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「……っ、坊主……」
こちらを呼ぶ声がしてハッと我に返る。
急いでおっさんに視線を向ければ、腕を押さえているような影が見えた。苦しそうな声から重傷って事は分かるが、いかんせん見えん。
「おっさん!」
「く、るな。そっちへ、行く」
「え、ええ」
立ち上がり、荒い息を抑えながら近付いてくるおっさん。それに混じってべちゃりとした音がかすかに耳に届く。
ああ、だめだ。雨漏りを連想する音なんて、この状況で起こりえる事象は一つしか思い浮かばない。
交代要員の兄さん、なんで起き上がらないのかな。っていうか、食べなさすぎて痩せたのかな、半分地面に埋まってるんじゃないのっていう薄さだわ。
「坊主……!?」
「あ、はい」
「た、立って……なに……」
はい?
立っていますが何か。
「は、腹が無い……」
「はぁ?」
何言ってるんだこいつ。
そう思って腹の辺りをまさぐった。ら、確かになかった。
脇腹の辺りがごっそり無くなってた。
ふぁあぁぁーーーーーー!!?
「え、ええっ!? な、なにこれ……!」
「し、止血……!」
「あ、おっさんもやばいんだろ! 自分のことは自分でするから!」
っていうか人間だったらこんな欠損、まず無事じゃ済まないよね!
そこらへんはほら、人造人間だし痛覚もないからいいんだけど、あまり不自然だとこのおっさんに殺されかねないよね! 魔物とかいわれてさ!
やっばい、ここを逃れられたとしてこの先どうしたら!!
「い、いや、駄目だ」
なにが!?
ちょ、近寄ってこないで怖い!
「仲間、は見捨て、ない……!」
……へ?
あ、あの、おもいっきり人間ぶっちぎってるんですが……?
「坊主っ……傭兵は、信用が、大事だ……」
「………!」
この人は……馬鹿なのでは?
それでよく戦場で生き延びられたものだ。おっさんはやらなくても、隣に立ってる傭兵が裏切るほうがよっぽど危ない。
信念を貫く、隣の奴も信じる、そんなでここまで来れるとか、天の采配としか言い様がない。人のできる限界を超えてるわ。
「僕は大丈夫です。まずはそちらの処置からしましょう」
「怪我の具合、は、坊主の、が」
「息の切れ方はおっさんのがやばいでしょ。それに、年寄りのが治癒能力弱いんですから」
「はっ、まだ……三十四だ……」
ぬ、全然若い。
ただし見た目は既に四十越えてるんだよな。
「つべこべ言わずに。治療しますよ」
こっちからおっさんに近付く。水たまりに足を突っ込んだときのような音がしたけど、知らぬ。
大丈夫そうな方の腕をとったら、小さい呻き声が聞こえた。
「明かりのあるところまで行きましょう。歩けますね」
「あ、ああ」
屋敷から目を離すことにはなるかもしれないが、緊急事態だ。
四の五の言ってられん。それに、結構な音をさせていたのに交代要員が来ないのが悪い。
私達は離れた場所にあるテントまで戻った。
とりあえずおっさんは腕が切れてるって事で間接圧迫だけしておいた。直接押さえたかったけど、綺麗な布が無かったから仕方ない。
テントの中に入ればそこはもぬけの殻だった。小さいが照明は生きている、それだけが救いかな。
改めて肩を貸したおっさんの方を見れば、日焼けしているとは思えないくらい青ざめた顔をしていた。意識を保っているだけでもスゲーな、と思いながら近くの木箱に座らせ、衛生品をまとめた荷物の中から清潔そうな布を取り出す。本当に綺麗なのかは分からんが、白いから気分的には綺麗だ、大丈夫。
「はい、これを炙ってから患部に当ててください。上から包帯で直接圧迫します」
「取り替え、ないのか?」
「応急処置ですからね。患部の診察するわけじゃなし、まずは出血を抑えるのを優先させましょう」
「……そうか」
それが正しいかは分からないけど、失血死を免れるにはいいのではないかと。
光の下で改めで傷口を見れば、結構エグいことになっているし。支えてなかったら切れて落ちていたよね、って状態だ。筋肉から骨から見えてるのよ。しばらく肉は食えないわ。
「で、お前の、は」
「ああー」
改めて自分の傷を見下ろす。
傷って言うか空洞を見る。
こんな所に穴がある人なんて直接は見たことない。腰の辺りに穴が開いている服なら見たことあるけど、肉体が欠損しているのは治療後しかないかな。いや、友人がおもいっきり押し付けてきた写真集でね。女性で耐性のある子ってほとんどいないから、見れるってだけで色々と情報を共有させられた。
それはさておき、このまま放っておく訳にはいかない。
適当に近くにあった布を丸めて詰め込んで包帯巻いて上からガードルみたいな腰防具を巻いた。これでよし。
あとは……。
「僕の傷は大丈夫なんで、見なかったことにしておいてくださいね」
「……ああ」
諦めたような顔をされた。なんじゃい、不服かよ。
処置も済んだので、おっさんを仮寝台に横たえる。近くに水を置いていつでも飲めるようにしたらおしまい、あとは気力に任せるしかあるまい。
本隊への合図は済んでいるし、他の隊員が戻っているのであれば街に行く必要はない。っていうか、この状態のおっさんを残す選択肢はない。
かといって見張りに戻る気は無い。知らないうちに大怪我をさせられるようなやつを相手に何をしろと。殺されに行くだけじゃねーか。
というか、あれだ。
自由自在に出入りできるのに屋敷内に留まっている時点でディナさんどこにも行かないわ。何かする必要ないでしょ。
それにさすがに疲れたし。もう動きたくありません。
「……坊主」
「なんでしょう」
「俺は、クラインボルト、だ。ボルト、でいい」
「……ルノ、です」
そういやめっちゃ喋るおっさんだったけど名乗りはしてなかったな。
なんだよ、仕事仲間と認めるまでは名乗らないクチなのか?
「ふ、少し休む、任せたぞ、ルノ」
「はい、ごゆっくり」
死亡フラグとか思ったけどさすがに腕一本で死にゃしないだろ。
たぶん、夜明け頃にどこかしらの部隊が到着するだろう。それまで、私も少し休みますか。




