第011話「毒には毒を」
11日目。東の隙間を通り抜ける時間が1分30秒になった。
最初に通った時は3分以上かかった。体の入れ方を工夫するだけでここまで短縮できる——蛇の体というのは、動かし方を覚えれば覚えるほど効率が上がる仕組みらしい。
昨日のネズミ生息域を抜けて、奥の下り通路に入った。昨日引き返した地点——そこから先だ。
通路はまだ続いていた。
◇ ◇ ◇
20メートルほど進んだところで、異変に気づいた。
音だ。
微かだが、確かに聞こえる。池の水面が揺れる音とは違う——水が流れている音だ。
振動感知と熱感知を同時に広げた。通路の床に細い溝が走っているのを確認した。幅20センチほど。深さは5センチ程度。水が流れている。通路を横切って、壁の割れ目に吸い込まれていく。
地下水脈だ。
水源がある方向——溝の上流側に向かって進んだ。さらに10メートル。通路が開けた。
空間が現れた。
池の4分の1くらいの広さ。ただし床の状態がこれまでと全く違う——全体的に濡れている。天井から染み出した水が床に落ちて薄く張っている。ところどころ水深が深くなっていて、本物の水溜まりになっている箇所もある。湿度が高い。呼吸するたびに水分を感じるくらいだ。
壁の苔が圧倒的に繁茂していた。厚く、暗い緑で、苔同士が重なり合って壁を完全に覆っている。発光している苔も多く、空間全体が青みがかった光で満たされていた。
生き物がいた。
熱感知では体温が周囲とほぼ同じ——変温動物だ。体長20センチ前後。四足。表面が湿っていて、苔の光を反射している。頭が丸く、目が大きい。尻尾が胴体と同じくらい長い。
イモリだ。
洞窟イモリ——有尾類の両生類。「水辺エリアの新モブ」の登場だ。3匹、それぞれ岩の上でじっとしていた。
俺が近づいても、逃げなかった。
岩トカゲのような機敏さがない。蜘蛛のような警戒心もない。のんびりとしている。捕食者への免疫が薄いのか——それとも、逃げる必要がないと判断しているのか。
動かないなら楽だ、と思ったのが間違いだった。
◇ ◇ ◇
一番近い個体に1メートルまで近づいた。止まらない。近づいても逃げない。
噛みついた。首の後ろを狙った。
直後に、変な感覚があった。
口の中が、ぞわっとした。
刺激だ。熱くも冷たくもない——舌がしびれる感じ。毒牙を立てた瞬間、口腔内に何かが侵入してきた。自分の毒を出す前に、先に受けた。
皮膚から何か出ている。
HP-7。
痛みではなく、広がっていく不快感だ。口の粘膜を伝ってジワジワと体内に入ってくる感覚。ゲームで言えば毒状態ではなく腐食デバフに近い——HPが一定量削られ、体のどこかが微妙に動きにくくなる。
即座に離れた。
距離を取って、口を地面に何度も擦り付けた。皮膚の分泌物を取り除こうとした。
イモリは逃げなかった。相変わらず岩の上にいる。
◇ ◇ ◇
状況を整理した。
イモリの皮膚に毒がある。
両生類の中には皮膚から毒性の分泌物を出す種がいる。イモリはその代表だ。捕食者が口に含んだ時に苦痛を与えて吐き出させる防衛機制——自分が食われないための毒だ。俺は毒牙を持っていて毒耐性があるが、それは自分の毒への耐性であって、他の生物が出す毒への完全免疫ではない。HP-7というダメージがそれを証明している。
つまり。
「噛みついて毒を流す」という今までの基本戦術が、そのままでは使えない相手だ。
接触時間が長ければ長いほど、皮膚毒を受ける量が増える。「接触すると毒カウンター発動」の仕様が付いたモブだ。通常攻撃しながら自分のHPを削られる。
どうするか。
3つの選択肢を考えた。一つ、皮膚毒の量が少ない部位を狙う。両生類の皮膚毒は表皮の腺から分泌される。腺が集中していない箇所なら、毒の量も少ない可能性がある。頭部の内側、口の周辺、目の付け根——皮膚が薄く、腺が少なそうな部位。
二つ、噛みついている時間を最小限にする。毒牙で噛んで毒を流してから即座に離れれば、皮膚との接触時間が減る。受けるダメージを下げられるはずだ。
三つ、諦めて別のエリアを探す。
三つ目は却下だ。ここまで来て引き返すのはもったいない。
一と二を組み合わせる。頭部の前側——口の付け根付近を狙って、噛んだら即離れる。
◇ ◇ ◇
同じイモリに向き直った。正面から頭部に近づいた。
首と頭の境目——ここだ。
噛んだ。今度は深く噛み込まずに、牙の先端だけを刺す感覚で。毒を流して、0.5秒で離した。
口の中のしびれが来た。でも最初の7ダメージより断然弱い。HP-2。
部位と接触時間の調整が効いている。
