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そういえば私は何も食わなくて大丈夫だけど、おっさんは違う。
ということを思い出して何か作ろうかと思ったけど、おっさんから目を離せないし、何より火がないから調理できなかった。新鮮なものがないからね、生のままだとおなか壊すからね。ぽんぽんいたいいたいとか言い出しかねないからね、この三十四歳。
物資の中から液体の入った袋と干し肉を取り出してくる。保存食くらいしかないんだよな。
腕が痛いだろうに、器用に起き上がるおっさん。
「はい、飯」
「あーよ。坊主は食わねぇのか」
「おっさんが起きる前に食べました」
入る腹が無いというジョークをかまそうかと思ったけど笑えないから止めた。
それよりボルトのおっさんの治療した方が良いんだろうけども、先行部隊に衛生兵居なかったんかな。何人で来たんだろう。小隊規模なら四人くらいか?
某漫画の影響で小隊はフォーマンセルだと思ってる。四人組ね。
「そういえば、ボルトのおっさんは勇者の噂ってご存知ですか?」
「むぉ? ふぉーらにゃ……」
悪かった。咀嚼中に話しかけて悪かった。
「飲み込んでからどうぞ」
「んぐっ。んーと、傭兵仲間でちょっとした噂話程度なら聞いたことがある」
よし、さすが話し好きのおっさんだ。
傭兵ったら世界中に散らばって行ってるからね、その情報網は馬鹿にできないよ、こんな通信手段も限られてるような世界では。
あ、ちなみに傭兵と冒険者の違いは戦闘民族か採取民族かの違いらしい。
対人戦闘を含む護衛やら戦争やら人が居るところで戦い金を稼ぐのが傭兵で、秘境への探索や遺跡調査やお使いクエストなんかは冒険者のものらしい。まあ、危険な場所いったり魔物と戦闘になることもあるから冒険者でも強いのはいるらしい。傭兵に比べたら対人経験浅いらしいけど。
「なんでも勇者が生まれたとかで、北の方にあるリグリードで赤子捜しをはじめたとか」
「リグリード?」
「いうなれば軍隊国家だな。その向こうの魔物の国とずっと小競り合いしてるよ」
おっと、ここではじめて地理的な情報が出てきたぞ。
っていうか、それなら何で私はここにいるんだよ。赤子捜しするならリグリードとかいう国のが良いじゃねーかよ。見当違いも甚だしいわ!
「そういえばここは何ていう国なんですか?」
「お前……知らねぇのかよ。公爵家のお抱えなんだろ?」
いや違います。
公式設定は単なる迷子です。
「訳あって公爵様のお世話にはなっていますが、ここに来てから一週間経ってませんよ」
「なんの単位だ? ここに来てから日が浅いって事か?」
あれ、自然に通訳されてるから通じると思ったけど、さすがにそこは別問題らしい。
そりゃそうよね、日曜日の概念なんざ近代的だものね。そもそも宗教観の輸入から広まったもんやし。平安時代はシフト制勤務だったわけだし。だと思ってる。原始時代まで行けば時間の概念だってないよ。
「そうです。こっちに来てからあまり経ってなくて。僕の故郷はキヨサトなんですが、どこにあるかご存知ないですか?」
「いや……聞いたことないな」
そりゃそうだよね、異世界の地名だもの。
「そうか、坊主も色々と苦労してんだな。そんでこの国だが、ベルメロウだ」
ほーう。特徴がなくて連想できるものがない。覚えるのが苦しい名前だ。
しかしおっさん、理解できないと判断するや否や、話しをスルーしたよね。そういう割り切りが大人って感じで助かるわ。
「そんで、なんで勇者の話なんだ? ここにも血筋がいるのか?」
「は? なんですかそれ」
「だから、昔の勇者だよ。魔王と刺し違えたとかいう話もあれば、各地を放浪して港ごとに女を作ったとかいう話もあるだろ」
どういうことですか。二つの話の共通点がないんですけども。
というか、後者の話は別の意味で勇者ってことなんじゃないかな。
「その子孫がここにいてもおかしくないって思ってるってことだろ?」
「いや、違います。時間もあるし、話のタネとして聞いただけで」
「なんだそうか。それじゃあ、俺の武勇伝でも聞くか?」
「語れるだけの話をお持ちなんですか?」
「馬鹿にするなよ坊主、これでも傭兵仲間ん中じゃ名が知られてんだ。俺と組んで仕事したいやつなんざ、ごまんといるぜ」
ほほう。信用第一でやってきて、死ななかった理由はそれか。
