第53話 正しかったのか
総括報告から三日後。
フォルン辺境領の名もなき建物に、南方山岳自治領の追加記録が届いた。
再建計画。
人口再配置。
仮設住居から恒久居住区への移行案。
数字は整っている。
合理的だ。
だが、エマの目は別の箇所で止まった。
> 死者:18
> うち避難遅延1名
たった一行。
だが、重い。
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「先生」
エマは、書類を机に置いた。
「正しかったんですか」
アレインは、すぐには答えない。
「どの意味で」
「十八と四百の比較です」
エマは、まっすぐ見る。
「四百より少ない。だから正しい。そう言えますか」
数秒の沈黙。
「言えます」
静かな肯定。
「では、十八の家族の前で言えますか」
問いは鋭い。
アレインは、視線を逸らさない。
「言えません」
否定。
「では、正しくない?」
「違います」
少しだけ声が低くなる。
「正しさと、言えるかどうかは別です」
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エマは、拳を握る。
「納得できません」
「当然です」
「なら、どうすれば」
問いは、怒りではない。
答えを探す声だ。
アレインは、机の上の記録を指でなぞる。
「記録することです」
「また、それですか」
「はい」
変わらない答え。
「助けなかったことも、助けたことも、同じ重さで残す」
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中央危機統括局。
セルディオは、匿名で届いた意見書を読んでいた。
> 南方を犠牲にした冷酷な判断
似た文面が、いくつもある。
彼は、机の端にまとめる。
「反論は?」
副官が聞く。
「しない」
「説明会は?」
「必要最低限」
感情論と戦う余力はない。
数字は出ている。
記録もある。
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南方。
ライナは、再建区域の杭打ちを見ていた。
「ここから、ここまでが新防衛線です」
技師が説明する。
「以前より、かなり狭いですね」
「ええ」
ライナは頷く。
「でも、余力はある」
その言葉に、技師が少しだけ笑う。
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夜。
エマは、一人で南方の記録を読み返していた。
最後の一行。
> 判断を否定しない
何度読んでも、重い。
「どうして否定しないんだろう」
独り言のように呟く。
「否定したほうが、楽なのに」
アレインの声が、後ろから聞こえる。
「否定すれば、次は感情で決めることになります」
「それの何が悪いんですか」
「感情は、三地域を同時には守れません」
冷たい現実。
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「……じゃあ、感情は不要なんですか」
エマの声は震えている。
「必要です」
即答。
「だから記録に名前を残す」
アレインは、南方の死者一覧を指す。
「十八の名前を消さない」
「それで救われますか」
「救われません」
否定。
「だが、軽くはならない」
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中央でも、同じ問いが浮かんでいた。
セルディオは、会議室の空いた椅子を見つめる。
南方の席。
招かれなかった席。
「正しかったのか」
誰にも聞こえない声。
答えは、数字が出している。
だが、心は出さない。
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その夜、三地域すべてで小さな揺れがあった。
北は見送り。
西も見送り。
南も見送り。
以前より、対応は穏やかだ。
余力が、わずかに増えている。
十八という数字の上に、
次のゼロが積み重なる。
正しかったのか。
その問いは消えない。
だが、問いながらも、
世界は続いている。
それが、この物語の現実だった。
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