第029話「殻割り」
横穴が完全に塞がれる前に、俺は外へ出た。
大百足の胴が、横穴の入口へじりじりと迫っていた。反響定位で距離を測る。もう少しで入口が完全に塞がれる。
俺は体を滑らせ、胴がふさぐ直前の隙間から頭を出した。
大百足の体表が目の前にある。節の継ぎ目を探す。前に毒を入れた場所と同じ継ぎ目だ。左から2番目と3番目の境に、薄い隙間がある。
外殻粉砕を乗せ、毒液圧縮で細く絞って押し込んだ。
牙が深く刺さった。
――入った。
毒液が根元から先端まで1本で走った。3本目だ。大百足がすぐ反応した。頭がこちらへ向き直り、顎が来る。俺は横穴の奥へ戻った。顎が入口の縁を噛み、石をえぐった。しかし顎が届くまでの動きは、さっきより少し遅い。その遅れだけで十分だった。
◇ ◇ ◇
横穴の中で待った。3本目の毒が回るまで、長く待つ必要はない。
振動感知を床に伸ばす。大百足の脚の刻みが乱れている。右と左でずれが出ている。首の付け根から胴への指示が届きにくくなっている証拠だ。
――効いている。
横穴から出た。
大百足はまだ動いていた。ただし、大百足が向きを変えるまでに、さっきの倍以上の時間がかかっている。頭が左に流れ、前脚の何本かがもつれていた。脚の連打の間隔も不規則だ。
3本の毒が、首から胴まで回り始めている。
急旋回で大百足の内側へ潜り込む。大百足の頭がこちらへ向き切る前に、俺は首の付け根へ体を割り込ませた。
狙う場所は、前に毒を入れた継ぎ目と同じだ。
俺は継ぎ目へ噛みつき、そのまま胴を巻きつけた。今度は毒だけで待たない。首の動きごと締める。
大百足が暴れた。脚が壁を叩き、低い音が巣全体に反響する。胴が横に振れ、巻きついた俺の体を剥がそうとする。
試し噛みで一度触れた大型百足より、この大百足の胴はさらに太い。振られるたびに鱗が削られたが、それでも俺は離さなかった。
鱗硬化を使う。体表が一段固まった。
鱗は削られる。だが、胴までは潰されない。
3本の毒が首から胴まで回っていく。脚から力が抜けるのが、床の振動で伝わってきた。大百足は一度だけ大きく暴れ、そのまま胴の振れ幅を落としていく。
途中でもう一度だけ、大百足は頭を大きく振った。最後に俺を噛もうとしたのだろう。それでも顎は届かない。
やがて止まった。
振動感知で最後の揺れが消えたのを確かめてから、体を離した。
――終わった。
巣の中が静かになった。
◇ ◇ ◇
HPを確かめる。
……8か。
笑えない数字だ。
それでも、まだ動けるのは俺だ。大百足は止まり、護衛はいない。卵塊は割れている。退路は正面通路と横穴の両方にある。
しばらく壁際で待った。別の振動がないことを確かめてから、食い始めた。
大百足の死骸は大きい。量だけならこれまでで一番だ。前の節は硬く、中胴はまだ噛める。
先に噛める場所から食い、硬い部分は後回しにする。食える部位を先に片づけて、固い部分は時間をかけて崩す。この順番が一番効率がいい。
食感については、途中から考えるのをやめた。そちらに使う脳がもったいない。
食っている途中で通知が来た。
『Lv9になりました』
一気に上がった。体の奥が熱くなり、削れていた鱗の下まで力が戻った。
捕食継承は今回も空振りだった。大型の相手だからといって、必ずスキルが取れるわけではないらしい。
外れた分は次の周回費用だ。スキルは出なかったが、食った量と経験値はちゃんと戻ってくる。損はしていない。
食い終えた時点で、最後の通知が出た。
『進化の準備が整いました』
……来た。
巣の中は今のところ静かだった。護衛を片づけ、卵塊も割った。周囲に気配はない。
池まで引き返すより、ここで進化する方が早い。俺はそう判断した。大百足の残骸を壁際へ寄せ、体を収められる隙間を作る。
振動感知を最後に一度流す。近くに気配はない。
目を閉じた。前回より体の奥から押し上がる力が強い。今回は、変わる場所が多そうだった。
◇ ◇ ◇
目が覚めた時、最初に分かったのは鱗の固さだった。
体表が違う。鱗の下に、もう一枚硬い層が重なっている。大百足の外殻を噛んだ時の感触に少し似ていた。叩かれても、一枚分だけ外で受けられる厚みがある。
動いてみると、体は思ったほど鈍くない。硬くなったのに、ちゃんと曲がる。
口を開けると、牙の下から細かい霧が漏れた。毒の粒子が空気に混ざって広がり、しばらくしてから薄れた。
……何だ今の。口から霧? 毒霧か。口開けるだけで毒が出るのか。
通知を確かめた。
『種族が毒牙蛇から鎧鱗毒蛇に変わりました』
鎧鱗。今度は硬い方に来たのか。
『レベルが1になりました』
また1だ。分かってる。分かってるけどさ。ステータスを開く。
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【ステータス】
種族:鎧鱗毒蛇
レベル:1
HP:46/46 MP:24/24
攻撃力:26 防御力:29 素早さ:24 知力:19
魔力適性:なし
【スキル】
熱感知 Lv1、毒牙 Lv3、振動感知 Lv3、締め付け Lv3、鱗硬化 Lv2
酸耐性 Lv1、捕食継承 Lv1、掘削 Lv2、壁走り Lv1
毒液圧縮 Lv1、前脚打撃 Lv1、急旋回 Lv1、鎌刃見切り Lv1
反響定位 Lv1、鱗弾き Lv1、外殻粉砕 Lv1、吸着抵抗 Lv1
毒霧 Lv1
次の進化まで:0%
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……硬い。鱗が一段分厚くなっている。
防御力29。毒牙蛇の時より大幅に上がっている。鱗硬化と合わせれば、さっきの大百足の体当たりをもう少し長く受けられた計算だ。
ただし速さが24まで落ちた。重装に振った分だ。急旋回で補う必要がある。速さが落ちた分だけ、動く向きを早く決めなければならない。
牙が届かなくても毒を入れられる。これで、噛みつく前から相手を弱らせられる。
毒霧はLv1だから、量も届く距離もまだ短い。それでも、牙が届かない距離から毒を入れられるなら、戦い方の選択肢は増える。使い込んでLvを上げるしかない。
◇ ◇ ◇
巣の中は静かなままだった。
正面通路を抜け、北西の曲がり角を越えた。そのまま奥へ向かう。大百足が縄張りを張っていた通路の、さらに先へ。
振動感知を広げた。大型百足の気配がない。この層のどこにも、あの均一なリズムが見当たらなかった。
壁の色が変わり始めた。苔が減り、岩が乾いている。熱感知に引っかかる生き物の数も変わった。
第1層の通路は、ここで終わりに近づいているらしい。
狭い降り口があった。振動感知を下へ向ける。広い空洞がある。第1層より空気が喉にまとわりつく。湿気の種類が違う。
降り口に鼻先を近づけ、舌を出し入れした。甘い腐敗の匂い。毒を含んだ湿気が鼻の奥に張りつく。床が見えない。
……ここが第2層か。
降り口の縁に頭をかけ、下の空気をもう一度吸った。
新しい層の匂いを、この体で初めて吸った。




