第061話「骨」
刻印の通路に戻った。ロッククローラーの縄張りだった区画を抜け、壁面の文字と四角い窪みを通過する。前回はここで引き返した。クリスタルストーカーとロッククローラーの連戦で体が重かったからだ。
今日はLv10。一晩寝て体の重さは抜けた。先に進む理由しかない。
◇ ◇ ◇
刻印の先は、通路が緩やかに下っていた。壁面の結晶が減り、光量が落ちる。反響定位を連続で使いながら這った。
通路の構造が変わった。
壁面が滑らかだ。自然に削れた面ではなく、道具で整えられている。天井も床も、角が丸く仕上げられている。ここは掘られた通路だ。誰かが、この道を作った。
反響定位の反射パターンが変わった。通路の幅が一定になり、天井の高さも均一になっている。設計された空間。結晶の光はないが、壁面に等間隔で窪みがある。何かを嵌め込んで照明にしていた跡か。
30メートル進んだところで、床に違和感があった。
反響定位で読むと、床面の一部の密度が周囲と違う。薄い。石の厚さが半分以下の区画が、通路の中央に4メートルほど続いている。
……落とし穴だ。
踏めば割れる。その下に何があるかは分からないが、床が薄い場所を通路の中央に仕込むのは、通行者を落とすための設計だ。
壁走りで壁面に移動した。薄い床を避けて、壁面を這って通過する。壁走りLv3なら、この程度の距離は問題にならない。
通過した直後、背後で音がした。
振り返った。薄い床の端が、振動で崩れていた。俺が壁面に移った時の衝撃が伝わったのか、石の一部が割れて落ちている。下から風が吹き上がってきた。深い。反響定位を落とし穴に向けて飛ばすと、底までの距離が10メートル以上返ってきた。
ここを作った存在は、侵入者を想定して罠を仕掛けていた。道具で通路を掘り、文字を刻み、罠を置いた。ただの通行者ではない。ここを守ろうとしている。
何を守っているのか。この先にある何かを。
◇ ◇ ◇
罠の先の通路は、さらに下った。50メートルほど進むと、空間が広がった。
反響定位の反射が大きく変わった。天井が高い。壁が遠い。通路から広間に出た。反響の返り方から、直径20メートル以上の円形の空間だと分かる。
壁面に這いながら広間を確認した。円形。天井は6メートルほど。壁面は全周にわたって道具で整えられている。刻印が壁一面に彫り込まれている。通路にあった文字の数倍の量。
広間の中央に近い壁面に、それがあった。
反響定位が返してくる密度が、壁の一部だけ違う。石ではない。———骨だ。
壁面から突き出ている。太い。俺の胴体よりはるかに太い。白ではなく、灰色に変色している。石化しかけているが、まだ完全には石になっていない。表面に細かいひびが入っているが、密度は石より高い。
反響定位で奥を読んだ。骨は壁の中に続いている。突き出ている部分は先端だけで、本体は壁の向こうに埋まっている。壁の中の骨の輪郭を追うと、途中で反響定位の精度が足りなくなった。大きすぎる。全体像が見えない。
あの爪痕を残した何かの骨だ。4本の溝を一掻きで石壁に刻める爪の持ち主。その骨の一部が、ここに露出している。
食えるか。
真っ先にそれを考えた自分に少し呆れたが、捕食継承で何か拾えるなら拾いたい。問題は、石化しかけた太古の遺骸に牙が通るかどうかだ。
牙を当ててみた。石化した表面に毒牙が触れた。硬い。外殻粉砕Lv2で叩いてみた。骨の表面にひびが入った。だが、その下からさらに硬い層が出てきた。石化していない部分は、今の外殻粉砕では歯が立たない。
食えない。少なくとも今は。
壁面の刻印を見回した。広間の壁一面に刻まれた文字。この量は、ただの通路の標識ではない。記録だ。この骨について、何かを書き残している。
文字は読めない。だが、この広間を作った存在が、この骨を見つけ、通路を掘り、罠を仕掛け、壁一面に記録を残した、という事実は分かる。
そして、壁面の一角に、道具が残されていた。
壁に刺さっている。金属の棒。先端が平たく、刃になっている。鑿だ。この骨を掘り出そうとして使っていた道具。途中で放棄されたのか、壁に刺さったまま錆びている。
鑿の柄に、刻印と同じ文字が小さく彫られていた。
この道具を使っていた存在は、少なくとも金属を加工し、文字を持ち、計画的に行動する知性があった。そして、この骨を掘り出そうとして、途中でやめた。あるいは、やめざるを得なかった。
鑑定を鑿に向けた。
『刻印鑿(損壊)』
名前だけ返ってきた。冒険者の装備に鑑定をかけた時と同じだ。道具としての名前と、壊れているという状態。それ以上の情報はない。刻印鑿。この道具を作った文化圏では、そう呼んでいたのか。
広間を出た。罠の通路を壁面で越え、刻印の区画を抜けて、拠点に戻った。
◇ ◇ ◇
亀裂の中で体を丸めた。
あの骨のことを考えている。太古の巨大な生き物の遺骸。石化しかけているが、まだ完全には死んでいない密度。そして、それを掘り出そうとした知的な存在。
今は食えない。外殻粉砕Lv2では、石化層の下に届かない。
だが、スキルは育つ。レベルも上がる。進化すれば、できることが変わる。
次にあの骨に牙が立つ時が、いつか来る。




