17
「始ま……」
ボルトのおっさんに話しかけようとしたら。
「ブヒヒィィーーン!!」
「ブルアアァァァ!!」
「ヒイッ、ヒヒーーンっ!!」
ああ! 馬が! 馬が!!
「ルノおおぉぉ! そっち抑えろおおぉぉ!!」
「無理っ!! 無理っ!!!」
爆音に驚いて馬たちが暴れ出した。
そりゃそうだよな! 人間だってびびるんだもん、臆病な馬なら尚更だよな!!
訓練されて慣れたヤツもいたかもしれんが、隣の馬がパニックを起こしたら当然のように混乱する。ここら辺は人間と変わらないね。
などと悠長にやっている暇はない。どうして防音結界を張ってくれなかったのかなぁ! なぁ!!
「一頭だけでいい、確保しろ!! おい、そこの兵士もだ!」
おろおろする厩番達に声をかけ、一頭ずつ確保させるボルトのおっさん。私もなんとかしたかったけどどうにもできなかった。馬の扱いなんて知りません! 馬刺しは好きだけど!
上手いこと鎮められた数匹と、自から落ち着いた二匹以外は暴れに暴れて仲間を道連れにもんどり打って倒れて、更に暴れて収拾がつかなくなった。
回避のために柵を解放していたから、はしっこい何匹かが平原へ向かって走り去っている。
「はぁ、とりあえず離れるぞ。怪我した奴らは、後で食おう」
新鮮な馬肉が手に入りましたね。
軍馬なんだから使えなくなったら処分するのは当然のこととして、自分の持ち物じゃないのにその判断を下すとかボルトのおっさんは意外と鬼畜だった。馬刺し美味しいよね。鍋は食べたことないけどいけるんだろうか。桜肉は生姜醤油かなぁ。
裸馬に乗った兵士が乗り手のいない馬を引き寄せる。無事なのは八匹、元の数からして三分の一以下か。
「おいルノ、お前の馬はいないのか」
「乗れません」
「そういやここに来るときも俺が連れてきたっけな。でもな、慣れないからってやらずにいていい理由にはならねぇぞ」
「それで死んだら元も子もないでしょう? あの中に飛び込めるほど野蛮じゃ無かったってことです」
「……はぁ、そりゃそうか。お前、旅には向いてねぇもんな」
どこでそう思ったのかは知らないが、確かに現代っ子に旅なんぞできるわけがない。
アウトドアが好きで、テント一つでどこへでも行っちゃうような性格ならまだしも、生まれてこの方インドアな私には無謀な話だ。
馬たちのいる場所、テント群からほどよく離れ、平原の入り口付近に佇み、残った馬たちを完全に落ち着かせるために首筋辺りを撫でる一行。私は手持ち無沙汰なので、おっさん号の隣に立って屋敷方面に視線を向けた。
すごい量の煙が立ち上っている。あれって不完全燃焼ってことじゃなかったっけ。それほど高温になっていないはずだ。
「大丈夫なのかな……」
「音はすごかったが、成果が出ているとは思えないな。そもそもよ、なんで薪なんざ集めたんだか」
「どういうことですか?」
近くにいた兵士にも声が届いていたらしい。ボルトのおっさんの言葉に疑問が飛んでくる。
轟音と振動が一拍おきに飛んでくるが、馬達が暴れ出すほどではない。
「屋敷を壊すだけなら、魔法で十分だ。石造りとはいえ、中に装飾品だって残したままだろう? 溶かすまで燃やそうなんざ、不自然なんだよ」
「それは、魔物を完全に討伐するためでは」
「……そうかねぇ」
さっきも言ったように、化け物がそこまで悠長に構えているはずがない。
中で拘束しているならまだしも自由に動き回れる状態だ。それなのに反撃しないとか、ましてや逃げ出さないなんてあり得ない。
徹底的なまでに焼失させる理由がない。というか、もっと根本的に言えば薪程度で燃え尽きるはずがないんだけども。
「ま、ここで心配していても仕方がない。俺達がすべき事は、何かあったら連絡に走ることだ」
肩から力を抜くようにため息をついて、おっさんが馬から下りる。
馬を疲れさせないためとストレス緩和のためだろう。その行動を見て、他の人達も馬を降りた。
ここの隊長格は誰だろうか。指示者がいないとか、混乱の第一歩だぞ。
しばしの待機時間に流れる炸裂音と悲鳴、崩壊の音。
