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背反のバンパイア  作者: タロウ
2/2

目覚め




獣肉が積まれた荷車を引いて山道を歩きながら、ポポイは青空を見上げた。

今回は晴れで良かった。

前回当番だった時は突然雨が降り、車輪がぬかるみに取られて大変な思いをした。

ポポイの村では月に数回、持ち回り制で決められた村の代表が隣村と物々交換を行なっている。

荷車に積まれた獣肉は、ポポイの村が狩りで得た獣肉の一部である。

ポポイはその獣肉を、これからハンの村が育てている穀類と交換する予定であった。

日が昇ると同時に村を出たが、太陽は既に真上にあった。

もう少しで到着だ。

やっとハンの村の入り口が見えて来た。

ポポイは足取りが軽くなり、車輪のガラガラという音が大きくなる。

自然と笑みがこぼれた。

だが村の目前まで来たところで、その笑みは消え急速に青ざめた。

普段はハンの村人が入り口で、よぉポポイ待ってたぜ、はるばるご苦労さん、等と言って出迎えてくれる。

だがその日ポポイに出迎えは無く、村の入り口には干からびた無数の死体が散乱していた。



※※※※※※




目の前の少女は今確かに、クロエとそう名乗った。

自分を殺した吸血鬼が呟いた人物。

何が…どうなっている。

ただの偶然か。

あの吸血鬼の罠だろうか。

この可憐な少女が、あの恐ろしい吸血鬼と関係があるのか。

蘭徒は混乱した。

直後、遠くの方でガランガラン、という鐘の音が鳴った。

クロエの耳がピクリと音の方に向く。

「何かあったのかな?」

クロエは小声でそう呟いた。

「今のは?」

「なんか村で緊急の集会があるみたい。」

クロエは立ち上がって玄関へと向かい、

「ちょっと行って来るから、蘭徒はゆっくり休んでて。」

と言い残して家を出て行った。

一人取り残され、混乱した頭で蘭徒は考える。

逃げた方がいいだろうか。

蘭徒は玄関に向かい、扉を開け外の様子を確認した。

太陽は西に傾いていて、日差しがやたらと眩しく感じ蘭徒は顔をしかめた。

クロエの家は少し小高い丘の上にあり、おおよそ村全体が見渡せた。

村は奥にある少し大きな家を除いて、同じような作りの木造の家が10軒ほど点在しており、中心には広場があり、そこに鐘のついた矢倉が立っている。

村は木の柵で囲まれ、柵の外は森で覆われていた。

村の出入り口を探してみると、一箇所だけ門があったが閉じている。

あそこから出られるだろうか。

そう考えていると、村の中心にある広場に人が集まっている様子が見えた。

さっきの鐘の音を聞いて集まっているのだろう。

クロエが向かっている様子も見えた。

もし、今自分の置かれている状況が罠にはまっているのなら、村人もグルの可能性が高い。

逃げるなら村人が集まっている今がチャンスだ。

しかし、異世界というものをまるで知らない自分が、逃げるとしてもどうして良いか分からない。

どうにか門を通るか柵を超えたとしても、その外は森である。

どこまで続くとも知れない森の中をさまよう気にはなれない。

太陽が沈んでしまえば方向さえ見失うだろう。

どうすればいい。

こんな時に誰かに相談出来ればいいのだが。

いや、出来るではないか。

クロエに出会ったショックで忘れていたが、何かある時は連絡するようにと、サミュエルから通信用の指輪を貰っていたのだった。

蘭徒はズボンのポケットを漁った。

覚えてはいなかったが、どうやらズボンの右ポケットに入れていたようだ。

蘭徒は指輪を嵌めてみた。

「蘭徒さん!」

突然頭の中にサミュエルの声が響き、蘭徒はビクッと驚いた。

「まさかいきなり謎の人物を見つけるとは!」

流石ですねとサミュエルは興奮気味に言う。

一体何が流石なのか。

「いや、あのちょっと落ち着いて下さい。」

「あぁ、私としたことが申し訳ありません。」

「ていうか知ってるんですね、そのこと。」

「えぇ、全部聞いてましたから。」

「聞いてた?」

「その指輪を通して、そちらの状況がこちらでも分かるようになっています。」

「…え。」

「指輪についている赤い宝石を通して、音や映像をこちらでも把握出来るようになっているんですよ。」

凄いでしょうとサミュエルは誇らしげに言う。

凄い…凄い嫌だ。

