100話 雑草は根っこから
ベッドの上で眠るアスターは、意外に穏やかな顔をしていた。
幾本ものよく分からない管で機械に繋がれているにもかかわらず、単に眠っているだけ、というような寝顔である。
そんな彼の顔を、リンディアはじっと見つめていた。
何か思うところがあるのだろうな、と推測しつつ、私は彼女へ声をかけてみる。
「あの、リンディア」
「なーに?」
アスターの寝顔に視線を注いでいたリンディアが、体ごと私の方を向く。その時、彼女の表情は、明るさを感じられるものへと戻っていた。
「ごめんなさい」
「え?」
彼女は眉をひそめる。
「アスターさんまで巻き込んでしまって、ごめんなさい」
私の従者になっていなければ、アスターはこんな目に遭わずに済んだかもしれない。
そう思うと、胸が痛んで。
「ちょ、なになにー? 王女様ったら、いきなりどーしたのよ?」
「もう二度と悲劇を繰り返さないと、心に決めてはいた。けれど、またこんなことになってしまって……私、自分が情けないわ」
いつもはわりとでしゃばってくるベルンハルトだが、今は口を挟んでこない。自分が出ていかない方がいい、と考えてくれているのだろう。
「アスターさんがこんなことになったら、リンディアは辛いでしょう? それは二人共に迷惑をかけてしまったということで……だから、ごめんなさい」
私は王女だけれど、それはただ星王家に生まれただけのことであって、この命に他人の命以上の価値があるというわけではない。
「痛かっただろうし、怖かっただろうし、アスターさんには酷いことをしてしま——」
「なーに言ってんのよ!」
「……リンディア」
「いい? アスターは王女様じゃないのよ。護られる側の人間じゃないの。負傷することくらい、慣れてるわ!」
リンディアははっきりと述べた。
「まーずは、任務を達成すること。それが一番なのよ!」
しっかりした口調だ。
「けれど、刺されて……」
「刺されたくらいじゃ死なないわよー」
「毒も……」
「対処すればどーにかなるわー」
リンディアは、私の発言に相応しい返しを、スピーディーに放ってくる。
「えっと……大丈夫なの?」
「とーぜんよ!」
「気を遣っているわけではなく?」
「そりゃそーよ! いくらあたしでも、さすがに嘘はつかないわー!」
リンディアは、あっけらかんとそんなことを言いながら、笑みをこぼしていた。
爽やかと明るいが混じったような表情だ。
「さ。それより、次のことを考えましょー」
その時になって、ベルンハルトがついに口を挟んでくる。
「それが賢明だな」
すかさず入ってきた。
やはり、話を聞いてはいたようだ。
「襲撃者をぷちぷち潰していったところで、イーダ王女が狙われることに変わりはない。雑草は根っこから抜かなければ意味がないのと、同じようなものだ」
「そーねー。ま、例えがちょっとおかしーけど」
仕掛けてきた敵を順に倒していくだけでは何も変わらない、ということは、素人の私にも理解できる。
「シュヴァルが真の敵であることを明らかにし、その上であの男を倒せば、すべて終わりだ」
「ちょっと、ベルンハルト」
「何だ、イーダ王女。他に何か作戦があるのか」
「シュヴァルはリンディアのお父さんなのよ。倒す、なんて言ったら、酷だわ」
リンディアとシュヴァルの関係は、父娘とはとても思えないものだ。しかし、それでも、「シュヴァルを倒す」なんて言われれば、良い気はしないだろう。
仲良し父娘だろうが、疎遠寄りの父娘だろうが、血の繋がりがあることに変わりはないのだから。
——そんな風に考えていたのだけれど。
「あたしは酷とは思わないわよー」
リンディアはケロッとしていた。
私の想像とはまったく逆だ。
「それじゃーあたし、もう少ししたら吐かせに行ってくーるわ」
「吐かせに……って? 胃を押したりするの?」
「やーね、違うわよ! ラナとミストを取り調べて、情報を聞き出してくるーってこと!」
なるほど、そちらだったのか。
「では僕は、フィリーナを捕まえてこよう」
「どーしてよ?」
「メインで襲ってきたのはラナともう一人の女だが、フィリーナも荷担していた。襲撃者に協力した者は、襲撃者側の人間に違いない」
淡々と述べるベルンハルト。
その瞳は、定規のように真っ直ぐな視線を放っていた。
無論、その視線の先にいるのはリンディア。
「アンタって……案外過激じゃなーい?」
「捕らえるだけだ」
「敵にはよーしゃないのねー」
リンディアが言うと、ベルンハルトは視線を床へ落とす。真剣なことを考えているような顔だ。
それから数秒ほど経って、彼はしっとりと発する。
「そうするように習ったから。それだけだ」
ベルンハルトは過去を懐かしむような目をしていた。
「へーっ。アンタがいたとこって、けっこーきっつい世界なのねー」
「外に比べれば、厳しいところだ。だが、生まれた時からそこにいたならば、さほど厳しいとは思わない」
「ふーん。ま、何でもいーわよ」
リンディアはガタンと椅子から立ち上がる。
「じゃあ動きましょーか」
「そうだな」
「行ってくるわねー」
手を振りながら、リンディアは部屋から去っていった。
彼女とて無傷であったわけではない。多少毒も入っている。にもかかわらず、彼女はいつもと変わらない足取りだった。
こうして、私とベルンハルトだけが部屋に残された。
アスターはまだ眠っている。ベッドの上で横たわり、少しも動かない。が、呼吸はしている。そのことを考えると、命を失ってはいないようだ。ただ、意識が戻らないだけなのだろう。
「ねぇ、ベルンハルト。アスターさん、ちゃんと治るのかしら」
ずっとこのまま眠っていたら——不安になって、私は発した。
「治ると言われているなら、治るのだろう」
「絶対、かしら」
「僕は医者ではない。それゆえ、絶対かどうかなど分かるわけがない」
確かに、それはそうだ。
絶対かどうかなんて、愚問である。
「ただ、アスターがそう易々と黙るとは思えないからな。数日もすればまた陽気に話し出すのでは、と、僕はそう考えている」
ベルンハルトはアスターのことを信じているようだった。
そうよ、私も彼を信じなくちゃ。彼は年老いているけれど、普通の年老いた人じゃないんだもの。
「……そうよ。そうよね!」
悪くばかり考えるのは、もう止める。これからは、前向きなことを考えていこう。