イモリが動き始めた——さすがに2回噛まれて反応した。のっそりとした動きで後退しようとしている。遅い。岩トカゲの半分以下の速度だ。逃げる気があるのか疑わしいほどのんびりしている。
追いついて、もう一度噛んだ。同じ部位、同じ接触時間。HP-2。
毒が入っているはずだ。2回分。
距離を取って待った。イモリは床の水たまりの縁まで移動して、そこで止まった。脚の動きが徐々に鈍くなった。
3分後、完全に止まった。
食べた。
ぬるっとした皮膚の感触が舌に残る。正直、食感はあまりよくない。しかし体長20センチのイモリは食べ応えがある。岩トカゲに近い満足感だ。
皮膚毒は口から入った分だけ不快感があったが、食べた後は特に追加の悪影響はなかった——胃袋の消化液で処理されたのかもしれない。あるいは俺の体が少量なら問題なく処理できる耐性を持っているか。
いずれにしても、食べても死なない。それが分かった。
◇ ◇ ◇
残り2匹。
2匹目は同じ手順でやった。頭部前側、噛んで即離れる——HP-2を2回。毒2回分で3分。倒した。
3匹目に向かったところで、通知が来た。
『毒牙がLv3になりました』
おっ。
タイミングが良すぎる。今日はイモリ相手に同じ部位を繰り返し正確に噛む練習を重ねていたから、毒牙の制御精度と習熟度が上がったらしい。Lv1からLv2の時は使い込みで自然に上がったが、Lv3はより繊細な使い方をした結果か。
毒の効き目が上がるはずだ。3匹目で確かめる。
頭部前側を狙って噛んだ。1回分の毒を流して離れた。HP-2。
待った。
2分で止まった。
1分短縮された。確かに速くなっている。毒牙Lv3の効果は本物だ。毒の濃度か浸透速度が上がっている。イモリのサイズなら、これからは1回の注毒で十分に効くかもしれない。
3匹食べた。HP-2×4回分のダメージは合計8。それ以外の消耗はほぼない。
通知が来た。
『Lv15になりました』
HPとMPが全回復した。
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【ステータス】
種族:仔蛇
レベル:15
HP:32/32 MP:16/16
攻撃力:16 防御力:14 素早さ:18 知力:14
魔力適性:なし
【スキル】
熱感知 Lv1、毒牙 Lv3、振動感知 Lv2
認識範囲:2m
次の進化まで:87%
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毒牙がレベルアップしたタイミングでLvも上がった。二重取りだ。——こういう日は気分がいい。
◇ ◇ ◇
空間をもう一度見回した。
奥にまだ通路がある。地下水脈の上流側——水がやってくる方向だ。さらに先があると分かっている。今日はここまでにする判断も悪くないが、HPが全回復している今なら、もう少し先を確認できる。
奥の通路に入った。
10メートル進んだ。15メートル。通路が細くなった——体長30センチの俺にはまだ余裕があるが、大型の生き物には通れない幅だ。壁の苔がさらに厚くなり、床の水が深くなっている。
20メートルで行き止まりだった。
壁だ。ただし——壁の下部に水が消える割れ目がある。地下水脈の出口がここだ。水はこの割れ目の中から流れ出ている。割れ目は幅10センチほど——俺の体でも入れない。
この先に、もっと大きな水場があるのかもしれない。あるいは単に岩盤の中に水が染み込んでいるだけかもしれない。今の体では確認する手段がない。
戻った。
◇ ◇ ◇
イモリのいた空間を再度確認すると——また1匹いた。さっき3匹いた場所に、新しい個体が来ている。岩の上で動かない。巣から補充されたのか、別のルートから入ってきたのか。
追加で狩った。毒牙Lv3の1回注毒で2分後に止まった。食べた。
これで今日の狩りは終わりにした。
帰り道、今日の収穫を整理した。
イモリという新種の獲物を発見した。皮膚毒があるが、部位と接触時間を管理すれば安全に狩れる。動きが遅く、逃走速度も低い——接近してさえしまえば確実に仕留められる相手だ。
そして毒牙がLv3になった。
毒の速度が上がった実感は数字以上にある。今まで3分待っていたものが2分になる——たった1分の差に見えるが、連続狩りの時間効率は大きく変わる。強敵との戦闘なら、この1分は致命的な差になりうる。
大型百足はまだ北西の通路の奥にいる。あの相手と戦う気はまだないが——いつか戦わなければならない日は来る。その時、この毒の速度がどれだけ効くか。
あと13%。
池に戻って、水面を見た。水生甲虫が底を横切っている。
変わらない光景だ。でも俺は、11日前の俺とは別物になっている。