僕にプライベートは無いのか。

捨ててしまおうか。

「更に紛失してしまった時のために、持ち主から一定時間離れると自動的に帰ってくるという、素晴らしい機能もついております。」

…作った奴…ちくしょう。

まるであなたがいた世界のSF映画に出てくる道具みたいでしょう、とサミュエルは調子良く言った。

どちらかといとSF映画に出てくる道具ではなく、ホラー映画に出てくる人形についている機能だろうそれは。

「あの…もし聞かれたくないこととかあったら、機能をオフには出来るんですよね?」

「あ、それは出来ませんね。」

「え?」

「え?」

「じゃあ僕はトイレの時も寝る時も、何から何までサミュエルさんに僕の生活筒抜けなんですか?」

「勿論、24時間体制で見守ってますよ。」

………。

「作った奴!」

腹が立って、つい念じて声になってしまった。

「あぁ、作者を知りたいんですか?実はですね…なんとその指輪…私が作ったんです。」

いやぁ照れますねとサミュエルは言った。

言い方のせいで余計に腹が立つ。

先程まで饒舌だったサミュエルが急に大人しくなった。

へぇーサミュエルさん凄いですね。

とでも言って欲しいのだろう。

うざすぎる。

死んでも言うものか。

「ところで、これからのことですけど…。」

指輪のことを話していても仕方ないので僕は話題を変えることにした。

「僕はその…どうすべきしょうか?」

「私も考えていたのですが…クロエさんの近くにいて監視してみるのはいかがでしょう?」

「え!?」

「どうかしましたか?」

「どう考えても危険じゃないですか。もしかしたらあの吸血鬼の仲間かも知れないんですよ!」

「確かにそうかも知れませんが、まぁ今すぐ殺されることもないでしょう。」

「どうしてそう言いきれるんですか?」

「もし殺すつもりなら蘭徒さんがここで眠っていた間に殺していますよ。」

確かに言われてみればそうである。

それにクロエの表情に悪意は感じられなかった。

「そうそう、言い忘れていましたが、この世界では吸血鬼というのは世間的にあまり良いイメージがありませんので、蘭徒さんが吸血鬼というのはなるべく隠しておいたほうがいいかもしれません。」

「…そうなんですか。」

自分が吸血鬼であるということを忘れかけていたが、もう自分は人間ではなかったのだと蘭徒は少し落ち込んだ。

「そう落ち込まないで下さい。運が良いことに蘭徒さんは太陽の下でも平気みたいですから、あとは人前で無闇に力を使わなければそうバレることはないでしょうし。」

「そういうものですかね…。」

「血はなるべく動物から摂取するようにして…。」

「血!?」

「どうかしましたか?」

「いや、血を吸わないといけないのかなって…。」

「ご存知なかったですか?」

「いや…勿論映画や漫画では知ってましたけど…どうも抵抗があるというか…。」

「確かに突然そう言われても抵抗はあるでしょうが…せめて数日に一度は摂取して頂かなければどんどん魔力が衰弱してしまい、動くことすらままならなくなりますよ。」

「…普通に食事して生きていくことは無理なんでしょうか。」

「人間の食事が全く意味が無いとは言いませんが…なんというか、蘭徒さんは姿形こそ人間とあまり変わりありませんが、その体を構成しているのは全く別の物なのです。」

「別の物?」

「そう、今のあなたを構成しているものは水やタンパク質ではなく、殆どが魔素という物質です。つまり、生きていくのに必要なエネルギーが違う。ここまでは分かりますか?」

「なんとなくは…。」

「この世界では、魔素自体は木や植物、空気に至るまであらゆるところに存在します。勿論これまでのような人間の食事にも含まれてはいます。ただ蘭徒さんの場合、その程度の魔素を摂取するだけでは到底足りません。そこで必要になってくるのが、膨大な魔素が含まれている物質、血液です。」

「なるほど…。」

「ただ気をつけて頂きたいのは、相手に牙を直接突き刺して血液を摂取する際は絶命するまで吸血を行なって下さい。」

「それは、どうしてですか?」

「詳しく説明すると長くなりますので簡潔に説明しますが、吸血鬼が吸血を行う際、吸血鬼化を行う特殊な魔素が流出します。この魔素は血を吸われた箇所からウィルスのように全身に行き渡り吸血された側も吸血鬼となってしまうのです。」

