21
私の部屋として宛がわれたのは、主寝室と扉続きになっている部屋だった。
メルディナちゃんもお引っ越しするらしい。学園寮と変わらない配置だねやったぁ。うわぁ。
「ところで、私はグリーディと申します」
部屋に案内されて内装を見てうわぁうわぁしてた私に向かって老紳士が丁寧に自己紹介をしてくれた。
ハッとして膝をつく。
「大変失礼を致しました。私はリシア=カルディアです。リシアとお呼び下さい」
「……よろしいでしょう。お立ち下さい、貴女は主人の小間使いであると同時にメルディナお嬢様のご友人です」
謝罪は受け入れられたらしい。
ほっとして立ち上がり、改めて室内を見渡す。
部屋の隅に藍色シーツのベッド、衣装入れがひとつ、書き物机にはインク壺、ペンに便箋がワンセットで置いてある。来客用だろう椅子が二脚。それとは別に背もたれのある木の椅子が机の前にひとつ。
壁紙が貼られているのか壁面はベージュがかった白だ。明かりは乏しく、大きめに取られた窓からの陽光で室内が照らされている。天井は、まあ、少し低く感じる。床は木のタイル。溝の掃除が大変そうだ。
総じて、コンパクトかつ機能美を兼ね備えた一室ってところか。こうまとまっているといっそ清々しい気分になる。ようは気に入ったってことね。
「しばらくはお嬢さまの執事代わりともなるでしょう。よく勤めてください」
「はい、ご指導賜りたく存じます」
「ふむ……なるほど。お時間はありますかな」
「グリーディ様こそお時間はございますか?」
「よろしい。ではリシア、しばし失礼しますよ」
年下の、雇われたばかりの小娘に対する態度ではないな。生来物腰柔らかということかもしれないが、それにしたって丁寧だ。もうちょっと乱暴でも気にしないのに。
部屋の奥の方に設置されている椅子に腰掛けるロマンスグレー。対面式に置いてあるもう一脚の位置をさりげなく調整して、下座が明確な位置に陣取る。
老執事はひとつ頷いた。
「ではリシア、貴女が主人に申し上げた事についてです」
「はい」
この人は歯に衣着せずに話してくれるようだ。その方がありがたい。
しかし内容的に、かなりやべーこと話すことになるだろうから、言葉には気を付けないと。信用なんてされてないだろうし。
「ふむ……イズイナート様は特異な、いや器用な方で、何事もひょいやってのけてしまうのです。それこそ、私の手など必要ない程に」
いきなりナゾナゾだった!
えー、えー、執事の手を煩わせずなんでもやっちゃうって……家事や社交の補助もいらなけりゃあスケジュール管理も財産管理も治政もやりこなせるって事ですかね。
あー、表も裏も関係なく全部やっちゃうって事? そりゃ、あまりにも……。
「すごい、ですが危険、ですね」
「つまり、主人が貴女に期待したのは、言葉の通りではないのです」
くっそ、第二問が出てきた!
私が暗に提案したのは汚れ仕事や裏の仕事を引き受けまっせ、って事だ。机の破壊と寮の破壊で、結局のところ目的を達成した。
正攻法ではいけないところも裏技で切り抜けようという小賢しさにおいて、年の功に勝るものはない。今からそれを請け負うから、メルディナちゃんが成人する頃には立派な使用人になってますよってアピールしたわけだ。
うむ、そうか。
メルディナちゃんが大人になる頃は、まだ公爵は存命であるって事か。
隠居したとしても着任中の影響力はそのまま残るようなもの、私程度が今から上流階級に食い込もうたって上手くいく保証はないし、それならば公爵自身が動いた方が望む結果が得やすいだろう。
「……普通に、メルディナ様のご学友として過ごすことを望まれている……?」
「近いですな。学友であり、懐刀であり……メルディナお嬢様の、一番の理解者であってほしい、ということです」
ほぉー?!
ううん……あの短いやり取りでそこまで見抜けんぞ普通は!
このじいさ、ロマンスグレーやりおる。
「メルディナお嬢様の境遇は聞いておりますか」
「ええ、少しですが。愛人の子であると。部屋も拝見いたしました」
「しかり。そして彼女は末裔です。イズイナート様は性交にほとんど興味がなく、ともすれば寝室に仕事を持ち込む有様。それが災いしましてな」
そこで言葉を切る老紳士。
派生して考えられるのは、正妻が浮気したとか仕事が原因で離婚したとかだろうか。個人的には実は少年趣味だっていうのを推したい。この夢が膨らむ言葉の切り方よ。
「大体は想像できました。奥方様はさぞ悔しい思いをされたでしょうね」
「左様。御子が一人できただけでも奇跡なのです」
実は受かもしれない。
ならサンドイッチしたら上手くいくんじゃねーの。
「その大切な血筋に仕えたいとの申し出、普通であれば処断されてもおかしくない所です。今回特別に許されたのは、偏にメルディナお嬢様のお心を慮ってのことでしょう」
え、ん? どういうこと?
あれか! メルディナちゃんが私にべったりっていう報告が上がってるのか!
