Letters / 手紙
昨日ラミントンへ行ったオグが、見知らぬ男を連れて家へやって来た。
「あれ、オグさん、もう戻っていたんですか?」
「ああ。俺の話の前に、こちらを案内してきた。先に用件を聞いてやってくれ」
オグ達とほぼ同じ頃に船門に着いた船は、クナーファ商会のものだった。
ライアンとリン宛の手紙を預かっているといい、元々、こちらへの案内を誰かに頼むところだったそうだ。
「クナーファ商会のロクム・クナーファより、ライアン様にお渡しするようにと書状を預かっております」
差し出された手紙には封蝋がしてあり、クナーファ商会の物らしい印章が押されていた。
返事があるようなら、明日の夜の出航までにと言い、使いの者は帰っていった。
ライアンが開いてさっと目を通し、眉を寄せて難しい顔をした。
「シュージュリーの軍が、東へ向かっているらしい。旧エストーラ辺りをさらに東へ進んでいるようだ」
届いた内容が挨拶や商売の件ではなく、軍事情報なのに驚いた。
ライアンはシムネルに、すぐに館へ連絡するように告げる。
「よく知っていますね。そんな危ない場所に行っているんでしょうか」
「ロクム自身がいるわけではないと思うが。クナーファほどの商会になると、戦はまず気をつけなければならない危機管理だ。同時にその周辺で物資が動く」
「あちこちの国に支店があるって、言ってましたもんね」
「大国以上の情報網だな。それに、商会には風の術師も雇われているのだろう」
そうでなければ、ここまで早く情報の伝達ができないと言う。
手紙も本人の直筆ではなく、風の術師を挟んで情報をやり取りしているのではないかと、ライアンは言った。
「そしてそれを、私に隠さなくなったようだ」
ライアンは苦笑した。
「術師って他国でも仕事に就くんですね」
「いや、国の業務で他国での仕事を命じられない限りは、術師は国内居住を求められる。だが、フォルテリアスに居住し、クナーファに雇われて船に乗っていたら、まあ、国内とみなされるのだろう」
「抜け道、ですか」
「船を速く走らせるために、短期間、船に風の術師を雇うことはよくあるのだ。そのついでにシルフを飛ばしたと言われたら、問題にもできぬ」
「へえ。あ、でも術師の人が、結婚してサントレナに住みますってなったら、どうするんですか?」
「加護石を返却し、術師ではない者としてサントレナに住むことになる。加護の力はフォルテリアスの精霊との契約だ。なんの制限もないまま、外に出すわけにはゆかぬ」
そのために流通する精霊道具には魔法陣が描かれ、すべての人が使えると同時に、制限もかかっているのだという。
「……加護石、取り上げられちゃうんですか」
リンは自分の加護石を触った。
ライアンの呆れたような声がする。
「リン、結婚して、サントレナに住む気か?」
「えっ?!ち、違いますよ。加護石を取り上げられたら、淋しいと思っただけです!」
「サントレナは暖かいし、海もあるからな」
「だから違います!私はウィスタントンに住むんですから」
「ライアン、リン、遊んでいないで、続きの手紙も読め」
二人の前に座るオグが突っ込んだ。
ライアンの手にはまだ開かれていない手紙がある。
それを開いて、ライアンはリンに差し出した。
「リン、君あてだ」
それは『スパイスの国』のタブレットと、ロクムの二人からの手紙だった。
リンは首を斜めにして、しばらくそれを眺め、ライアンに戻した。
「読んでください。達筆すぎて、難しいです」
「『リン、元気か。私は船にばかり乗っているようだ。
王都での再会を楽しみにしている。
ライアンとリンが驚くようなニュースを持っていこう。
楽しみにしていてくれ。
タブレット』
次はロクムだ。
『リン様のお茶は、大人気で、完売となりました。
レシピのおかげで、バニラの売れ行きも悪くありません。
お茶の生産国では、誰が王都へ出向くか確定したようです。
私と繋がりのある者のようで、うまくご紹介できるでしょう。
ご体調を崩されたと聞いておりますが、ご健勝にてお過ごしください。
ライアン様にもどうぞよろしくお伝えくださいませ。
ロクム・クナーファ』」
「……ライアン、ありがとうございました」
二人らしい手紙と言えば手紙だが、どうもいろいろひっかかる。
タブレットの驚くニュースは、本当に驚きそうだし、ロクムはなぜリンが体調を崩したことまで知っているのか。
「気になる手紙ではあるな。……まあ、いい。王都でわかるだろう。オグ、待たせた」
オグはラミントンから、伝言だけではなく、預かってきた物があるようで、小さな木箱をいくつもテーブルに載せた。
「まず、これからだ」
木箱の中には、注文していた磁器のセットが納められていた。
