第002話「蛇として、狩りに慣れ始める」
目を覚ますと、頭が岩に当たっていた。
昨日入り込んだ岩の割れ目の中だ。細い体を丸めると、ぎりぎり収まる。入口は狭く、外からは苔の影に隠れている。
この割れ目は悪くない。
広くはないが、その狭さが今の俺にはちょうどいい。外から見つかりにくいし、寝ている間に背後から噛まれる心配も減る。
寝床は決まった。
次は水だ。
◇ ◇ ◇
昨日聞こえた水音を追う。
舌を出すと、湿った匂いが空気に混じっていた。苔の匂いより冷たく、石の隙間を流れている感じがする。
熱感知には、まだ何も映らない。
生き物がいないのか、まだ遠いのかは分からない。
俺は体を低くして、苔の回廊を進んだ。
通路の右側が少し開け、足元の石が濡れ始める。
さらに進むと、小さな池があった。
広い空間ではない。岩のくぼみに水が溜まり、壁から細い水が流れ込んでいる。水面の周りには青白い苔が多く、暗い中でも池の縁だけは見やすかった。
よし。
水場だ。
水があるなら、生き物が来る。生き物が来るなら、俺の餌場になる。
そう思った直後、水面が揺れた。
◇ ◇ ◇
黒い虫が、水の中をすっと動いた。
魚ではない。脚がある。甲虫に近い形だ。大きさは5センチほど。俺よりずっと小さいが、水の中では向こうの方が速い。
今の俺が泳げるかどうかは、まだ分からない。
まず前半身だけ水へ入れる。
冷たい。
だが、動けないほどではない。腹を左右に動かすと、水の中でも体は進んだ。
泳げるらしい。
ただ、速くはない。
水中の虫は、俺の動きに気づいて横へ逃げた。正面から追っても追いつけない。
だったら待つ。
俺は池の縁へ戻り、顔だけ水面近くへ下げた。
虫はまた浮いてきた。水面近くの苔をかじっている。
距離は30センチ。
20センチ。
頭を水へ突っ込む。
噛んだ。
牙が硬い殻の隙間へ入る。
虫が水の中で暴れた。脚が顔を引っかく。水が口へ入り、少しむせる。
キツい。
水中戦は、思っていたより面倒だ。
それでも、牙から毒は入っている。
俺は虫をくわえたまま池の縁へ戻り、石の上へ引きずり上げた。
虫の動きはすぐ鈍った。小さい体に毒が回るのは早いらしい。
止まったところで飲み込む。
硬いが、食える。
このやり方なら、池は餌場にできる。
◇ ◇ ◇
池の縁で同じ虫をさらに2匹狩った。
3匹目は逃げられた。
水中に潜られると、今の俺では追い切れない。無理に潜って動けなくなったら、今度は俺が水底の餌になる。
池の虫を狩るなら、池の縁で待つ。水面近くへ上がってきたやつだけ噛む。
狙いは決まった。
しばらくして、別の虫も来た。
細長い体に、やたら脚が多い。小さい百足みたいなやつだ。水を飲みに来たのか、池の縁へ頭を下げている。
こっちは陸の上だ。
水生の虫よりやりやすい。
背後から近づき、首元に噛みついた。
細長い虫は体を丸めて抵抗した。脚が多くて見た目は嫌だが、動きの中心は首にある。そこへ牙を入れ続ければ止まる。
数秒後、虫の脚がばらばらに動いて、そのまま力を失った。
飲み込む。
腹がかなり膨れた。
腹が膨れると、思ったより体が曲がらない。さっきまでなら楽に抜けられた石の横で、胴が少し引っかかった。
食った直後に遠くまで動くのは危ない。
狩ったら寝床へ戻って消化する。
池を使うなら、この順番だ。
この水場は、今の俺にとってかなり当たりだった。食える相手が来るし、寝床も近い。
◇ ◇ ◇
食った後、俺は池から岩の割れ目までの道を何度か往復した。
ただ歩いただけじゃない。
苔の盛り上がり。
壁の割れ目。
石の段差。
水音の聞こえ方。
そういう目印を覚える。
目だけでは頼りない。暗い場所だと、どこも同じ苔の壁に見える。だから舌で匂いを拾い、腹で地面の凹凸を覚える。
池から寝床まで戻れる。
それだけで、生存率がかなり変わる。
狩って、食って、戻って寝る。
狩る場所と、戻る場所がそろった。
異世界転生2日目にして、俺の家は岩の割れ目である。
人間だった頃のワンルームより狭い。
腹を隠して眠るには、今の俺にちょうどいい広さだ。
◇ ◇ ◇
その日の終わりに、俺は岩の割れ目へ戻ってステータスを開いた。
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【ステータス】
種族:仔蛇
レベル:4
HP:16/16 MP:7/7
攻撃力:6 防御力:5 素早さ:8 知力:5
魔力適性:なし
【スキル】
熱感知 Lv1、毒牙 Lv1(微弱)
次の進化まで:12%
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レベル4。
HP16。昨日の8よりずっといい。小さい虫にぶつかられただけで終わる数字ではなくなった。
攻撃力も防御力も上がっている。池の虫くらいなら、噛んだ後に押し返されにくい。
素早さも8まで伸びた。池まで行って寝床へ戻る動きは、昨日よりかなり軽い。
進化まで12%はまだ遠い。
それでも、0%のまま震えていた昨日とは全然違う。
水場と寝床も手に入った。
これなら、物陰を探して逃げるだけの一日では終わらない。
俺は体を丸め、岩の割れ目の奥へ頭を入れる。
眠る直前、池の方からまた水音が聞こえた。
虫が跳ねた音じゃない。
もっと大きい何かが、水際を擦った音だ。
俺は割れ目の入口まで戻り、舌を外へ出した。
池の湿った匂いに混じって、さっきまではなかった生臭い匂いが薄く残っている。
池の縁を見ると、濡れた石の上に浅い擦れ跡が一本ついていた。
池を使うのは、俺だけじゃないらしい。




