第028話「主戦」
振動が、床から来た。
深い。段階的でなく、最初から腹に響く太さがあった。壁が共鳴し、天井から細かい砂が落ちてくる。
横穴の縁に体をたぐり寄せ、奥を覗いた。
まず触角が出てきた。次に頭部。そしてそれを押し広げるように節が続いた。一節ごとの幅が大型百足の倍以上ある。通路の半分以上を胴体一本で埋め、脚が地面を踏むたびに低い音が刻まれる。
こいつが主か。
横穴へ体を引き込み、一拍待った。ここなら向こうも頭しか入れない。巣の中では取り回しが悪くなる。それだけで、まだやれる。
◇ ◇ ◇
最初の顎は横穴の縁をまっすぐ狙ってきた。
速い。大型百足より格段に速い。
壁走りで体を横へ流し、顎を外した。頭が壁に当たり、横穴の縁が崩れて砂が落ちる。入口が一回り狭くなった。
———退路が削れている。
次の顎を鱗弾きで横へ流し、頭を返した。首の付け根を狙って牙を押し込む。大型百足では一発で通った継ぎ目が、ここでは角度を変えてもう一押しが必要だった。二度目で入った。毒液を流し込む。
だが止まらない。
大百足は顎の向きだけを変え、こちらの退きを先読みしてきた。逃げようとした方向に顎が先回りする。急旋回で逆へ抜け、横穴の奥まで引いた。
◇ ◇ ◇
横穴の中は静かだった。
向こうの頭は入れない。幅が合わない。一時的な安全圏だった。
安全圏、というのが少し気持ち悪かった。腹に毒が回るまで待てばいいだけなのに、静かな場所に来ると妙に考えすぎる。試合前の控え室でどうでもいいことを延々と考え続けた、あの感じに似ていた。前の世界の癖だけが、こういう時に限って顔を出す。
今は考えすぎる場合ではない。
一本入った。まだ足りない。もう一本同じ場所に入れれば、動きが落ちる。次は正面から入らず、胴の側面を回って頭を取りに行く。
◇ ◇ ◇
二度目の注毒は半分だけ成功した。
横穴から出た直後、大百足が胴を横に振ってきた。顎ではなく体そのもので払おうとしている。壁走りで上へ逃げたが、胴の縁に引っかかって速度が落ちた。
その隙に頭が来た。
鱗弾きで角度を逃がしたが、重さが違った。顎の先端が鱗を削り、体が横に滑る。壁に当たって止まった瞬間、今度は胴が落ちてきた。
逃げ切れなかった。
鱗の奥で固さが増した。
『鱗硬化 Lv2 になりました』
押さえる重さは変わらない。それでも鱗が一段厚くなり、体は潰れなかった。頭を体の下から押し出し、横穴の入口へ戻る。追ってきた胴が横穴の角で止まった。
毒は入っている。
——鈍い。
首の付け根の動きに、わずかな鈍さが出てきた。
◇ ◇ ◇
横穴に入り、外を確認した。
大百足が動きを変えていた。
……塞ぐ気か。
さっきまでは頭だけを使って突いてきた。今は胴ごと横を向き、巣の入口と横穴の入口の間を埋める位置に体を回しかけている。こちらの退路を、体で塞ごうとしていた。
このままでは出られる方向が一つ消える。
だが毒は効いている。首の付け根への三本目が入れば、動きが落ちる。正面通路への退路はまだある。横穴が完全に塞がれる前に、次を取りに行くしかなかった。