三段のケーキスタンドに使う、少しずつサイズの違うお皿の三枚セットだ。
領主夫人、シュゼット、リン、ライアンの義姉、ケスターネの花がそれぞれ描かれた皿が、布に包まれて入っている。
アマンドが順にテーブルの上に出して広げた。
領主夫人であるカリソンの皿は、薔薇に金があしらわれた、大市で使ったティーセットと同じ模様だ。シュゼットのスミレ、ケスターネのポピーと、それぞれ雰囲気が違う。
リンの皿は、白のフォレスト・アネモネがレリーフで浮き上がり、それに薄い青と銀色で影が添えられた、とてもシンプルなものだった。他の三つの花が色付きなので、余計に目立つ。
「それぞれ花の感じが違って、綺麗ですね。私のも、とても気に入りました。なんにでも合いそうです」
「リンのは白花のせいか、他のと比べると少し寂しい感じだろうか」
「いえ、これがいいんですよ」
「王都にいるシブースト達の注文も、出しているんだろ?それは直接、王都へ届けると言っていた。で、これがリンの特別注文分だそうだ」
もう一つの木箱には、茶杯という、指先で持つような小さな茶碗に、蓋杯と呼ばれる、蓋付きの茶碗などが並んで入っていた。
リンの中国茶用の茶器だ。
茶杯を取り上げると、こちらにも同じフォレスト・アネモネが描かれている。
「とうとう、できたんですね!嬉しい」
「こりゃあ、子供のままごと用のセットじゃねえか?」
オグがひとつの茶杯を摘まみ上げる。
大きなオグの手が持つと、さらに小さく感じる。
「こういうものなんです。注文通りです」
リンは一つ一つを確かめ、後で烏龍茶にしましょうと笑った。
「それから、こっちはグラッセのセンス用の紙だそうだ」
オグが平らな紙挟みをリンに渡した。
「ラグのヤツ、最初から俺を運び屋に使う気だったぞ。なにが、兄上、ちょうど良かった、だ。ぜーんぶ用意してあったぞ」
紙挟みの紐をほどき、開くと、『青の女神』の花が描かれた紙がでてきた。
「クグロフさんにすぐ渡しますね」
「ああ。それで、タッセルはグラッセの衣装と色を合わせるから、ラミントンで作るそうだ。センスの骨の修飾は、申し訳ないがこちらでやって欲しいと。……向こうの細工職人は、グラッセの婚礼家具で、今、まだ手一杯だそうだ」
「それも伝えます」
「あと、石と手紙を預かってきた。あー、読み上げるか?」
リンはお願いします、と、うなずいた。
石の入った木箱をリンに預け、オグは手紙を開いた。
「『センスを拝見しました。
リンの花がウォーターマークで浮かび上がる様も、
密やかで大変美しいと思いました。
精霊石を作ってくださるというご提案、ありがたくお受けしたいと思います。
幼い頃から精霊を使いこなす兄上を見て、
精霊の加護がないのを残念に思ったことがありました』
アイツ……。すまない。続けるぞ。
『その私にも、グラッセの幸せを願い、
精霊石を贈れるのは、なんと嬉しいことでしょう。
私の石に込めたい心は、別紙に書いておきます。
それから、センスには、
私以外にグラッセを思う者の心も、一緒に入れて欲しいのです。
木箱に石が入っております。
一つは、『青の森』で採れる『女神石』です。
これはグラッセのお父上が、ご自身の婚約の時に
グラッセのお母上に贈った貴石です。
『青の女神』のような、お父上の瞳の色と似た、青紫色をしています。
グラッセの瞳も、お父上ゆずりです。
お二人が相談なさり、お母上が長年大切にされてきたご自身のブローチを、
グラッセのセンスに入れて欲しいと願われました。
もう一つは、ラミントンの海で採れる、『ドロップレット』です。
貝の中で生まれる貴石で、父上が母上に贈ったネックレスです。
母上の形見で、新しくできた義姉上にと思い、持ってまいりましたが、
兄上と義姉上がご辞退なされ、グラッセにとおっしゃいました。
皆の心と合わせて、センスに形を変えるのも、いいのではないかと思います。
グラッセも、ご両親も、皆でご厚情に感謝しております。
ご面倒をおかけしますが、どうぞよろしくお願い致します。
ラグナル』」
リンは、ほう、とため息をつき、木箱を開けた。
確かに、ブローチから外したような青紫の石と、真珠のような白い珠が連なるネックレスが入っていた。
「なんだか、すごいものをお預かりしてしまった気がします。……グラッセさん、幸せになりますね」
「面倒をかけるが頼む」
兄の顔をしてオグが言った。
「全然面倒ではないですよ、というより、大変なのはクグロフさんですよね」
リンはいたずらっぽく笑い、ラグナルの心を書いたという別紙を振って見せた。
「私もこの手紙のラグの気持ちを、がんばって精霊に伝えますよ」





