↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タナトスさんは今日も定時退社。  作者: 4時間移動の無職
第二章 サタンの苦悩
PR
18/18

昔の俺のほうが、格好よかったのではないか。

 冥界の最下層コキュートスの中心に建つ万魔殿。

 地獄を統べる者が座す、巨大な黒の宮殿。


 黒曜石の壁面には、歴代の地獄の王たちの紋章が刻まれている。

 高位悪魔たちですら容易には足を踏み入れないその場所で、現在もっとも響いている音は──


 書類をめくる音だった。


「……終わらんな」


 サタンは机に積まれた書類を見つめていた。


「オノケリス」


「はい」


「俺は、変わったと思うか」


「外見の話でしょうか、内面でしょうか」


「……昔の姿のほうが、威厳があった気がしてな」


「は……」


「ルシフェルという存在を失ったことで、周囲を失望させていないか」


「サタン様……」(眼鏡を押し上げながら)

「……その質問は業務範囲外です。」


「本気で相談しているんだ」


「申し訳ありません。あまりにも予想外の内容でしたので」


「何だその態度は」


「いえ、天界の存亡か、冥界の危機かと思っておりました」


「俺の容姿は重大問題だ」


「……」


 眼鏡を外してため息をつくオノケリス。


「昔の姿なら、もっと説得力があったかもしれん」


「サタン様は、以前のご自分を気にされているのですね」


「ウリエルの言葉が、引っかかっている」


 オノケリスは何も言わず、次の言葉を待った。


「過去は死んだと言ったのに、なぜか気になるんだ」


 独り言に近い呟きだった。

 答えを求めているわけではないと分かっていたから、オノケリスもすぐには口を挟まなかった。


 オノケリスは終始冷静だった。

 眼鏡を押し上げ、古い記録を整理し始める。


 そこには昔のルシフェルの記録映像や肖像画。


 サタンが何気なく見る。


「……昔の俺か」


「はい。天界では、今でも語り継がれているそうです」


「随分と綺麗な姿だな」


「……ご自身のことですよ」


「分かっている」


 少し間。


「戻れるものなら、と思っただけだ」


 オノケリスが驚く。


「しかし、無理だな」


「昔の俺のほうが格好よかったと思わないか?」


「……」


 オノケリスは数秒、沈黙した。

 いつものように冷静な秘書が、珍しく言葉を探している。


「なぜ黙る」


「……そ、ええと…………」


「何だその間は!」


「返答に困っております。

 回答によっては、主君の機嫌を損ねる可能性がありますので」


 むきになって身を乗り出すサタンに、オノケリスはわずかに口元を緩めた。

 長年仕えてきた分、こういうやり取りには慣れている。


「えーわたくしめが思いますに…」


「ルシフェル様の時は神々しく、美しく、神聖で、カリスマ性がございました」


「サタン様となられてからは、禍々しく、圧倒的で、異形の大魔王へと変貌されました」


「つまり、『劣化』ではなく美の方向性が180度変わったのです」


「いや、昔のほうがモテた気がする……」


(昔のほうが、近寄りやすかった気がする)


「あの頃は悲鳴を上げられることは少なかった」


「今は十分恐ろしいです」


「ハデス様と共に、冥界を、地獄を統べるのに相応しい御身かと」


「ううむ……」


 サタンは腑に落ちない。


「恐ろしい魔王の城」

「でも実態は事務仕事に追われている」


 黒曜石の机に積まれた書類の山。


「あーーーもう!!」


 玉座の横には、威厳とは無縁の大量の報告書、サタンはそれらを床にばらまいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。