第014話「デカくなった弊害」
14日目の朝、池の縁で目を覚ました。
寝床が変わっている——昨夜、新しい岩の陰を探して収まった場所だ。昨日まで使っていた隙間は60センチの体には小さすぎた。新しい寝床は少し広くて、体を丸めるのに余裕がある。ただ深さが浅いので、一晩中「頭が少し外に出ていた気がする」という落ち着かなさが残っている。
仕方ない。今日、もっとマシな寝床を探す。
ステータスを確認した。
Lv1。HP20。
まだちょっと腑に落ちていない。16まで上げたのに、進化したら1に戻るという仕様——分かる、分かるんだけど——ゲームで言えば転職システムだ。上げたレベルがリセットされる代わりに、種族の基礎値が上がって新しい技が使えるようになる。合理的だと理解はしている。
ただ、Lv1という数字を見るたびにちょっと凹む。
せめて「若蛇 Lv1(元 仔蛇 Lv16)」みたいな括弧書きが出てくれないか。前職の実績を記録しておいてほしい。
まあ、ないものねだりだ。
水生甲虫を3匹食べた。昨日は何も食べずに進化したので、今朝は腹が減っていた。
◇ ◇ ◇
まず、新しい体の問題点を洗い出すことにした。
北の通路に入った。30センチの時に慣れ親しんだ道だ。
狭い。
いや、通路の幅は変わっていない。変わったのは俺の体長だ。60センチになったということは、曲がる時の内輪差が倍になる。通路の曲がり角で体の後半が壁に当たる。以前はするりと通れていた角が、今はぶつかりながら通過することになる。
蛇になって初めて「内輪差」という概念を意識した。長い体の生き物にとって、曲がりくねった通路はそれなりに面倒な場所だったらしい。今まで気にならなかったのは体が短かったからだ。
蜘蛛の空間に着いた。ここも通れる。問題ない。三叉路の広間も問題ない。
東の通路を進んだ。
東の隙間——あの横長の裂け目に差し掛かった。
頭を入れた。入った。体の前半分を入れた。
……詰まった。
以前は苦労しながらも3分で通れた場所だ。体幅が増えた分、岩が当たる面積が増えている。力を入れて押した。5センチ進んだ。また押した。また5センチ。
通れないことはないが、明らかに難しくなった。
大型百足から逃げる緊急ルートとして「東の隙間に飛び込む」という計画があったが——これは再検討が必要だ。今の体では、飛び込んでから詰まる可能性がある。詰まった状態で追いつかれたら最悪だ。
5分かけてなんとか通り抜けた。帰りも5分かかった。
緊急脱出ルートとしては使えない。別の逃げ場を考えないといけない。
◇ ◇ ◇
北東エリアで最初の戦闘をした。
百足——体長20センチの通常サイズだ。以前は「ちょっと苦労する相手」だったが、今は体長差が3倍ある。
噛みついた。Lv3の毒を流した。20秒で止まった。
あっさりしすぎていて逆に物足りない。
岩トカゲも1匹仕留めた。やはり30秒もかからなかった。体長差があると、接近戦での体格差が圧倒的すぎる。相手が攻撃してくる前に決着がつく。
これは——今まで「強敵」だと思っていた相手が、完全に「雑魚」になったということだ。
「序盤のボスエリアに戻ってきたら全部瞬殺できる」あれだ。爽快感はある。ただ経験値効率が下がる。
問題は進化が0%からのスタートだということだ。Lv1に加えて進化も0%——二重の意味でスタートラインに戻っている。雑魚ばかり狩っていても積み上がりが遅い。もう少し強い相手を探す必要がある。
そこで——昨日から気になっていた新しいスキルを試すことにした。
締め付け Lv1。
◇ ◇ ◇
問題がある。
「締め付け」というスキル名は分かる。意味も分かる。蛇が相手に巻き付いて圧力をかけて窒息させる——という攻撃だ。知識としては知っている。
だが実際にどうやるのかが、いまいちピンとこない。
噛みつく時は「噛む」という行為のイメージがある。毒を流す時は「出す」というイメージがある。どちらも感覚として把握できる。
「巻き付く」は——相手の体に体を巻きつけるわけだが、どこから始めてどう動かすのか。60センチの体で体長20センチの岩トカゲに巻き付くとして、どういう動作で巻き付くのか。
ゲームのスキルは「ボタンを押せば発動する」が、現実の体は「どう動かすかを自分で考えないといけない」。