つまり、吸血する場合は中途半端に生かしてしまってはいけないということか。

他人の首筋に牙を突き立て、息絶えるまで血を吸い上げる。

考えただけで気分が悪くなる。

そんなおぞましい行為、自分には出来ない。

そんなことが平然と出来る存在になりたくはない。

急に黙った蘭徒の気持ちを察してか、サミュエルはこう続けた。

「まぁ、人間を襲わずとも何か別の方法で血液を手に入れればいいですし、人間の血液には到底及ばずとも、他の動物の血液にも魔素は含まれていますので…丁度いいことにこの辺りは森で囲まれているので、森に生息する動物を狩ってその血を摂取すれば特に困ることはないでしょう。」

「そんな狩りなんて、やったことも見たことすらないですよ。」

「今の蘭徒さんの力を使えば狩りなんて遊びのようなものですよ。」

「力?」

「吸血鬼の力です。そういえばまだ一度も使ったことないですね。」

「いやまぁ使うと言ってもどう使えばいいのか…。」

「では試してみましょう!…とは言っても陽の当たるここでは使えませんので一度室内に戻って…。」

サミュエルがそう言いかけた瞬間、蘭徒は突然どさりと右側から体勢を崩し、地面に膝をついた。

「急にどうしたんですか?」

「いや、急に右足に力が入らなくなって…!?」

「うわぁああああ!」

咄嗟に右足に目をやった蘭徒は思わず悲鳴をあげた。

赤いぬめぬめとした触手のようなものが蘭徒の右足首に巻きつき、小さく脈打っている。

「なっ!?」

サミュエルを突然の自体に言葉を失った。

蘭徒は悲鳴をあげながら、なんとか右足に巻きついた触手から足を引き抜こうと踠いている。

しかし、触手はさらに力を強める。

「うわぁああ!」

蘭徒は錯乱した様子で近くにあった大きめの石を振りかざすが、強固なゴムでも打ちつけるかのように弾かれた。

それでも蘭徒は何度も打ち付ける。

「蘭徒さん!後ろ!後ろに斧があります!」

蘭徒は背後に視線を向ける。

1メートル程先に薪割り用の斧が切り株に打ち付けてあった。

蘭徒はなんとか手を伸ばして、斧に手をかける。

しかし、硬く突き刺さっていてなかなかひき抜けない。

蘭徒は両手で全身に力を込めなんとか斧を引き抜いき、その勢いのまま斧を触手へ叩きつけ切断した。

触手は切断面から水を出して暴れるホースのように鮮血を撒き散らして地面へと帰っていった。

蘭徒は急いで足に巻きついていた触手を解く。

良く見ると触手の先端が足首に深々と刺さっていた。

「うわ!」

蘭徒は驚いて触手を引き抜き、地面へと叩きつけた。

びちゃりと音を立てて管に残った血を吹き出す。

「大丈夫ですか!?」

「はぁ…はぁ…なんなんですか!?今のは!?」

「私にも分かりませんが…何かしらの攻撃を受けていたのは確かです。」

「傷口は痛みますか?」

「いや、不思議と痛みはないんですけど…力が入らなくて…。」

「…血を吸うと同時に麻酔のようなものを流し込まれたのでしょうか。」

「とりあえず室内に戻りましょう。」

「は、はい。」

蘭徒はなんとか立ち上がって、動かない右足を引きずり玄関の前に立った。

その瞬間、蘭徒の背後からボゴン!という大きな音が鳴り咄嗟に背後を振り向いた。

蘭徒の顔がみるみる青ざめる。

先程触手が出ていた地面がえぐれ、奇妙な生物が這い出てきた。

その生物は一見大型犬のような見た目だが体毛は無く、背骨から長い棘が生えている。

長い牙をむき出し、隙間から長い舌をチョロチョロと出している。

異常に大きく赤い目からは蘭徒に対する敵意が注がれていた。

「チュパカブラ!!」

蘭徒の頭の中にサミュエルの声が響く。

「え!?」

「あれはチュパカブラという怪物です!先程の触手は恐らくチュパカブラの舌でしょう!」

「チュパカブラってあの都市伝説に出てくる…。」

チュパカブラはギィィィイイイイイイイッ!という異様な雄叫びを挙げ大きく口を開けた。

「蘭徒さん!避けて!」

サミュエルの声がそう頭に響いた瞬間、チュパカブラはその長い舌を伸ばし矢のように飛ばして来た。

「うわああああ!」

蘭徒は驚き、力の入らない右足のせいでバランスを崩して尻もちをついた。

グサッ!

