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囲まれた。
大体においてリクト君のせいなんだけど、この子、今以て離れない。なにかな、吸着力すごいな。タコかな。
私をかばうようにして立つ傭兵ズ。訳がわからないだろうに、マスリオさんがそれに加わっている。
「おいおい、伯爵様の護衛隊が揃いも揃ってなんか用か?」
「我らの主人が貴様らを追い掛けるように命じた、理由など知らぬ」
「傭兵にゃ向かないな、あんた」
「なるつもりもない。主人がつくまで大人しくしていて貰おうか」
とりあえず移動できないようにしたら満足したらしい。
ボルトのおっさん達だけならこの程度の包囲網は簡単に突破できるんだろうけど、今は私とマスリオ氏がいる。置いてってくれて構わんのだけど、そうするような人達じゃない。
伯爵に捕まったら一筋縄じゃ脱走できないだろうし、それを危惧してるんだろう。
「……ボルトのおっさん、ルーデスのおじちゃん」
「なんだ?」
「さっきの話、今良いですか?」
「さっきの……ああ、良いぞ」
打開策としては上々でしょ。というそれ以外方法は思い付かない。
欲を言えばもうちょっと人がほしい所ではあるけれど、もうつべこべ言ってらんない。
「マスリオ様、おっさん達、僕に掴まってください」
あと一人余計なのがくっついてくるけど致し方なし。振りほどけないんだもん。
より一層、密集した私達に違和感を覚えたのか、私兵の隊長らしいゴツイのが口を開く。
「貴様ら、なにを……」
「転移」
ポッケに入れてあったそれ取り出し、キーワードを口にする。
小型ラジオのような形状の四角い箱、その頭の所についているボタンを押せば、眩いばかりの閃光が一瞬だけ辺りに散らばっていく。
その間に私達の姿はそこから消えて、まさしく瞬く間に魔王様のお城に到着した。
何が起こったのかわからず呆然とする傭兵達と、驚きに手を離す小童。マスリオさんだけは物珍しそうに辺りを観察している。
出てきたのは勇者の育児室として用意された部屋。
そこで魔王様が赤ん坊におっぱいを与えていた。何やってんの!?
「え、お前、何を……?!」
「お、お、おい、下半身どうした!」
「別人ですよ。それより魔王様、あれだけ授乳は控えてくださいと言ったじゃないですか」
「ルノ、戻ったか。そちらが教育係じゃな? これはほれ、飲みたそうにしておったからな」
それ中身がエロいおっさんなんだよ! 見た目通りの子供じゃないからだよ!
魔王様との会話を聞いて目を丸くする傭兵ズ。そういえば言葉は通じるのか? 普通に話して通じるから気にしたことなかったけど、国が違ったら言語違うんじゃないっけ。
「ルノ、これは一体……」
「ですから」
その続きを喋ろうとして。
いきなり視界が真横に傾いた。同時に声が出なくなる。目の前にいたおっさんが、それ以上やったら目玉がこぼれ落ちるんじゃないかというくらいに目を剥き驚いている。
何が起こったのか理解できない数秒後、後ろから荒い息遣いと悲鳴に近い叫びが聞こえてきた。
「化け物だ! こいつ、化け物だったんだ!! ボク達を食べる気だ!」
「おい、リク坊!?」
「逃げましょうマスリオ様!! こんなとこにいられない!」
「ルノ! しっかりしろルノ!!」
「ルノ君!」
駆け寄ってくるおっさんと賢者。痛みもないし、培養液に入れば復活できるからどんな損傷でも問題ないんだけど、人の目から見たらやばい状態らしい。
見たことないくらい焦っている三人。珍しい。
「何してるんですかマスリオ様! そいつは化け物ですよ!?」
「知ってる。でも、それがルノ君だから」
「あんたの言う通り、人間じゃなかろうがルノは俺達の仲間だ」
「狂ってる……おかしいよあんたら!」
顔が動かないのでそのやり取りを耳だけで聞いているのだが、なんていうかこう、小っ恥ずかしいことを真顔でいうおっさんだな。
リクト君の反応が普通の人の感覚だと思うんですけどね。
「おい、いまルノの口が動いたぞ! まだ生きてるんだな!?」
「おいそっちの、魔王とか言ったか! コイツを治せないのか?!」
「ルノ君、心配しなくても大丈夫だからね。何かしてほしいことある?」
この甲斐甲斐しさは一体……。女の身でもここまで丁重に扱われたことないぞ。
しかし、してほしいことか。
声が出ないから、視線で訴える。勇者の育児頑張って、と。
「……ああ、わかった」
「ルノ君? 何かあるの?」
通じないよなぁ! マスリオさんに通じるわけないよなぁ! 感情音痴だもん!! 感痴だもん!