なんだかんだ、人のいい仲間が居るから死線を潜り抜けてこれたんだな。
しかし、昔の勇者ね。また関わり合いになりたくない単語が出てきたもんだ。
今回の勇者が転生者だとしたら、昔のだって同じようなもんだと思ってもいいはずだ。だとしたら、魔王様が昔の勇者に出会っているのであれば、今回の捜索に別の意味がある可能性もある。
ほら、生まれ変わりを信じていて、昔の友人に会いたいとかそういう……うん。無理があった。でも、始末したいだけじゃない気がする。
ミッション的には人間の方に渡さなきゃいけないけど、これは魔王に献上するのもアリなんじゃないか? 自分好みに育てるリアル育成ゲームが始まるかもしれん。関係ないけど、息子育成ゲームのあおり文句で「子供の育成中にいろんな男性から声を掛けられるかも」みたいなのがあって、自分の息子が狙われるのかと勘違いしたことがある。誤解はなかなか解けないものよ。数年思い込んでたわ。
饒舌になったおっさんの武勇伝という名の冒険譚を聞くことしばし。
なんか暑くなってきたなと思い出す頃に、外からガシャガシャいう音が聞こえてきた。やっとこさ本隊様のお出ましですか。
静かになったおっさんと、天幕の出入り口を睨みつけるようにしてじっと待つ。
やがてゆっくりと垂れ布が持ち上がった。そこから出てきたのは見知った顔。
そう、マスリオ氏だ。
……え、なんでいんの?
こういう時ってもっと兵士っぽい人が来るよね!? ロバートさんならまだしも、なんでお前来たよ!
「あ、やっぱりルノくんだ」
「えと……マスリオ様、どうされました」
「迎えに来た?」
いや聞かれても知らんし。
「違うだろう。今回の騒動に対し、有効な手立てを現場で話し合うためだろうが」
あ、ロバートさんもいた。
親しげにマスリオさんの肩に手を置いている。
「おう、ロバート坊じゃねーか。元気してるか」
「お久しぶりです、クライン殿。息災そうで何よりです」
「腕、やられたんだがな」
「その程度で自棄になる貴方ではないでしょう。ちょうどいいので作戦会議に参加してください」
「やれやれ……坊は相変わらず容赦ないな」
「おかげで剣技も上達しましたので」
会話しながら、こちらに目で合図を送ってくるロバートさん。
お見通しなのがちょっと怖いけど、あの婦人の側近やってるだけはある。とりあえずウインクを返してみたら睨み下ろされた。すみませんでした。
「んー、あの人と、ロバートは知り合いなんだね?」
「お前もな。俺達に剣術を教えてくれただろう」
「そうだっけ?」
「マスリオは興味なかったもんな。懐かしいなぁ、あの頃の奴らは元気にしているか?」
「大方は。いろいろと教えていただいたおかげで仕事に就くこともできて、皆感謝していますよ」
「そうか」
なんだこのおっさん、死にたがりかと思ったら普通にいい人なんですけど。
だとしたら、ここで命を散らすより教師にでもなったほうがいいんじゃねーのかな。
「ここに来る途中でカルリツ少尉と名乗る兵と会いました。正真正銘の化け物がいると。貴方達に囮にされたと言っていますが、まあ、違うでしょうね」
ほのぼのしてたらいきなり仕事の話をぶっこまれた。
とっさに言葉に詰まる私の代わりにボルトのおっさんが肯定の言葉を口にする。
「俺達は昨晩襲われた。見張りが一人死んで、俺達以外は逃げた。その時の合図であの若造が来たが、化け物の所在が不明だからと突撃したようだ。照明を持てというコイツの忠告も無視したな」
「なるほど、彼は何も教えてもらえなかったと言っていましたが」
「聞く気がなかったから耳に届かなかったんだろうよ」
「分かりました。相手は子爵の名前まで出してきましたからね、沙汰は後で出るでしょう」
そりゃ公爵と子爵じゃどっちが身分が高いのかって話だわな。
私達みたいな民間人や傭兵と比べたら貴族の方がえらいんだろうけど、喧嘩売る相手を完全に間違えたよね。子爵さんも可哀想に、使えない部下を持つと苦労するのは上司だわ。
「それと、クライン殿の治療をしましょう。その状態で放っておくわけにはいきません」
「いや、しばらくはこれでいい。ルノにやってもらったんだ、大事にはなるまいよ」
何言ってんだコイツ。
「応急処置だと言いました。道具も知識もあるのなら、治療を受けるべきです」
「だって……消毒液怖いし……」
ボルトのおっさんに処置を施してから会議することに決まった。
おっさんはヒロイン。広義の常識です。




