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獣神ラーマ


 

 ラーマは駆けながら思っていた。自分ほど恵まれた存在はいるのだろうかと。

 五体満足で生まれ、両親が健在で、エルモアの使者の従者。

 飢えたことも、酷い扱いを受けたこともなく、常に愛情を与えられてきた。

 そして、今ではやがて王となるルシウスの騎獣を担えている。


 幼い頃は、自分が恵まれているとは感じなかった。

 だが、両親、ノイン、ルシウス含め、仲間たちがどのような生を歩んできたかを、ノインを通じてエルモアから聞かされ認識が変わった。


 自分は、すごくもなんともない。ただ環境に恵まれているだけ。ラーマは僅かながらも抱いていた自惚れや勘違いを大いに恥じた。


(出来て当然、出来なくちゃおかしいんだ)


 それからは、しばらく物思いに耽った。

 幸せの中に身を置いていることが、不幸なことのように思えたからだ。

 自分では努力しているつもりでも、恵まれた環境ありきのものとして見られる気がした。褒められても、可愛がられても、自ら勝ち取ったものではないと感じた。


 他の仲間たちと違い、ラーマは生きるか死ぬかという状況を経験していない。つまり考える余裕があった。加えてまだ幼いがゆえに、承認欲求が強く表れていた。


 問題だったのは、何をしてもラーマが満ち足りなかったことだった。これは対象を大きく見過ぎた為に起きたことだった。或いは、自分を矮小化したとも言える。

 どれだけ努力を重ねても、仲間たちには届かない。実際には、まったくそんなことはないのだが、ラーマはどんどん自分を追い込んでいった。


 哲学し、瞑想し、鍛練し――。


 ノインが昏睡状態になってからは、一人で修験者のような生活を続けていた。

 そのうちケルベロスに進化を果たし、人の言葉を理解できるようになると、ルシウスが自分と同じことを考えていたことを知った。


 ラーマから見れば、ルシウスは完璧だった。

 それゆえに、苦悩していたことを知って衝撃を受けた。


『僕は完璧じゃないよ。欠点だらけだよ』


 ルシウスは苦笑しながら、自分の欠点について話した。

 そして、それらを改善することを諦めているということも。


 それを聞いて、ラーマはまたも衝撃を受けた。

 仲間たちは皆、完璧を目指して生きているのだと思い込んでいたからだ。


『もちろん、高みを目指してはいる。だけど、何もかもというのは難しいよ。僕はそれに気づくのが遅かった。万能なんて言われたりするけど、それは要するに突出して褒めるところがないってことだよ。専門にしている相手には敵わないからね』


 ルシウスはラーマを撫でながら言った。


『何もかもを一人でこなす必要はないんだよ。僕は君と同じで、出来なきゃいけない立ち位置にいると思い込んでいた。だけどね、足りないところは頼れば補えるんだ。それが出来る仲間がいることが、恵まれているってことなんだよ』


 ラーマは愕然とした。恵まれているという意味を履き違えていたことにようやく気づいた。認められたいのではなく、認めさせたいと思っていた自分の我が浮き彫りになった。なぜ助け合うはずの仲間と張り合おうとしていたのか。頼ろうとしなかったのか。


『気持ちは分かるよ。周りが輝いて見えるんだ。それで自分の輝きが見えなくなる。だから自分を同じように輝かせたいって憂鬱になったり、必死になったりする。でもそれはね、周りの輝きを認めれば収まるよ。すごいなー、敵わないやってね』


 対抗心を燃やすのではなく、受け入れる。その上で競う。

 鍛練と自己研鑽は自分の為に行うものであって、他者を超える云々は無関係。

 ラーマはそれを見失っていたことを覚った。


 羨みはしていても、相手を本心から認めてはいなかった。

 頼ることを申し訳ないと思っていた。

 その程度も一人で出来ないのかと思われるのも嫌だった。

 出来ない自分を含め、誰のことも認めたくなかった。

 自分を認めない者、いや、この世界そのものを認めていなかった。


 だから変えようとした。孤高の存在になろうとした。


 それはラーマに、エルモアから聞いた邪悪を思わせた。

 認めないなら力で屈服させてしまう。或いは除外してしまう。

 そして望む世界を手に入れる。


(ドルモア、僕はお前のようにはならない――!)


 身近なところに、自分の毛並みに埋もれて幸せそうにするノインがいる。

 同じ悩みを抱え、相談できるルシウスがいる。

 静かに見守ってくれる両親がいる。

 叱りながら、怪我を治してくれるシクレアがいる。

 歳を重ねても、一緒に遊んでくれるアルトがいる。

 ノルギス、アデル、ロディ、アリーシャ、シャンティ……。

 誰もが自分を認めてくれているのを感じた。

 そして、その人たちの中に身を置かせてくれた世界、エルモアを感じた。


 それを理解し、自戒し、改める心を持つ自分がいる。

 環境に甘んじることなく、思い悩み、努力を重ねた自分がいる。


 ラーマは、やはり自分ほど恵まれている者はいないと思った。

 以前と違うのは、誰より大きな感謝の心を抱き、生きる力の源としていること。


 日々是好日。


 今ある生を有り難いこととして、他者を慈しみ、共に分かち合い、許し合う。

 ラーマはエルモアの意思と強く同調し始めていた。

 

 

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