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やっぱり人間の身体の方が便利だ。でも不便だ。
いや、人間以外になったことがあるという過去を持っていることがまずおかしいんだけど。
そんなこんなで、とある空き教室。私はアカネちゃんと並んで座っていた。床に直接。
貴族位のすることじゃないよね、でも私は庶民だから平気。あとアカネちゃんも。
成績優秀な子女として、男爵家の養子になったんだって。元の出は小商家の使用人らしいから、大出世だ。
「……それで、なぜかトントン拍子に入学も決まって。学年最優秀にもなったんです」
というか、創立以来の秀才って触れ込みじゃないの。
創始者の生まれ変わりっていわれるくらいの成績らしい。
「それが気にくわないのか、絡まれるようになって……今まではそれほどの被害ではなかったんですけれど、今日のはさすがに……」
嫌がらせが体をなしてなかった。
やっぱあんな程度じゃ駄目だよねぇ。
「イズイナート様の罵倒なんか、無理してるのが丸わかりで可愛くて。むしろご褒美でした」
こいつやべぇな。悟りを開いてやがる。
適当に相づちを打てば、やっぱりわかりますか! と勢い込んで掴みかかってきた。痛いからやめて。
「元々愛らしい方なんですが無理して人をおとしめる言葉を探して口にすれば自分が傷ついたような顔をしてそれに気付かれちゃいけないとあの身長で精一杯の見下し目線と傲慢な表情を作っていてそりゃもう可愛くて可愛くてあんな妹が居たら良いなぁって生意気に見えて純粋で小動物みたいなああもう愛おしいっ!!」
落ち着け。
わかったから落ち着け。
いや全然わからんけど、とりあえず落ち着け。
なだめるように肩を押しやれば、自身が何をしたか思い出したのか、ぱっと頰を染めて飛び退いた。
そのまま両手で頰を覆って、いやいやするように身を捩る。相当恥ずかしかったらしい。
「失礼しましたっ。カルディア様ならそんなこととっくにご存知で、更に上を行きますよねっ」
いや待って何その誤解やめて!
「あ、アカネさんがメルディナ様のファンだということはよくわかりました……」
「だって愛らしいじゃないですか!」
可愛いものには目がないのかな?
つーか君の性癖はどうでも良いんだ。勢いに押されてしまったけれど、本題を思い出したので質問する。
「ランディアル様のことはどう思っているのですか?」
「話が飛びましたね……そうですね、正直目障りです」
お、おう。
あまりにも正直すぎる感想にびびった。冷静諦観系ヒロインかな。
でも確かに、毎日あんなのは嫌だな。変に目立つし。その割に良いことないし。収支が合わない。
「ですが、彼はあれでも公爵家の人間ですよ」
「だから余計に面倒ですよね。粗相をしたら家ごと吹き飛ばされるんじゃないかって気が気じゃないですよ」
小市民仲間を見付けた!
って、そんなことを喜んでいる場合じゃないわ。
「なぜ、気に入られたか、心当たりはありますか」
「さあ? 成績くらいしか思い浮かびませんね。唐突にやってきて、困っていることはないのかって話し掛けられたので」
うん? 本当に唐突だな。
成績に関しては噂を聞いていたのかもしれないけれど、そこへ来て困ったことがないかと聞いてくるとは。お前が困ったヤツだよ。そう言い返せれば気楽だけど。
「言ってはなんですが、私はこんな見た目ですし……ブス専なのかと思ったんですが、だったらもっと相応しい子もいますし」
可とも不可とも言えない容姿だからなぁ、アカネちゃん。さりげに毒舌入れたな。
あ、そっか。
「だからメルディナ様に憧れるんですね」
「そうなんです! あの可愛さは爆発魔法ですよ!」
それはわからん。
どっちかっつったら浄化魔法じゃない? あ、それだと私は確実に死ぬわ。っていうか、尺度が魔法って。独特だなそれ。
「あの、それで、カルディア様はイズイナート様のそばにいなくて良いのですか? こんな大変なときに」
「ああ。それよりも、アカネさんの事が心配でして」
「私の、ですか?」
「はい。今回のはさすがに色々と度を超しておりますから」
「ああ、そうですね。ランディアル様がしゃしゃり出てくるとか、慰めるつもりで肩を抱いてきたりとか邪魔ですね」
容赦ないな。
嫌ってるんじゃね? これ。
「カルディア様、その、ランディアル様なんとかなりませんか?」
んー、なんとか……なんとかねぇ?
