第55話 残された記録
南方山岳自治領の再建区域に、小さな記録室が設けられた。
仮設の木造建築。
机と棚が二つ。
壁には、再建計画図。
その中央に、一冊の分厚い記録帳が置かれている。
表紙には、こう書かれていた。
> 南方山岳同時危機 記録
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ライナ・フェルトは、最後の頁を開いた。
崩落の経緯。
避難開始時刻。
塔切り離し判断。
死者十八名。
事実だけが、並んでいる。
そして、空白の欄。
> 責任者所感
ペンを持つ。
しばらく動かない。
やがて、静かに書き始める。
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> 私たちは、優先されなかった。
> だが、価値がなかったわけではない。
> 総被害最小化の判断は理解する。
> それでも、十八の名前は軽くならない。
> 次に同じ状況が来たとき、
> この記録が迷いを減らすことを願う。
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書き終えると、ライナは深く息を吐いた。
「……終わり?」
補佐官が小さく聞く。
「終わりじゃない」
首を振る。
「続き」
記録は、過去ではない。
未来のためのものだ。
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フォルン。
その写しが届く。
エマは、何度も読み返す。
「……強いですね」
「はい」
アレインは頷く。
「否定も美化もしない」
「先生なら、どう書きますか」
少しだけ考える。
「同じように書きます」
「感情は?」
「含めない」
静かな答え。
「だが、消さない」
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中央危機統括局。
セルディオの机にも、南方の記録が届いていた。
所感の頁を、じっと見つめる。
否定しない。
責めない。
だが、軽くもしない。
「……残されたな」
副官が言う。
「はい」
「あなたの名前も」
記録には、こう明記されている。
> 優先選択決定者:セルディオ・クラウス
逃げ道はない。
セルディオは、静かに頷く。
「それでいい」
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南方の仮設学校で、子どもたちが声を上げている。
新しい防衛線の内側で、
小さな畑が作られている。
町は小さくなった。
だが、消えていない。
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夜。
ライナは、記録室の灯りを消す前に、もう一行を書き足した。
> 補記:
> 助けられなかったことを、
> 助けなかったとは書かない。
> だが、忘れない。
ペンを置く。
これでいい。
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フォルン。
エマが言う。
「助けなかったことも、記録する。助けられなかったことも、記録する」
「はい」
アレインは静かに答える。
「それが、思想の更新です」
「これで終わりですか」
「いいえ」
首を横に振る。
「ここからが難しい」
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世界は、二十一の死を記録した。
そして、三地域の存続も記録した。
どちらも削らない。
どちらも残す。
残された記録は、
勝利でも敗北でもない。
ただ、事実だ。
第5部は、次の段階へ進む。
助けなかった責任は、
まだ終わっていない。
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