終、ある武官の疑問(14.06.29改)
やる気のない顔で李白は城壁の上から揺らめく灯篭の光を眺めていた。昼には宴、夜にも宴、宴の本番は夜の部である。
「うわあ、楽しそうですね」
隣に座る下官が言った。
まだ元服を終えたばかりの子どもだが、見習いとはいえ武官になるための試験に通れたということはそれなりの腕である。
今年入ってきた中では、いじりがい、もとい鍛えがいがあると李白は思っている。
今宵、李白は城に泊まりだ。武官はいつも城内に一定数いるようにしている。別に出世した今では、わざわざ外に出て見張りをする必要などないが、机仕事も性に合わないのでこうして新人の見張りをしている。
正式な宴は朝から昼に行われるが、その後、夜に本当のお楽しみが待っているといってもいい。
もちろん、それをやるのはお祭り好きな高官どもだ。都の北側は高官たちが住む高級住宅街がある。その中で大きなもののいくつかが、油代も気にせず楽しんでいるようで、明かりが城壁の上からもよく見えた。
「楽しいもんかねえ」
李白も上司に付き添わされ何度か宴に連れていってもらったが、そうでもない。楽しいのは酒に浮かれることができる一部の官だけだ。下っ端にとって、あそこは高官に気づかわなくてはならない。
それでも李白はましだったのは、相手が相手だったからである。いや、相手が相手だったからこそ楽しくなかったのかもしれないが。
李白が呼ばれたのは、羅漢と呼ばれる軍部の重臣の宴で、これまた変わり者と有名な男だった。その男の家に呼ばれたら、何を行うかといえば、かくし芸大会と来たものだ。
おかげでまだ髭が薄かった李白は、女物の衣を羽織り、白塗りに紅をさして踊る羽目になった。当時、身体は十分出来上がっていたのでさぞや不気味なものだっただろう。
しかし、そのおかげで今の地位につけているのも事実だ。李白の父は地方の役人で、王都で武官をするには何の後ろ盾もないことに等しい。明らかに自分よりも能力が低い男が家柄だけで上官になっている中、あの羅漢はその男を宴で見るなりつらつらと筆を持って文官になるようにと薦めた。
いきなりなんだと思っていたが、上官は翌日本当に軍部を去り、現在、文官として出世しているといったものだからさらになんだと思った。
その後、李白が上官の地位につけたのも羅漢という男のすすめである。
本人は何を考えているかわからず、その上迷惑な性格をしているが、人を見る目だけはあり、それが結果を残していた。
羅漢の場合、こうだったが他の宴であれば腹黒いものが見え隠れする狸の寄合に違いない。
きな臭いことは面倒だがその火種はどこで生まれるやら。
そういえば、と李白は塀に寄りかかりながら指を折った。
「まずは倉庫の小火」
猫猫の言葉によると事故だというが、妙に李白は気になった。あのとき、猫猫から預かった象牙の煙管はまだ李白が持っている。
あの時おった火傷でまだちょっと禿が残っているのは李白の秘密である。今度、緑青館にいったら絶対白鈴に撫でてもらうのだ、とわけのわからない誓いをたてる。
「次に酒場ででくわした奴ら」
なんだったのだろう、あいつらは。
結局、なにかわからぬまま、日々を過ごしている。
李白はずっとあのとき会った人物に引っかかっているが思い出せないままだ。
そしてもう一つ。
「官の毒殺未遂か」
最初はただの食中毒として扱っていただけに、ちょっとした騒ぎになった。軍部とも関係のある高官で、李白も面識があった。
先日、高官の弟が牢にほうりこまれていた。相手が身内とは残念なことだ。
毒の治療がおくれたためであろうか、結局、命はとどめたものの廃人となり、昔のように仕事をこなせないという。
ちょうど同じ仕事をやっていた官が、頭をかきむしりながら「どうするんだよ」と部下に当たり散らしていたのを思い出した。よほど大切な案件だったようである。
高官の弟は変なことを口走っていたな、と李白は思った。そそのかされただのなんだの、無罪を主張するのは牢に入るものなら誰だってやる。そして、その牢は軍部の地下にあるため、李白も罪人に出くわすことは多い。
少ないと言えば少ない、多いといえば多い。
ここ最近、李白が気になったことだ。
けっこう勘は悪くないほうだと李白は自負しているし、それがこれからも助かるものだと確信している。
だから、思い過ごしと思わず、ふとしたことでこうやって思い出すのだった。
結果、考えても仕方ないと思うのだが。
李白はあくびをしながら、首をこきこきと動かした。このままでは、自分が眠り込んでしまうだろうと気が付いた。
「じゃあ、俺は戻る」
「えー、もう帰るんですか? もう少しいましょうよ」
「誰が野郎と一緒にいて楽しいと思ってやがる」
それだけいうと、階段を下りて仮眠室へと向かおうとした。
すると。
ばたばたと石畳の回廊を騒がしく走るものがいる。
慌てた声で「早く来い」と言いながら、白い官服を着た男を率いている。おそらく医官だろうか。
「どうしたんだ?」
李白は男たちに並走しながらきいた。
男は一瞬、非常に迷惑そうな顔をしたが、李白の腰に付いた玉飾りの玉と房の色を確かめると、囁く声でいった。
「ざ、罪人が。泡を吹きながら倒れているんです」
そう言うと、こけそうな医官を無理やり引っ張り、地下へと続く階段を下りてった。
李白は立ち止まるとやれやれと後頭部をかいた。
「泡を吹いてねえ」
どう考えてもきな臭いとしか思えなかった。