でも代わりにボルトのおっさんが受け取ってくれたからよし。目で会話できる素晴らしい察知能力よ。
「任せとけ、お前が戻るまで俺達がちゃんと育てる。だから、安心して休んでおけよ」
戻ること前提ですね、了解です。
どんなもんかはしらんけど、しばらく復帰できるかはわからない状態らしいから、お言葉に甘えよう。ずっと起きっぱなしだったしね、精神的に疲れたわ。
ルーデス氏に拘束されたリクト君の恨み顔を最後に、私の意識は暗闇の中へと沈み込んでいった。
「おかえりなさい」
「……へっ?」
微睡みから目覚めたときのような判然としない頭が周囲の情報をなんとか整理しようと頑張ったのだろう、次に出てきた言葉があまりにも唐突で、完全に目が覚めた。
戻ってきた。あの図書室に。
「え、えっと、アルバートさん……?」
「はい、アルバートです」
え、嘘……え?
「なんで!?」
「依頼完了しましたし、支給品も限界でしたからね、福利厚生を利用して戻ってきたんですよ」
「福利厚生……?」
「デスルーラです」
デスルが福利厚生とか聞いたことねーわ。
「依頼完了はいいとして……あの人達はどうなったんですか。もう一度、あの世界に行けませんか」
「出張のルールからみて、同じ世界へ行く確率はほぼゼロですね。その後については私の管轄外ですので存じません」
「ならっ、」
「次の仕事まで少し時間もありますしお休みになった方が良いですよ」
「え、あ……」
文句を言う間もなく。
パチッと指を鳴らしたアルバート中年の合図で、真横に開いた扉に吸い込まれた。ただ一つ変わらない吸引力かとツッコミを入れる前に、私は記憶に懐かしいミニリフレッシュルームの扉の前に立っていた。
外から聞こえてくるのは蝉の声か。じわじわと少しずつ浸透してくる暑さが、帰ってきたことを嫌でも教えてくる。
茫然とする間にドアが開いて、社長の顔が現れた。
「あー、野仲根くん帰ってきたんだね、おつかれさま。今日はもう上がって良いよ。次は月曜日かな、おねがいねー」
言うなり鍵と封筒を渡され腕を引っ張られ車に押し込まれた。
何を言う間もなく出発し、こちらが疑問を差し挟む間もないくらい、売り上げがどうとか経営状況がどうとか一方的に話をされ、一息ついたところで車から投げ出された。
到着した小綺麗なアパートに見覚えはなかったが、駐車場に私の車が置いてある。呆気にとられている私に部屋番号を告げて去って行く社長。
途方に暮れるってのはこの事なんだろう。
他にやりようもなく、示された部屋に鍵を使って進入する。広い玄関に、廊下に、リビング、そこから繋がる二つの部屋。広いわ。広くて何もないわ。
とにかく何もする気が起きなくて、床に寝転がると目を閉じた。ここ数日の事が思い浮かんでくる。
そのままじっとしていたら、気が付かないうちに眠り込んでしまった。




