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『そういえば、最初に冊子をいただきましたけれど、あれは佐山さんが?』
色々と忘れてたけどそういえばそうだった。
アレも一応は私が異世界に行く上で役立っている技能だ。
和藤さん、つまり佐山氏からのものじゃないかってアルバートさんが言ってたっけ。
『冊子? うん……?』
でも知らないみたいだった。
ええ……。
『パッシブスキルの書ですよ。魔力のある世界なら役立つとかなんとか』
『あー、はいはい。効果はわからなかったけどシゲちゃんに託した奴かな』
わからんかったんかい。
『せめてもの餞別にね』
『部長、それってつまり説明する気がなかったっということでは……』
『ゲホッ』
うん?
細野さんからの指摘にむせる佐山氏。
どういう事ですか。
『い、いやいやそんな、そんなこと、ねえ……』
『そもそも貴方の親戚に採用するように通達しなければ、野仲根さんが巻き込まれることはなかったのでは』
『いやいや細野君、あの才能は埋もれさせるには惜しいって! 異世界に連れ込まれるほど優柔不断なのに警戒心が強いとかさ』
けなされてる?
怒って良いのかなこれ。
『えーと、危険性の説明はなかったけど、仕事はさせる気であったと……で、良心の呵責に耐えきれずにスキルの書を渡したって事ですか』
『あーうん、その、ごめんね? だってそもそもうちで雇えればよかったんだけどさ!』
そっか。
この人は悪気なく人を口撃で傷付けるタイプの人か。
いわゆる空気読まない天然さんってやつですね。おのれ。
『もう過ぎたことですから。それに、これからはフォローしていただけるんですよね』
『そりゃもう! いやあ、一人で心細い思いをさせちゃったよね、ごめんごめん』
言葉は軽いけど、まあよしとしよう。
別に悪いことばかりじゃなかったし。
異世界だけどこの年になって友達が増えるとは思わなかった。その点についてだけは評価する。
っていうか、ちょっと待てよ。
『すみません、出張ではそれぞれ課題が出されると思うんですが……』
『ええそうですね、実地に向かうときは神様から要望が伝えられますね』
『それがどうかしたのかい?』
『その、要望をクリアしてないのに加護が得られることはあるんですか?』
『え? それは……すごいですね。うちでは一人失敗すると他のメンバーでフォローして、加護が切れないように気を付けています』
そこまでの数の異世界があることにも出張してることにもメンバーが複数いることにも驚きを隠せないよ。
佐山さんが始めた営業活動なんだろうし、おそらく最大手ってやつかな。それに人数を割けるって、やっぱり大企業の余裕ってやつか。ノウハウがあると違うんだね。
『ほら、だから言っただろう。ノナちゃんの才能は桁違いなんだって』
今度は手放しで褒めてきた。
裏があるのか悪気はない嫌味なのか。どちらにせよ、佐山氏の発言については真剣に受け止めない方が良いだろう。
『クライアントの本当の要望を実現する能力ってやつだよね。神様相手にそんな事できるなんて失敗を恐れない強い気持ちがあるか、気が付かない無知っ子だけだもん』
後者と言いたいのか貴様ぁ! 後者ですけどなにか!?
そっか、言われてみりゃ神様相手の商売で要望以上とか恐れ多すぎだわ。前の二回は偶然にもおそらく希望以上の成果を出したんだろうけど、今後は気を付けよう。どうやって? 感情論に理論で対抗しても疲弊するだけだ。頑張ってもつまらなかったら即アウトですやん。
『本当の要望ですか。そんなの誰だってわかりますけどね』
『やるだけの度胸はないんだろ。まあ、細野は中々いい線いってるけどな』
『それは、どうも』
うん、本当の要望ってなんなんだろう。
誰でもわかるって煽りも貰ってしまったし、黙っておこう。
『そんでノナちゃん、君はどういう世界に行ってきたんだい? おじさん気になるなぁ』
気にしないで大丈夫です。
言い方よ。言い方がなんか嫌だよ。
『アルバートさんに伺ったのでは』
『いや、彼から聞いたのはノナちゃんに指名が来てるって事くらいかなー』
それで迎えに来たのかよ。
思い切った事をするもんだ。
『それに和泉さんの売り上げがやべーことになってたからさ。売り込んだわけじゃないのに商品バカ売れで製造ライン倍加でしょ? 第二工場の計画まであるって、そりゃ異常だもの』
そんだけの成果を出しているって事で来社したらしい。
確かに目ん玉剥けるよな。初めて知ったわそんな話。
『私が行ったのは、うーんと……』
世界の名前なんだっけ?
あれ、二回目に至っては名前すら聞いてないわ。
『……一つ目が剣と魔法の世界で、二つ目が……剣と魔法の世界でした』
『聞きたいのはそういう事じゃあないんだよなぁ。そういえば神代君に会ったかい?』
『神代女神さんですか? 会いました』
『……そう、ですか……』
細野さんの言葉がどこか落ち込んでいるように聞こえた。
どうした。
『あー、多分だけど神代君に会えるかっていうのも評価項目だろうなぁ。裏技みたいなもんだしね。細野や紺今君が積み上げてきた事、たった二回で上回っちゃったかもねぇ』
うっわ嬉しくない。
どうやったらここから悪い評価をとることができるんだろう。それもさりげなく。大手を振ってミスったら会社が滅びる。
それよりまた新しい名前が出てきたんだけども。
『そんで、どういう感じだった? どういう課題だったかな?』
そこからは私が経験した事を根掘り葉掘り聞かれた。
初めての福利厚生利用についても聞かれたので正直に答えたら笑われた。
そうこうしているうちに本社付近に到着したらしい。下を見るように促される。
『あそこの赤い光が見えるかい? あれがそう』
周辺には他にも背の高いビルが林立している。
オフィス街って高さ制限ないんだっけ? 建築のルールはよくわからん。
『噂をすれば、紺今君が迎えに出ているみたいだね』
示されたビルの屋上、ヘリポート付近を見やれば、確かに棒きれをぶんぶん振っている人が居る。
白いものを抱えているように見えるけれどあれはなんだ?
『あいつ……安静にしていろって言われてるのに』
『若いって良いよねぇ。轢かないようにしないとね』
『あいつが寄ってこなかったら良いんですけどね』
ため息をつく細野さん。
手のかかる後輩って事だろう。
『何はともあれ無事到着だな。ノナちゃん』
名前を呼ばれたので短く返事を返した。
『ようこそ東京へ。明日からバリバリ働いて貰うからよろしくね』
ああ、そういえば仕事できてたんだった。
生活用品揃えなきゃなー。




