第70話 削られる命
監査開始から三週間。
中央危機統括局の統計室に、新しい集計が出た。
直近一年間の小規模被害総数――前年比一・六倍。
死者数――+十一。
大規模崩壊――ゼロ。
室内が静まる。
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「十一か」
セルディオが低く呟く。
数字としては小さい。
だが、積み重ねだ。
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カルドは、資料をめくる。
「この十一のうち、七件は“余力十分”案件です」
画面に、個別事例が並ぶ。
倉庫崩落。
市場火災。
結界亀裂放置。
いずれも、即応介入で防げた可能性が高い。
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ユリスが口を開く。
「十一は許容範囲だ」
冷たい声。
「大規模崩壊を防いだ効果は計り知れない」
「それは仮定です」
カルドは即答する。
「発生していない危機を理由に、発生した死を軽く扱うべきではない」
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北方自治領。
ノアは、監査資料の写しを読み、顔色を変える。
十一のうち、三件は自分の管轄だ。
「……削れている」
自分が削ったのか。
制度が削ったのか。
それとも恐怖が削ったのか。
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フォルン。
エマは、一覧表を見て言葉を失う。
「小さいけど、確実に増えてる」
「はい」
アレインは静かに答える。
「壊れてはいない」
「でも、削られてる」
「そうです」
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南方山岳自治領。
小規模揺れ発生。
ライナは即座に限定介入。
被害ゼロ。
報告書には、こう記される。
> 将来危機確率:七パーセント
> 現在被害確率:六十パーセント
> よって介入
数値で、恐怖を押し返す。
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中央会議室。
カルドは、十一名の名前を読み上げる。
静かな声で。
一人ずつ。
室内の空気が変わる。
「許容範囲と言えますか」
ユリスは沈黙する。
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セルディオは、深く息を吐く。
「……削られている」
自分が作った制度の上で。
大崩壊は起きていない。
だが、小さな死が増えている。
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フォルン。
エマが言う。
「先生、これってザマァですか」
「いいえ」
アレインは首を振る。
「これは、結果です」
「誰の?」
「恐怖の」
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中央。
セルディオは宣言する。
「余力使用率を監査対象に追加する」
室内がざわつく。
「余力を使わなかった場合も、理由を提出させる」
逃げ道が、さらに減る。
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その夜、西部で中規模変動。
余力十分。
現場は迷う。
だが、監査を思い出す。
「限定介入」
被害軽微。
死者ゼロ。
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削られる命は、目立たない。
大崩壊よりも、静かだ。
だが、確実に重い。
第6部は、
制度の“成果”と“犠牲”を、
真正面から並べる段階に入った。
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