多分こうだろうと想像はできるけど、離れているから詳細は不明だ。元より拠点は屋敷から見えない位置にある。音が聞こえるだけでも驚きなんだよな。
「……自分、様子を見てきましょうか」
焦れたのか、一人が名乗りを上げる。というかボルトのおっさんに許可貰うようなことじゃないでしょそれ。
「まあ、待て。音が止まないということは交戦中って事だ。下手に近付いても邪魔になるだけだろうよ」
「しかし、ここでは何も分かりません」
「何かあれば合図が来る。だから、待て。それが俺達の役目だ」
おお、おっさん格好いい。
とても消毒液が怖いなんて言っていた人には見えない。こういう所は経験の差が出るね。
年長者の意見を尊重して、というか階級が高いの誰だよって状態なのでおっさんの意見を採用です。
しかし、こうして交戦してるっていうのに、現場にすら立ち会わないっていうね。まあ、異世界に行くような剛の者は大体前線に出てるけど、普通の人はそんなところ行かないからね。モブになりたいとか言いながら貴族社会に反旗を翻したりするからね。あれは頭がどうかしてるとしか言い様がないわ。
とまあ、ディスるのはさておき。
時間ができたからとまたしても武勇伝を語り出すおっさんの声を右から左に聞き流していたら、最初の爆発以上の閃光が炸裂し、地響きを伴う轟音がやってきた。今度は馬達もだいぶ落ち着いてはいたが、やっぱり多少は暴れる。
それをどうどうと諫める兵士達。役立たずでごめん。
「派手にやってんなぁ」
「一体どれほどの魔力を消費するのか……僕達では、一回で干からびるでしょうね」
「違いな……あぁっ!?」
不幸というものは突然やってくるものだ、とは経験則から出た言葉なのか。
事故というのも同じく、こちらの意図しない形で現れる。
何が言いたいのかというと、一瞬で一頭の馬が首から上が無くなり血を吹き出すと同時に倒れ込み、兵士が一人下敷きになった。同時に馬の背に飛び乗ったボルトのおっさんが、呆然とする私を馬上に引き上げる。片手のくせに器用にもそれを成し遂げたおっさんは、後ろを振り返ること無く街の方へと走り出した。
判断も、それに伴う行動も瞬時に行うとか経験値半端ない。
私が思考をはじめた頃には、厩番の兵士達は豆粒くらいに小さくなっていた。
「お、おっさん……」
「ヤツだ、そうだろ? こっち側に来るとは想定外だ!」
「そうで、すね……?」
あれ、なんかおかしい。
馬に乗ってるからか、バランスが取れない。かといっておっさんのフロントで暴れることもできないし、まずはずり落ちている腰をあげよう、と思って腕を突っ張れば、タイミングがずれたのか落馬しそうになった。
「おい坊主、動くんじゃねぇ! おめえ、腕をやられたんだよ!」
「え? は……?」
いやまさか。
痛覚が無いとはいえ、さすがにそれは気付くでしょ。
そう思って両手を目の前に持ってくる。
「あ……」
おっさん側、つまり左腕の肘から先が消滅していた。
「えーと……お揃いですね、ボルトのおっさんと」
「冗談言ってる場合じゃねーだろうが!」
あ、はい、すみません。
「痛みも出血も無いようだがな、普通の人間ならまずありえねぇ。まずは逃げるぞ坊主、街に行くまでに布を巻いて誤魔化す」
あ、ありがてぇ!
あの場で化け物扱いされていたら、私も討伐対象になっていた。殺されなかったにしろ、牢獄に繋がれて目的が果たせなくなった恐れもある。
でも、なんでだ?
私を助けるメリットって無いんだけど。
不思議に思っているのが顔に出たのか、こちらを見下ろしたおっさんがにやっと笑った。
「お前がいないと美味い飯が食えねぇ。街にいる間は馳走になる気なんだからよ」
ああ、そういうこと。
「片手間でできる料理で良いですかね」
「美味けりゃ良い。……ま、名乗った仲だ、そんなヤツを見捨てたら、名折れなんでな」
そういえば素で人が良かったんだった。
「街まで襲撃されないと良いですね」
「祈るしかねぇな」
そうだよね。
ってか強運スキルが発動していない気がするんだけど、本当に運が良いんだろうか、私は。




