33 刺客の依頼主
ー翌日ー
「では本日の試合を始める。第3回戦第7試合、豪腕のトッド、武術師チェン!」
ワァァァァッ‼
このカードはお互い素手での闘いと言う事で前評判が高かったカードだ
「始めっ!」
「うぉぉりゃあ!」
最初に仕掛けたのはトッドだ
トッドはチェンに向かって走り出すとラリアットの様に図太い腕を横に出して凪ぎ払おうとしてくる
「…フッ!」
チェンはその迫り来る腕を一呼吸置いてさらりと躱し、手を添えて勢い良く押し出した
「おっとっとっ⁉」
自身の体重とチェンの送り手の遠心力でトッドがゴマの様にくるくると回ってふらつく
隙を見てチェンが脇腹に掌底を浴びせるがトッドの厚い筋肉がそれをいとも簡単に弾く
「むぅ⁉」
「ハハッ‼その程度の攻撃では我が肉体はびくともせんぞ‼」
この一撃で両者の優劣が決まってしまった
トッドは荒削りながら無尽蔵とも言える体力と膂力により一撃でも当たればチェンは崩れ落ちるだろう
チェンはトッドの攻撃は全て見切れるがトッドの体にダメージを与えられる有効な手技が限られる
明らかにチェンが劣勢だった
「むぅん!」
トッドはお構い無しに腕や足を繰り出しチェンがそれを避けてカウンターの一撃を見舞って離れる
「おい、どう見てもチェンって奴がじり貧じゃねぇか?」
「だがまだチェンは自分から仕掛けていねぇぞ?」
格闘好きなら思わず手に汗握る好カードだった
「ふんっ‼ふんっ‼」
トッドは当たる迄手を緩めずブンブンと振り回してくる
一方チェンはトッドの体力の消耗を待つかの如く全ての攻撃を柳の様に躱していく
「ハァハァ…ネズミの様にちょこまかと…これならどうだっ‼」
トッドは腕を振り回すのを止めチェンを捕まえ様と腕を前に出す
「…はぁぁぁ…」
それに応じてチェンは呼吸を深くして構えを変えた
「捕まえたっ‼」
「フッ!」
ードムンッ!ー
トッドがチェンを捕まえベアハッグの体勢に持ち込もうとした矢先、チェンがトッドの腹部目掛けて両手をめり込ませた
…ドサッ
次の瞬間トッドが血を吐きながら膝から崩れ落ちる
「ふぅぅぅっ!」
「!?」
「あれは…発勁だ‼」
観客は突然トッドが倒れた事で呆気に取られていたが誰かの叫びで我に返った
倒れたトッドは痙攣して動かない
「…勝者、チェン!」
「うぉぉ‼凄ぇぞー‼」
最後チェンが放った技は遥か東方より伝わる秘中の秘、「譚家三展拳」だった
観客の興奮は更に高まる
「次、第3回戦第8試合、白銀の麗人リース、双斧のバクザ!」
うぉぉぉぉぉぉぉ!
「あれがリースか、美人だなぁ」
「馬鹿野郎!めちゃくちゃ強いんだぞ?お前なんか一発だよ」
「結婚してくれー⁉」
「フッ…ちやほやされるのも今日迄だ。直ぐにあの世に送ってやる」
「!?貴方…最初から殺す気でこの試合に?」
「死に行く者へのせめてもの餞、俺は刺客だ‼」
「始めっ!」
バクザの言葉と審判の掛け声が重なった為にリースは一歩出遅れた
その機を逃さずバクザは両の手に持つ双斧を頭上から一気に振り降ろす
ーバギィィィンッ‼ー
リースの剣がバクザの斧によって砕け散ってしまった
「しまった⁉」
リースがバクザの攻撃に一歩退くとバクザの追い討ちが始まった
剣を折った事で慢心したのかバクザは先程と同じ攻撃を選択する
「これで終わりだっ‼」
振り降ろす双斧がリースの両肩目掛けて迫って来る
「…うらぁぁあ‼」
リースは迫り来る双斧を恐れず二歩前に踏み出す
ー…ドッ‼…グサッ‼ー
「…グッ。。。」
「護衛隊が後で尋問するわ。それまで大人しく倒れていて頂戴」
バクザがリースにもたれ掛かる様に崩れ落ちる
「…勝者リース!」
「やったぜ‼流石白銀の‼」
「度胸がなきゃ出来ねぇよ」
「結婚してくれっ⁉」
本来剣を失ったリースには抗う手段が残されておらず死ぬ運命だった
彼女が勝利を掴んだ原因は…ゴメリが隊長だった時に教わった「騎士の掟」だった
《騎士たる者退くは恥なり》
この教えに従いリースは振り降ろされる双斧を恐れず一歩前に踏み出し肩でバクザの腕を受ける
驚いて退こうとするバクザを追って折れた剣を突き刺したのだ
「ま、まさかあそこで踏み込んでくる…とは…」
「言えっ‼依頼主は誰だっ‼」
「…そ、それは言えないな…俺もプロの…」
バクザは事切れていた
リースは急いで観客席を見回すが怪しい人物は見つけられなかったのだった
ー選手控え室ー
「何だと?対戦相手が誰かに雇われた刺客だっただと言うのか?」
ゴメリはリースの告白に思わず席を立ってしまう
「はい、余程舐められていたのか本人が試合直前に語ってました」
「…うむ、では俺も探ってみよう」
「お願いします」
リースとゴメリ、二人の周りできな臭い陰謀が張り巡らされているのをゴメリは感じ取っていた




