表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦後処理官(英雄の後始末をしていただけの男)をリストラした王国、なぜか勝利の代償を払う  作者: 鷹宮ロイド


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/102

第35話 切り捨てられる場所

 一週間は、思っていたより短かった。


 ミラ・ハーシェルは、夜明け前から地図を広げていた。

 古い地図だ。紙が薄く、折り目が擦り切れている。

 それでも、この自治領の“現実”が一番よく分かる。


 人が住んでいる場所。

 結界が張られている範囲。

 すでに、住めなくなった区画。


 それらが、静かに色分けされていた。


「……ここから、ここまで」


 鉛筆で引いた線は、細い。

 だが、その内側と外側では、未来が違う。


 内側は、生き残る。

 外側は、撤退する。


 それだけの話のはずだった。


---


 会議室には、必要最低限の人間しか集めなかった。


 自治領議会の代表。

 結界技師。

 補佐官。

 そして、エマ。


 中央の人間はいない。

 この判断は、あくまで“自治”の名の下で行われる。


 ミラは、立ったまま地図を示した。


「中央からの支援条件は明確です」


 声は落ち着いている。

 少なくとも、そう聞こえるように話した。


「守る範囲を縮小する。その代わり、残る区域に集中投資する」


 誰も口を開かない。

 皆、線の外を見ている。


 そこには、彼らの家がある。

 親の家がある。

 畑がある。


---


「これは……切り捨てではないのか」


 年配の議員が、絞り出すように言った。


「撤退です」


 ミラは、昨日と同じ言葉を使う。


「このまま全域を守ろうとすれば、いずれ全部が落ちます。そうなれば、誰も残れない」


「理屈は分かる」


 別の議員が言う。


「だが、線の外の人間はどうなる」


「移転支援を行います」


 準備していた答えだ。


「住居、職、最低限の生活は保証する」


 “最低限”。


 その言葉に、誰も救われない。


---


 エマは、黙って聞いていた。

 フォルンで学んだ理屈は、ここでも通用する。

 だが、重さが違う。


 ここでは、判断が直接、人の人生を削る。


「……質問いいですか」


 彼女は、勇気を出して口を開いた。


「この線は、どうやって決めたんですか」


 ミラは、一瞬だけ視線を落とした。


「結界維持コスト」

「人口密度」

「避難にかかる時間」


 淡々と、要素を挙げる。


「そして――」


 少し、間を置いた。


「私が、夜に眠れるかどうか」


 会議室が静まり返る。


 それは、数字ではない。

 だが、嘘でもない。


---


 決議は、通った。


 賛成多数。

 反対もあったが、覆らなかった。


 公式文書には、こう記された。


> 自治領防衛区域の再定義について

> 持続可能性を確保するため、

> 防衛および居住区域を段階的に集約する


 “切り捨て”という言葉は、どこにもない。


---


 だが、現実は隠せない。


 線の外に住む人々に、通達が出た。


「三か月以内に、移転をお願いします」


 怒鳴る者。

 泣く者。

 黙り込む者。


 ミラは、すべてを受け止めた。


 逃げなかった。

 言い訳もしなかった。


「これは、事故ではありません」


 彼女は、繰り返し言った。


「判断です。私の判断です」


 それが、唯一できる責任の取り方だった。


---


 夜。


 結界塔の上から、自治領を見下ろす。


 灯りの数は、これから減る。

 意図的に、減らす。


「……正しいことをしている、のよね」


 誰にともなく呟く。


 答えは返らない。


 エマが、隣に立っていた。


「正しいかどうかは、分かりません」


 彼女は言う。


「でも、“続ける”判断ではあります」


 ミラは、ゆっくり頷いた。


「ええ。終わらせないための判断」


---


 その日、自治領では何も壊れなかった。


 だが、確かに“場所”が失われた。


 地図の上で。

 そして、人の心の中で。


 それでも、ミラは知っている。


 ここで何も選ばなければ、

 失われるのは、場所だけでは済まなかった。


 これは、救いの物語ではない。


 切り捨てられる場所があったという、

 ただの記録だ。


 そしてその記録は、

 誰かが次に判断する時、

 きっと重さとして残る。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