第020話「崩れ道」
今日は、右ルートの先にあるものの正体を確かめる。
昨日拾った鱗片が古いものなら、それでいい。問題は、あれが昨日今日のものだった場合だ。そうなると右ルートは「少し危ない道」では済まない。使える道か、捨てる道か。まずそこを決める。
◇ ◇ ◇
砂の間まで早かった。
三十五センチ幅の跡はまだある。昨日より崩れているが消えていない。嫌な新鮮さだった。
奥の通路へ入る。蜘蛛の死骸はもうない。糸だけが残っていた。巣部屋の手前で一度止まる。
熱感知には何も映らない。
それが嫌だった。昨日の時点で分かっている。あれは熱感知に映らない。頼れるのは振動感知だけだ。
顎を床につけて揺れを拾う。
小さい。遠い。だが、ある。
規則的ではない。百足みたいな脚の連打ではなく、重いものが間を置いて擦れる感じだ。昨日と同じだが、今日は距離が違った。
近い。
引き返すべきだった。
だがその判断が、半歩遅れた。
巣部屋の奥で壁が膨らんだ。次の瞬間、岩が割れた。灰色の頭が裂け目を押し広げ、そのままこちらへ突っ込んできた。
最悪だ。
横へ飛ぶ。噛みつきは避けた。だが体の後ろ半分を壁に打ちつけられた。視界が白くなる。
大蛇は通路いっぱいに体を押し込みながら、もう一度頭を振った。太い。速い。静かだ。大型百足の嫌さとは種類が違う。あっちは脚の音がある。こっちは音がした時にはもう近い。
逃げる。今はそれ以外に選択肢がない。
◇ ◇ ◇
来た道を戻る。
背後で岩が削れる音が続く。追ってきている。
砂の間に飛び込んだ。
砂の上では振動感知が鈍る。分かっていた。だが今日はそれが最悪の形で効いた。位置が読みにくい。
左へずれた直後、さっきまで頭があった場所を灰色の胴が薙いだ。砂が跳ねる。壁が砕ける。まともに受けていたら終わっていた。
大蛇はそのまま砂の間の壁へ体を打ちつけた。白い鉱物が砕け、乾いた音が響く。壁の下半分が崩れた。
開いた。
道だ。
正確には道ではない。ただの崩れた隙間だ。だが今はその違いに意味がない。
俺は迷わず潜り込んだ。
狭い。尖った石が鱗を擦る。鱗硬化を使う。体の表面が締まる。削れる感触が少し軽くなる。腹で石を押し、前へ出る。
後ろで大蛇が隙間に頭を押し込んだ。石がさらに割れる。太すぎる。全部は入ってこない。
助かる。
助かったが、助かった理由が「向こうが詰まったから」だ。自力で切り抜けた話ではない。
崩れた隙間は斜め下へ続いていた。滑るように抜けた先で、冷たい湿気が鼻先を打つ。
池だ。
池の横穴に繋がっていた。
◇ ◇ ◇
水際まで来てようやく止まった。
HPを確かめる。四しか残っていない。
……四か。
笑えない数字だった。
右の脇腹が痛む。尾の先も痺れている。壁に打たれた分だ。もう少し深く噛まれていたら、そこで終わっていた。
池の周囲は今のところ静かだった。
だが静かだから安心できる状況ではない。右ルートの奥にいたものが砂の間まで出てきた。あれはもう「深部の話」ではない。
今日分かったことは二つある。
一つ、右ルートの主は大蛇だった。一つ、砂の間から池へ抜ける崩れ道ができた。
後者は使いようによっては助かる。観察路にも緊急の逃げ道にもなる。ただし前者のせいで、まるで安心できない。
逃げ切れたのは運だ。体格差と壁の崩れ方がたまたまこちらに向いただけだ。
強さが足りない。
毒も締め付けも鱗も、全部まだ足りない。今の俺は見つかったら逃げるしかない。
それが嫌だった。生き残れたことより、逃げるしかなかったことの方がずっと嫌だった。
なら、強くなるしかない。食って、増やして、奪えるものは全部奪う。次にあれが来た時は、逃げる以外の選択肢を持っていたかった。




