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神殿の中で一番大きな部屋、というか屋根のある広場? 噴水なんかも設置されている場所なんだが、その一番奥で中年男が困ったような表情で相対する爺さんを宥めている。
どうしてもぴちぴちぎゃるになりたい爺さんが顔を真っ赤にさせて地団駄を踏んでいた。何これ、いつまで見てたら良いんだろう。
爺さんの後ろには、順番待ちをしている列ができている。
だいぶ迷惑だと思うんだけど、向こう五人くらいまで心配そうな表情をしているのみだ。ここはどういう人種が集まる所なんだ。普通はもっと迷惑そうにしていたり、怒っても良いと思うんだけど。
ローブの神官さんが爺さんに向かって口を開く。
「先程、貴方に神託がおりました。貴方が転職することは神の御技を持ってしても難解であると」
「なんじゃと!?」
「しかし、方法がないわけではないようです。ビヨー、セイタイ、という方法であればなんとかなるようです」
ちょっとまて。
「なんじゃそれは! どこに行けばええんじゃああぁ!!」
「少々お待ちください」
え、ちょっと待って!
もしかして私の思考はダダ漏れですか!?
うおおおぉい、まさかの神託に勘違いされたよ。でもまたしてもニアミスしているようだ
ここは適当に言いくるめて、爺さんを退散させるべきか。
長丁場になるとしても、効率よく行くには多くの人をさばききる必要がある。
「……神はこう仰っております。修行を積めと。熱意は認めるが、それだけでは転職させるわけにはいかないと。まずは、伝説のウサギさん衣装を探し出し、持参しなさいとのことです」
「お、おぉ……」
何やら呟き、ふらついたと思ったら、支えようと身を乗り出した戦士風の男の手を回避し、そのまま脱兎の如く後方へ走り出す爺さん。
出入り口まで一足飛びに駆け抜けると、そのまま広場の外へ駆けだしていく。とはいえそこも神殿内、爺さんの動きは捕捉できる。後を追い掛ける気はありませんが。
「……申し訳ございません、皆様」
そこで、神官のおっさんが集まった人々に向けて声を張り上げた。
「本日はここまでです」
「はぁ?!」
「ああ、そうですか……」
「ざっけんな、どれだけ待ったと思ってる!」
「どういうことよ!!」
怒り半分、諦め半分か。
その場に居る転職を希望する面々がそれぞれのリアクションを取った。こんな所でコールアンドレスポンスを見るとは思わなかった。
「神の声が途切れました。今から祈祷を行い、降神の儀を行います。儀式が終わるまでは、転職はできません」
うおっと、そういう仕組みかよ。
それでもまだブーブー言う人達はいたが、戦士風の男や歴戦の勇士、いかにも冒険者って風体のいかつい男達が揃って神官さんの言葉に従い、なおかつ文句を言う人達を排除していた。
ふーむ、これがいつもの光景って事だろうか。ある程度のシステム化がされていると見たら良いか。ローカルルールができあがっている。
「はぁ……」
周囲から人目が消え、神官さんがため息をついた。
「神よ、いかがなされたのですか。随分と、その、性格が変わられたような……」
あ、それ私です、すみません。
どうやら建物の声を神託と勘違いをしているようであるが、普通はわからないですよね。私だって気付くことはないと思う。
でも、任務のことを考えたら神の声ってことにしておいた方がやりやすいだろう。
「……え、勇者がいずれ現れると。それは真でしょうか!」
テレパシーのコツは、言葉を神官さんに届けたいかで変わるようだ。
一番最初のツッコミが届いたのは奇跡か強い思いだったからだろう。自分でもビックリするほど杜撰な考察ではあるが、それ以外の推察などしようがない。だって竜物語をプレイしてるときからツッコミ入れてたし。二番煎じのじじいを見たときはひどくガッカリしたし。
それはさておき、だ。
まずはこのおっさんを手足として動かせるよう、テレパス練習をしようじゃないか。
「はい? ……はい、分かりました。私の考えることを声に出せば良いのですね」
そうそう、そうしないと何考えているかまでわからないし。
いや、目の動きとか体のどこに力が入ったかとか、総合的な動きや音の出し方で察することはできるんだけどさ。面倒だし、なにより小汚いおっさんを観察し続けたくない。
「え、わ、私はそんなに汚いでしょうか……」
こりゃ要特訓だわ。
肩を落とすおっさんとの話を打ち切り、体内、室内……神殿内? の各部屋や施設を把握するため、あちこち目をこらす。
なんと風呂は大きめの浴場が存在していた。外の山から源泉を引っ張っているらしく、湯治もできると人気の公衆浴場だ。
男湯と女湯に分かれており、もちろん両方とも覗ける。
だが、女風呂では湯けむりと謎の光が邪魔をして裸体を拝めなかった。ちいぃっ! 私は女なんですけどぉ! 人間形態の時よりガードが堅い視界てなんなんだよ! くっそぅ、ナイスバディっぽい美女が二人居るんだけどなぁ!
さて、おっさんも風呂に入ってきたから別の場所を確認しよう。
風呂に続く部屋は脱衣所、そこから廊下は左右に伸びており、右手に進めばロビーのような広間。その向こう側に正面玄関と広場に続く回廊だ。
逆方向を行けば中庭への出入り口と宿泊施設。転職できるようになるまで時間がかかることも多いらしく、宿屋が併設されている。無料のござ敷きの大部屋から、お高めのシングルルーム、相部屋、少し割安な中部屋。どこも満員のようだ。
周辺には武器、防具などの店から定食屋、衣料品店、道具屋、書筆屋、郵便局、鍵屋、占い師などなど、生活に必要そうな店から便利屋まで一揃いしている。
連なるように外にも店があるから、ここが商業区域って思って良いんだろう。
広場方面は、従業員用の施設かな。
それぞれの私室、調理場、物置、祭事品保管室、その他諸々。広場の奥の方には秘密の小部屋、というか特別催事室か? 祭壇が設けられ、逆立ちした神像が柱の代わりに天井を支えている。
全て偶像ではあるものの、配置に悪意を感じるのは私だけだろうか。
まあいいか、何かしらの意図があるんだろう。
また、広場に通じる回廊の玄関に近い方には細い廊下があった。
こっちはなんだ辿ってみたら、あれだ、緊急用の転移陣? 狭い部屋だけど、どこかから転送できるようにか魔方陣が部屋の中央に鎮座していた。埃を被っているので、しばらく使われていないようだ。
いや、それ肝心なときに発動しないんじゃね? 神殿の掃除は巫女さん達がするはずであるが、手が行き届かないのか、忘れ去られているのか。扉で遮られているが、封をされているわけじゃないんだけどな。
とまあ、そういった感じの建物であると把握した。
あれだよ、自分の手足の状態を確認したりする、あれと同じ事をしたってだけだ。
うん、違和感しかねーわ! 建物になんてなったことないからね! 自分の中に別の人間が入り込んで生活してるってちょっと経験できないようなことだからさぁ!
後でアルバートさんには文句を言っておこう。いくら人間以外を希望するとは言っても、これはやり過ぎなんじゃないですかね。
それにしても勇者か。
そもそもの定義からして危ういんだけど、転生者を安易に勇者に任命して大丈夫なんだろうか。そいつが悪人だったらどうするのさ。それだったらもっと世界が混乱してるかな?
まあ、なんにせよ、まずは神官さんが風呂から上がってからだ。
って、待て建物の視線、勝手に男風呂に照準を合わせ……うわああぁぁぁぁ?!
いつもお読みいただきありがとうございます。