スキル名だけ貰っても説明書がない。
仕方ないので本能に任せることにした。蛇として60センチまで育った体には、蛇としての本能が入っているはずだ。「締め付けろ」という意志を持って動いたら、体が勝手にやってくれるかもしれない。
岩トカゲを探した。
◇ ◇ ◇
北東エリアの奥の空間に岩トカゲが1匹いた。
近づいた。岩トカゲが気づいた。逃げようとした。
先回りして退路を塞いだ——60センチになった体の方が、30センチの時より長さで相手を囲みやすい。追い詰めた。
岩トカゲが向き直って噛みかかってきた。回避した。
「締め付けろ」と思いながら、岩トカゲの体に向かって体を動かした。
気づいたら巻き付いていた。
本当に「気づいたら」だった。頭で「こう動こう」と考えたわけじゃない。体が勝手に相手の体に絡みつく動作をした。蛇の本能というのは、こういう時に自動で動くらしい。
岩トカゲの体に俺の胴体が一巻き分、絡まっている。
締め付けた。力を入れた。
岩トカゲが暴れた。後脚が俺の体を蹴った。HP-4。次の瞬間には動きが弱くなり始めた。呼吸を圧迫しているのか、それとも単純に骨格への圧力か——30秒後には動きが止まった。
毒を使っていない。
締め付けだけで、倒せた。
◇ ◇ ◇
食べながら、さっきの感覚を振り返った。
締め付けの感触は——独特だ。毒で動きを止めるのとは違う。噛んで離れて待つのではなく、ずっと相手と接触したままだ。相手が暴れるたびに力で抑え込む、という物理的なやり取りがある。
エネルギーを使う。体全体で力を発揮し続ける必要があるから、毒で待つより消耗が多い。だが速い。岩トカゲ相手なら毒より締め付けの方が早く仕留められる。
どちらを使うかは相手と状況による——毒は遠距離で安全、締め付けは接近で速い。武器の使い分けだ。
Lv3になった毒牙と、Lv1になった締め付け。どちらもある。選べるということは、戦術の幅が増えたということだ。
通知が来た。
『Lv3になりました』
HPとMPが全回復した。
Lv1→Lv3に一気に上がった。まとめ狩りと初の締め付け成功が合わさった結果か。これはありがたい。Lv1の時間が短くて済んだ。
◇ ◇ ◇
その後、ネズミとイモリの狩り場を回った。
ネズミ——体長10センチに体長60センチで近づくと、向こうは走って逃げようとするが、今の俺の素早さと体長の差で逃がさない。口で噛むまでもなく、体の前半で押さえ込んで動きを封じてから仕留められる。ゲームで言えば「敵が弱すぎて回避も不要」の状態だ。
イモリ——依然として皮膚毒がある。ただ今の体での接触面積が増えた分、口での噛みつき接触時間を減らしても毒が入れやすい。皮膚との接触管理は引き続き必要だが、コントロールしやすくなった。
締め付けで試した。結果——毒ほど短時間では仕留められなかった。イモリは皮膚から分泌物を出すから、長時間体に巻き付いていると俺の腹部鱗にも分泌物が触れる。あまり推奨できる組み合わせではない。
イモリには毒が最善、ネズミは締め付けか毒どちらでも——という使い分けが見えてきた。
日が終わる頃に再度確認した。
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【ステータス】
種族:若蛇
レベル:3
HP:22/22 MP:11/11
攻撃力:13 防御力:11 素早さ:16 知力:11
魔力適性:なし
【スキル】
熱感知 Lv1、毒牙 Lv3、振動感知 Lv2、締め付け Lv1
認識範囲:2m
次の進化まで:10%
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10%。0%からのスタートで、今日で10%まで来た。
池に戻って、新しい寝床の岩陰に体を収めた。昨夜より落ち着いた感覚がある——一晩使って、体が場所を覚えたのかもしれない。
Lv3、進化10%。数字だけ見れば出発点だが——締め付けという新しい武器が手に入った。東の隙間が緊急ルートとして使えなくなった問題は残っているが、そもそも今の体の大きさなら、逃げるより戦う方が現実的になりつつある。
60センチの蛇が、水面に映っている。
デカくなった弊害はいくつかある。でも——デカくなったことの利益の方がはるかに大きい。