それにイズイナート邸にも同道したし、執務室にも同行した。娘が信頼を置いている、というか依存する勢いで懐いている、だからしばらく様子見してやろうって事か。うん、確かに私の売り込みは完全無視だわ。
「メルディナ様にお仕えする事に許可を出した時点で、そういう事だと考えが及んだわけですね」
「ふむ、その通りですな」
言って、にんまり笑う老紳士。
すぐにその表情をひっこめたけれど、こっちとしては正直舌を巻いた。
そもそもの雇用理由の通達と期待される役割の伝達、それから執事、使用人としての心得を一挙に教えられたわけだ。
他称天才公爵の専属執事だもんな。そりゃそれくらいできるわ。え、同じ事をできるようになれっての? 無茶です。
「さて、それでは私はお暇しましょうか。ああ、リシアはメルディナお嬢様ついていて下さい」
「はい」
使用人だったら家事手伝いをすべきなんだろうけど、公爵もグリーディさんも公表する気はないらしい。
ということは、私はお嬢様の客人として振る舞えば良いって事か。振る舞えるのか? この部屋の間取りで……。
ああ、つまりメルディナちゃんの部屋に引きこもれって事ね、了解です。
引っ越ししてるだろうし手伝いに行くかなぁ。暇だし。
それにしても、メルディナちゃんはこの屋敷の他の使用人にはどう思われてるんだろうか。それによっては態度ってもんを考えなければならない。
……やっぱこんなとこ来なきゃ良かったかも。
それから数日、客人として過ごしがてらコックに料理の基礎を叩き込んで過ごした。
いや、そんなに手荒なことはしてない。メルディナちゃんに請われて一品作ったらそれを見ていた料理人に褒めちぎられて弟子入りを考えてるとか言われたから心を鎮めるために下拵えのコツを伝授した。
あとは揚げ物メインで料理を少々。パン粉使ったヤツと天ぷらを同じ食材で揚げて食べ比べして貰ったりとか。素揚げもしたかな。まあ、料理って程の手間がかかるもんじゃないけど。
同じくチーズフォンデュも試してみた。とろとろになるチーズがあったらやらなきゃでしょうよ。ついでにパンピザも作った。余り物を載せて焼けば良いから、まかないにうってつけだって事で好評だった。
あとでこっそり聞いたところでは、公爵様が夜食にと希望してきたらしい。そりゃうまいもんなぁ。でも食べ過ぎると太るから気を付けていただきたい。
そんなこんなで、寮の修復が終わったとのことで学園に呼び戻される運びとなった。
学園の休みが被ることもあり、三日後に復学って事で夜食用のヘルシーレシピを料理人に伝授していたら、グリーディ執事が探しているとの伝言を彼の部下から承った。
学園生活を送る上での心構えでも教えて貰えるんだろうか。そりゃそうか、未来の公爵家、国家の主要格が二人もいるんだもんな。
話は客間でするらしい。
ついでにマナーでもご教示いただけるのかと考えながら、リシア辞書にて社交の項目を検索しつつ呼び出された部屋に入る。
重厚な扉の先は、焦げ茶の木壁に窓は小さく、代わりに人工の明かりが煌々と煌めいている小部屋だった。室内の家具の色は黒かそれに準ずる落ち込んだものばかりで、この部屋がいかにも秘密めいたものであると惜しげもなく表現している。
その中で対面して座るのは、見たことないじいさんとグリーディさん。私は老執事の後ろへと移動した。
「遅くなり申し訳ございません。リシアです」
「リシア、この方に見覚えは」
「いえ……?」
まったく知らん。
いや待て、私が知るはずがない。リシア辞書に該当する項目がもしかしたらあるかもしれない。
失礼にならない程度に皺の刻まれたじじいの顔を見る。全体的に灰色がかってくすんで見えるが、目の色がピンクっていうのはだいぶ特徴的だ。
「あっ……!」
思わず声が出た。
有能リシア辞書には、当然この人のことも載っていた。
っていうか、知らない方がおかしい。
「お、叔父さま……」
「思い出してくれたか。それにしてもリシア、快挙じゃないか」
ニコニコと人の良い笑みを浮かべるこの初老は、カルディア本家の叔父だ。リシアちゃんの嫁ぎ先、というか売られ先だ。
金払って商品が届かないから回収に来たのか? いやいや、こんなおっさんのところに行くなんて嫌だよ。可愛げねぇもん。
「公爵家のお嬢様と仲良しとは! だからあいつも、私の家にリシアを寄越したのだな。自分の手元じゃ、公爵家のお嬢様と娘がお付き合いするなんて畏れ多い事だからな」
このおっさん、私を引き込もうとしているのがみえみえ過ぎて逆に怖くなる。
おっさんに売られたのはメルディナちゃんと仲良くなる前のことだ。それに金のためならなんでも売る父親がそんな殊勝なことを考えるはずがない。
つまりこのおっさんは、使える駒だから揉み手で歓迎する、そう言いたいんだろう。
そしてリシア辞書はどうにもヤバい項目を引っかけた。どこでどうやって知ったのかはわからないが、この叔父こそが魔族に娘を生け贄に捧げる貴族ってヤツだった。マジかよ、本当にいるのか。
さすがに詳細までは知識になかったので、本物の魔族がいるのか魔族を召喚するためにやっているのかまでは判断がつかない。どっちにしろろくなもんじゃねぇけど。
「リシア、貴女は叔父に引き取られる予定だったのですか」
「……はい」
嘘をついても無駄だ。正直に答える。
あれ? でもその事って知ってるよね?
「なるほど。カルディア殿、リシアは既に我がイズイナートの者です。彼女を買い取ったのと同じだけお支払いしますので、お引き取りを」
う、うおお……!
かっこいい……!
やはりおっさんはこうでなくては!
「き、君は卿では」
「主人より言付かったことにございます」
一歩も引かない!
強い意志を見て取ったか、くすんだおっさんがこっちを見てくる。
私だってひかない。
じっと見てくるから、気持ち目に力を込めて睨み返す。
何かを言いかけたカルディア卿は、口を閉じて頭を振った。
「本日は失礼いたしまし……」
「出口まで送りましょう」
あれよあれよと連行されていく叔父さま。
もう二度と会いたくない。というか会うこともなかろう。
半分寝ながらで途中おかしいかもしれません
いつもお読みいただきありがとうございます。




