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でもまぁ、さすがに大丈夫だよね、などと思っていたら。
「ぐっ……!?」
「うぽおぉ!?」
いきなり馬が前につんのめり、その勢いで投げ出された。
あっ、受身! 受身!
数日前に指導されたばかりの技をなんとかかんとか繰り出す。腕が短くなってはいるけれど、頭をちゃんとカバーして、大事なところから落ちないようにして、体を丸めてごろごろ転がる。
「ルノっ!」
素早く起き上がる所までがセットだが、私より早くおっさんが体勢を立て直したらしい。そりゃ実地訓練の差よ。
上体を起こし、おっさんの名前を叫び返そうとして顔を上げた。そこに誰かいる。
そのまま視線をあげていけば、円筒形の物体と、その上に長い髪のような何かを被った球があった。一つ目がこちらを見下ろしている。……痛みは無いけど、またどこか欠損してるんじゃないだろうね?
「えーと……どちらさま?」
怖い。と思うんだけど、同時に呆れたというか、恐怖を通り越して滑稽に思えてしまった。
瞬殺できるだけの能力があるのに、何故それをせずに目の前に佇んでいるのか。伝えたいことがあるのか、観察しているのか。言葉が通じるかはわからないが、以前は人間だったというなら未だ会話できる可能性はゼロではない。
「……こども」
「へ?」
「こど、こ、ここここここここどどどどど」
ぬ?!
一つ目が上下に開き、そこからギザギザしらものが見えたと思ったら、何度も開閉してギチギチという音を響かせる。その隙間から漏れ出てくる言葉は、子供、とだけで、何を言いたいのか判然としない。
主語はわかった。述語を述べろ。
「子供、がどうしたんですか」
「こど、こども、う、ううううううううううう」
「お、おい、ルノ……?」
「ボルトのおっさんはちょっと黙って」
「生ま、生まれ、こど、子供っ、はら、腹に、も、どもももどど」
理性と野生が戦ってでもいるのか、言葉を紡いだと思えば頭の上のなにかうねって地面をぶっ叩く。その度に地には穴が開いて土くれがまき散らされる。当たったら一撃でやられちゃうなぁと思うんだけど、それよりも破片が飛んできて鬱陶しい。
こいつが何を言っているかであるが、とりあえず子供が生まれたけど腹に戻したいって事なんだと思う。
その子を殺すわけじゃなく、元の場所に格納したいって事は時節が到来していないと思っているということであるから、存在する事は否定されていないわけだ。
つまり、その赤子は彼女が所持しているということだ。
「お子さんをお預かりしましょうか」
「あ、あああ、ああああああああああああ!」
頭を振り拒否を示す怪物。
そういうことじゃないっていうのか?
「戻してどうするんです」
「ひと、人の、ひ、ひひ」
人の?
「こ、こど、ひ」
駄目だわからん。
人の子供? 他人の子? えー……ん? 人の子供として育てたいってことか?
ディナさん化け物になっちゃったし、私もいうてそれに準じた何かだし、赤ん坊を人間として成長させたいってことなんだろうか。
うん? だとしたら、人間の女性の腹に生まれた子供を突っ込むってことだろ、物理的に。
それ無理があるんじゃないですかね?
「こ……」
何とか思いとどまらないかと口を開いた瞬間。
化け物の右肩辺りから赤い色が発生して、彼女の目が閉じられた。つるりとした表面が光を反射して、二度目の爆発の衝撃に身体が傾いでいる。足が無いのに踏ん張りがきくとか構造が気になるんですけども。
「ルノ、無事か! 離れるぞ」
「ボル」
「文句は後だ!」
おっさんに抱えられ、無理やりその場から離脱させられる。
それと同時にいくつもの火球が化け物がいたあたりに飛び込んでいった。
援軍が来た、と本来ならば喜ぶべきところであるが、最悪なタイミングだよ!
「ちょっと、あれ」
「俺も言いたいことはある。だが、まずは十分な距離を取ることだ。巻き込まれて死ぬぞ」
それは嫌です。
でもあいつ、子供持ってるんじゃないのか? 屋敷にいる?
え、それって焼け落ちて……どちらにせよ無理だったか。
化け物のいたところに火柱が上がり、その中に黒い影が浮かぶ。
先ほど見た姿そのままであるから間違いようもない。異様なのは、悲鳴が聞こえてこないことだ。先ほどの会話からして、知性はある。なら、この状況で叫ばないはずがない。
……いや、そうとも限らないか。私も、痛みがないから悲鳴の一言も上げなかったし。そう思えば親近感がわいてくるかな。
左手の方、つまり屋敷のあったほうから騒がしい一団が近付いてくる。
討伐本隊だろう。ここまで追ってきたらしい。
「あっ、ルノ君だ。無事ー?」
「マスリオ! 気を抜くな、さっきもそれで取り逃がしただろう!!」
「えー、でも、ルノ君のが心配だよね?」
「すべて終われば好きなだけ話をしろ。まずは確実にあいつの息の根を止める」
「んー、わかった」
本当にどこまでも自由だな、あの賢者。
「……なぁ、ルノ」
「へ? あ、はい……」
思ったより近くから声がするかと思えば、おっさんに抱き着かれてた。そういえば運んでもらっていましたね。ともすれば化け物に近付くとか警戒されていたのかもしれない。
「あれと会話していたな? なんて言っていた」
「あー、子供が何とかと」
「子供? あれの子供?」
「よくわかりません。人の子とかなんとか……推測するしかないですね、何を言いたいのかさっぱりわかりませんでした。ボルトのおっさんには聞こえなかったんですか?」
「……あれの言葉は、異国のものだった。俺が分かったのはリグリード北部訛りが強かったことくらいだ」
へぇ、それだけわかるってのもさすがだなぁ。
同大陸の近隣国であれば、独自進化した言語を使っていても言葉自体は似たものになる。リグリードがどこら辺にあるかはわからないけれど、こことは別の国、それなりの違いはあるだろう。そこで地方の言葉になると理解できないことも多くなる。特徴をうまくとらえたとはいえ、さすが傭兵、特定できるとは。
あんな喋り方でもわかるとか、本当なんでこの人は傭兵を続けてるんだろうね。
うん、というか、なんで私はナチュラルに会話できたんだ? 支給品の力ですね分かります。
あのさぁ! 説明書とかさぁ! 必要だったと思うんだよね!!
この能力がわかっていたら他の生き方もあったでしょうが! ほかの攻め方もできたでしょ?! いらん苦労を背負った気分ですよ!
まあ、今更文句を言ったところで仕方ない。今後に活かそう、そうしよう。
旅はできないけど、通訳として大使館とかそういったところで勤められる気がする。
それはさておき。
引きつづき炎の攻撃を受けるディナさん。現場を指揮するロバート氏と、表情もなく師匠に火球をぶち込むマスリオさん。しかも誰よりも率先してやってる。普通に怖い。
私たちはなんていうか、手持ち無沙汰だ。
「おっさん、僕達がここにいる意味はあるんでしょうかね」
「マスリオはお前を気に入ってるんだろう。あとで声でもかけてやれ」
「ああ、そうします……」
こちらの声が届いたわけではなかろうが、マスリオ氏が振り返った。
目があったので、仕事しろと念じながら睨み付ける。少しだけ微笑まれた。私の念は微笑ましいんですか。