蘭徒の頭上数センチ上をチュパカブラの舌がかすめ、背後の扉に突き刺さる。

蘭徒は戦慄した。

あれが直撃していれば…。

チュパカブラは舌を戻して再度奇声を上げた。

「蘭徒さん次に備えて!」

蘭徒は立ち上がろうとするが、恐怖と痺れた右足のせいで立ち上がることが出来ない。

チュパカブラは低く身構えると、今度は蘭徒へ一直線に突進してきた。

まずい。

蘭徒は咄嗟に腕をあげ身構えた。

次の瞬間、強烈な衝撃が蘭徒の全身に走る。

ベキベキと両腕と肋骨が折れる音がした。

蘭徒の体は玄関の扉を突き破り、部屋の壁に叩きつけられた。

そのままうつ伏せに倒れ込む。

「蘭徒さん!生きていますか!蘭徒さん!」

サミュエルの声が頭に響く。

なんで…。

なんで自分ばかりこんな目に…。

蘭徒は倒れた姿勢のまま正面を見上げた。

部屋は暗く、部屋に注がれる逆光が玄関に立つチュパカブラの黒いシルエットを形作っている。

結局…死ぬのか。

なんのために異世界に来たのだろう。

チュパカブラがじゅるりと音を立てて舌舐めずりをした。

また、血を吸われて殺されるのだろうか…。

チュパカブラは再度体勢を低く構えた。

また、現世と同じように何も抵抗出来ず、おもちゃのように蹂躙されて死ぬのか…。

「…ふざ…ける…な。」

蘭徒はよろけながらも、壁を背にして立ち上がる。

チュパカブラは口を大きく開け、蘭徒に襲いかかる。

「蘭徒さん、危ない!」

チュパカブラの牙が蘭徒を襲おうとした瞬間、蘭徒は折れた腕でチュパカブラの頭を鷲掴みにした。

「ふざけるなよクソ犬…。」

ギュイエエと鋭い奇声がチュパカブラから発せられた。

鷲掴みにしたチュパカブラの頭からミシミシと骨の軋む音がする。

「調子に…。」

蘭徒の指がチュパカブラの皮膚に食い込む。

「乗りやがって!」

そう言って蘭徒は親指をチュパカブラの眼球にスライドさせ、そのまま突き刺した。

「ギュイエエエエエエエエエ!」

チュパカブラはあまりの痛みに悲鳴をあげ、蘭徒の眉間めがけて舌を発射した。

蘭徒は首をもたげなんなく回避する。

「そういうのもあるんだったな。」

蘭徒はチュパカブラの頭を鷲掴みにしたまま、もう一方の手で下顎を掴んで引っ張り、ガコン!と顎を外した。

「鬱陶しい。」

チュパカブラの喉元に腕を突っ込み、根元から舌を引きちぎる。

「ヒギュエエエエエエ!」

絶叫と共に大量の血を吐きながらチュパカブラはジタバタと手足をバタつかせた。

「いい加減黙れよ。」

蘭徒はチュパカブラのこめかみへ向けて拳を振るう。

ぐしゃりっという音と共に拳がめり込み、足掻いていたチュパカブラの手足はだらりと弛緩した。

めり込んでいた拳を引き抜くと、手はチュパカブラの血で真っ赤に染まっていた。

それを見た瞬間、ドクンと鼓動がなった。

錆びた鉄のような血の匂い。

蘭徒の頭の中はその香りに支配された。

蘭徒の瞳孔が開く。

呼吸が浅くなる。

これが、血。

唾液が口内に充満する。

体が血を求めているのを感じた。

なんて美味そうな匂いだろう。

真紅に染まった手のひらを見つめる。

湧き上がる衝動を抑えきれない。

この血が欲しい。

チュパカブラの首筋に脈打つ動脈を見つける。

蘭徒は唇をその動脈に近づけて牙を突き立てようとした。

その瞬間、ズドッという音を立ててチュパカブラの脳天を後ろ側から矢が貫いた。

その一撃でチュパカブラは大きく一度痙攣し、完全に息絶えた。

「大丈夫!?蘭徒!」

澄んだその声で蘭徒は我に返る。

掴んでいたチュパカブラを放し、声の方に目をやると、そこには弓を構えたクロエの姿があった。





























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