なんでもいいならなんとかなるけど、あまり乱暴だとこっちの隠れミッションが成功しなくなっちゃうからなぁ。さすがに海に沈めるとかはできないよ。
「噂で……その、貴族様に中には平民を人知れずドラゴンの餌にする御方とか、魔族に生け贄を捧げている御方もいらっしゃると……」
どこで聞いたのそれ!?
真実だろうが妄言だろうが私以外の貴族にそんなこと言うなよ、良くてアカネちゃんだけ処刑だぞ。
「だとしても、公爵家嫡男が失踪したら大問題になるでしょうね」
「はあ、やっぱりそうですよね。完全犯罪って……どうしたら……」
物騒なんだけど、そこまで追い詰められてるの?
それもう本人に言った方が良くない? お前がノイローゼだとでも。
「それは置いといて、アカネさんは今回の犯人、誰だと思いますか?」
「ああ、カルディア様です」
さくっと聞いたさらっと答えられた。
え、ええー……なんでわかるの……。
もしかして見てたのだろうかと胡乱な目を向けたら、恐縮したような、でも悪戯が成功したような顔をされた。
「言う気はありませんよ?」
「なんで、私が犯人だと思ったんですか」
「今のカルディア様は……リシアちゃんじゃないからです」
もしかして直感。
「何かをなさろうとしておいでです。その為に、今回のことを利用しようとしている。今までの嫌がらせと違って、これには目的がある、手段になってる。だから、公爵令嬢の右腕になったカルディア様の仕業だと思いました」
「……外れていたら、貴女を訴えることができますよ」
「しませんよ。だって、それで目的を果たしたとしても、敵が増えるかもしれませんしね」
なんなのこの子。何が見えてるの。恐いんだけど。
さすがに成績優秀でも読心術も未来予知も使えまい。使えないと思う。
胡散臭いなぁとじーっと見ていたら、彼女は朗らかに笑った。
「ちょっと考えれば誰だって気が付きますよ!」
いや、だったらもう私は捕まってるでしょ。
うーんそうか、単に頭が良いってだけじゃなくて回転も速いのか。こりゃ自分の所にほしくなるわな。
「カルディア様はイズイナート公爵様に会いたいのでしょう? 私の見立てだと、まだもう一押しが必要ですから、がんばってくださいね!」
なんかもうこの子一人で全部解決できるんじゃないかな。
そんなことを思わせてくれる豪胆さだ。本当にメルディナちゃんと仲良くなってほしい。
「そんな貴女に聞きますが、あと一押しとして何ができるでしょう」
「……そうですね。やろうとしているのは、問題を起こしてイズイナート様を身動き取れなくする事ですよね。では、こういうのはどうでしょう」
さすがに人目が憚られたのか、周囲を警戒したあと、こっそりと耳打ちをしてくる。
さすがに、なんていうかこう、正式に自分の所属する世界じゃないからある程度の奇行は問題ないと思っている私でも目を剥いた。いや、確かに有用ではあるだろうけど。
驚いている私がおかしいのか、アカネちゃんがくすくすと笑う。この子、穏やかなようでいて全然そうじゃない。虐められるような娘じゃないわ。強すぎる。
「ご武運をお祈りしています」
「……恐縮です」
いっそ個人的に参謀に迎えたい。戦争するわけじゃないけど。
新たな知識を仕入れた私は、気合いを入れるために短くため息をついた。




