101話 みんな頑張る
それから二三日が経っても、アスターは目覚めなかった。
ベッドの上の顔を変わらず穏やかで。けれども、意識が戻ることはなく。
そんな状況のまま、時だけが流れてゆく。
私の周りは、また、ベルンハルトとリンディアだけになってしまった。
マイペースながらいつも周囲を癒やしてくれていたアスターがいなくなって、何だか寂しい。彼がいた間はアスターのことを考える時間なんてさほどなかったけれど、彼がいなくなってからは、彼のことをよく思い出すようになった。
「まだ意識が戻らないのね」
「そーなのよー。変よねー」
夜中の襲撃から四日、私は、病室のベッドで眠るアスターに会いにいった。
ちなみに、ベルンハルトはフィリーナを捜索するということだったので、今はリンディアと二人である。
「解毒は済んだみたいなのよー。でも、まだ起きない。どーなってんのかしらねー」
同感だ。
いや、解毒が済んだみたいということは知らなかったわけだが。
——しかし、それにしても、こんなに起きないというのは不思議で仕方ない。
何がどうなっているのやら。
「もしかして……寝不足だったから?」
「いや、それはないでしょー」
まぁそりゃそうよね。
一応言ってはみたけれど、よく考えてみれば、寝不足が関係しているなんてあり得ないわよね。
「なら、えぇと……なかなか思いつかないわ」
「思いつかないってー?」
「アスターさんが目覚めない理由」
「べつに考えなくていーわよー」
それもそうか。
理由を考えたからって、アスターが目覚めるわけじゃない。
「ところで、ベルンハルトはー?」
リンディアは両手を腰に添えて立ちながら、軽い調子で尋ねてきた。その表情は、雲ひとつない空のようにさっぱりしている。
「今はフィリーナを探していると思うわ」
私はそう答えた。
するとリンディアは、低い声を発しつつ、ほんの少し眉間にしわを寄せる。
「フィリーナ? ……ふーん」
リンディアがなぜこんな顔をするのか、謎だ。
「何か問題があるの?」
「いーえ。ただ、フィリーナは裏切り者だったのねー、って思っただけ」
ほんの僅かに視線を上げ、宙を眺めながら、リンディアは漏らす。
「裏切り者……」
彼女の言葉を聞いて、私は思わず呟いてしまった。
何だか、悲しくて。
「王女様にフィリーナを紹介したのって、確か、星王様だったかしらー?」
「えぇ、そうよ」
リンディアと話しながら、眠っているアスターの顔面を一瞥する。やはりまだ眠っていた。
「だとしたらおかしー話よね。星王様が王女様を狙うわけないのに、フィリーナが王女様を裏切るなんてー」
「想像でこんなことを言ったら失礼かもしれないけれど……またシュヴァルが関係しているのかもしれないわね」
私の発言に、リンディアは一瞬黙る。が、すぐに口を開く。
「確認しなくちゃ駄目ねー」
「じゃあ、私が確認してくるわ! 父さんから話を聞いてみる!」
みんなに任せてばかりというわけにはいかない。一つでもできることがあるならば、私も頑張ってやっていかなくては。
「一人でだいじょーぶ?」
「えぇ。たまには私も何かしたいの」
「くれぐれも気をつけるのよー」
「もちろん!」
胸の前で拳を握る。
やる気に満ちてきた。
「あ、ところで一つ聞いてもいい?」
「どーぞ」
「ラナたちから何か情報はあった?」
それに対し、リンディアは首を左右に振る。
「それが、まだなのよねー。なかなか吐かせられないのよー」
「リンディアが吐かせられないって……ある意味凄いわね」
「本当よー」
ひと呼吸空けて、彼女は続ける。
「ま、お互い頑張りましょー」
リンディアも、ベルンハルトも、色々頑張ってくれているのだ。私も頑張ろう。
「そうね! じゃあ、父さんのところへ行ってくるわ!」
「行ってらっしゃーい」
こうして私は、リンディアと別れた。
アスターの寝ている病室を出て、星王の間へと向かう。
廊下を一人で歩く。
星王の間に向かって、歩く。
自室の外を一人で歩くのは、いつ以来だろう。ベルンハルトらと出会ってからはもうずっと、一人で歩いていないような気がする。
……いや、一人で歩いたこともあったか。
ラナらに襲撃された夜だ。
私は、自室から従者の部屋辺りまで、一人で移動した。
しかし、あれは夜だった。だから、誰とも合わなかったように思う。
けれども、今は夜ではないため、侍女とすれ違うこともよくある。
「こんにちは!」
「あっ……こんにちは」
ふと気が向いたため、私は、元気に挨拶してみた。すると、通りすがりの侍女に引かれてしまった。
確かに、私はあまり陽気な方ではない。そのことは有名だ。だから、そんな私にいきなり挨拶をされて、彼女は驚いたのだろう。
慣れないことをするのは、ある意味難しい。
星王の間の前へ着く。
豪華さのある扉の近くには、警備の者が二人立っている。
二人ともがっしりした体つきの男性だ。かなり厳つい見た目をしているため、小心者の私は声をかけられない。
どうしよう……。
早く父親に会いたい。なのに、勇気がなくて会えない。
どうすれば。
そんな風に考えながら星王の間の前を彷徨いていると、警備の男が声をかけてきた。
「王女様、何をなさっているのですか?」
——う。
向こうから声をかけてきてくれたのはありがたいが、まだ心の準備ができていない。
「あ、えっと、父さんを探しているの」
「星王様を、ですか?」
「えぇ。今、部屋にいるかしら」
「いらっしゃいますよ」
あ、意外と普通。
厳ついのは見た目だけのようだ。
「入っても構わないかしら」
「はい。では、お開けしますね」
警備の者が、星王の間へと続く扉を開けてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう。助かるわ」
開けてもらった扉を通過し、私は星王の間へと入っていく。




