今日、すでに散々食べていただろう?」

「だから、注意するんですよ」

「明日からにすればいいのではないか?きつくなったら、レーチェにドレスを緩めてもらえばいい」

「明日からっていうのは、やらないのと一緒なんですって」

「……それは真理だな」


 リンとライアンが仲良くボソボソと言い合うのは、皆に聞こえているが、全員聞こえないふりをして、アイスを口に運んでいる。


「それで、そのアイスが載っている器ですが、パリパリのクレープ生地でできていますので、食べられるんですよ」

「なんと。食べられる皿ですか」

「そうです。形を変えて、手に持つようにもできるので、天幕でアイスクリームを売る予定です」


 アイスクリームを初めて食べた全員が、驚愕の表情を浮かべて固まった。

 ライアンでさえ、これを天幕で売るつもりだと聞いた時には驚いたのだ。

 

「これを販売するのですか!」

「そのつもりです。貴族の方は社交で食べ、お土産に持ち帰られます。自分のところでも作りたいと思われるでしょう。でもこれ、滑らかに作るの、けっこう大変なんです」


 リンもそこが心配で、なんどもシルフにお願いした。


「また食べたいと思った時に、ウィスタントンの天幕で購入できるようにしようかなと。庶民が買って、その場で食べられるように金額を抑えたものと、予約制にして、貴族やお金持ちの人が家に持ち帰ることができるものと。今のところ十種類近くフレーバーを試作しましたから、毎日、日替わりで出せますよ」


 しばらく、レシピを他領に公開しないつもりなんです、と、リンはニンマリとした。

 全員が、ほとんど空になった、自分のアイスクリームカップをのぞきこんだ。

 冷たい氷菓子があるだけでも驚いたが、日替わりで違うなら、自分なら通ってしまうかもしれない。

 夏の大市も忙しくなるのが予想され、頭の中で準備すべきことを考えていた。


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