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「それで、どのような問題が起こったの」
挨拶は不要とばかりに口を開く婦人。
にっこりと人のいい笑みを浮かべているが目元が笑っていない。敵に回してはいけない人と完全に敵対してしまった誰か助けて。
「説明は彼にさせましょう」
そういってロバート青年が賢者を椅子に降ろした。
しゃんと背筋を伸ばすマスリオ氏。そうやっているとまともに見えるんだから、普段からシャキッとしてればいいのに。
「お久しぶりです、ガラリアさん」
「……お変わりなくて嬉しいですわ」
昨日の今日で久しぶりとか言われたらさすがに婦人でも動揺するのか。
テラス席についているのは女主人と賢者のみ。使用人は全員下がらせ、護衛にはロバート氏。そして当事者である私が近くに侍る。立ちっぱなしで重心が決まらずふらふらするが、ロバートさんに横目で睨まれたのでできるだけ頑張って足に力を入れる。私はドアマン、そう自分に言い聞かせた。
「それで、どうなさったのでしょう」
「命の危機を感じたので、ロバートを頼りに来ました」
「……ディナに何があったの」
誰? とは思うが心当たりは一人しかいない。
師匠さんの名前だろう。響きからして女性だと思う。
「ええと、封印が解かれた状態です」
「……そこの、貴女。ルノ、とか言いましたか」
「あ、は、はい」
「何をしたの。正直に話しなさい」
「食糧庫の掃除をしました」
「それ以外は」
「台所の掃除もしました」
「………」
嘘は言ってないぞ。一言たりとも。
「あ、服は拝借しました」
「もういいわ」
眉間をもみながら難しい顔をする婦人。
あったことを端的に話すと以上の三つで終わるわけだが、理解に苦しんでいるようだ。
「マスリオ様が住んでいた家からは一歩も出ていません。そうですよね、マスリオ様」
「ええ、それは……たぶん。部屋に籠っていたので確実にとは言えませんけど」
そういえばそうだった。証人になるかと思ったけどダメじゃん!
「いいと言ったはずよ。黙って頂戴」
すみません。
睨まれて怖いので引き下がる。命は惜しいです。
「この際、原因は何でも構いませんわ。問題は、彼女をどうやって大人しくさせておくか、です」
「餌で釣るしかないかなぁ」
「一番確実で……リスクが少ない方法ですね。ロバート」
「はい」
「選別しておくように。私は時間を作ります」
「承知いたしました。……お前も来い」
気を遣ってくれたのか、主人の頭痛の種をこの場に留まらせたくないのか、ロバート青年に袖を引かれた。それに従って一緒にこの場を立ち去る。一秒たりとて同席したくないです。
使用人部屋に戻ってきて、そこに誰もいないことを確かめてからロバートさんはため息を吐いた。
「……で、実際、何をしたんだ」
「申しあげた通りです」
「掃除であの人が逃げ出せるようになるのか? 窓か扉か、うっかり開いたんじゃないのか」
そんなもんで逃げられるのか? それ封印っていうか軟禁なのでは。
「そもそも、隣の屋敷に師匠さんがいる事すら知りませんでした。それに、家から出ていないことは本当です」
「それを何かに誓えるか」
え、誓うもの?
あれ、こういう場合は主教とかそういうものに誓うのか!? 家名?! でも平民に苗字ないだろ多分。
かといってここの家名使おうにも知らないし!
「……私の父と母、祖先、祖国の全てに誓って」
「そうか。口から出まかせってわけじゃないようだ」
あ、信じて貰えた?
義理堅い性格なんだろうか。こんなもん言うのは容易いだろうに。そんなだと詐欺にあうぞ。
「なんで封印が解けたのか、あいつから聞いているか?」
「食物の腐臭で行動制限していたようです。なので、掃除をしたことでそれが緩んだと……」
「……何とも言えんな」
ですよね。私も第三者からそんなこと言われたらコメントに困るわ。
「お前、妙に勘がいいよな」
「はい? いえ、そんなことはないと思います」
「最初、あの屋敷に入るのを回避しただろう。なら、今回の解決方法にも提言があるんじゃないか?」
なんでや。そんなん知らんがな。
危機感が勝ったからああいう行動に出ただけで、頭だってよくないし、それこそ能力値も才能も普通以下ですよ。
いや、ちょっと待って。
先ほどの会話とロバートさんの性格、それからその台詞。
要するに、選別って人柱か。それで私に話を振ってきているのか。つまり、上手く答えられなかったら餌は私になるってことだ。そりゃそうだ、あの夫人はなんにせよ私がいたから問題が起こったと認識しているんだから。お前が犠牲になって解決しろって思うに吝かではなかろう。
よし考えろろ、何かあるはずだ、どこかにヒントが……あるはず。ある……。
「……ディナ様って、女性ですよね?」
「ああ、そうだな。そう聞いている」
詳しいこと知らないのか。それはちょっと不安材料だけども。
どうせ人身御供にされるのであれば、なんでも提案する方がいい。まだ生存確率を増やすことができる。
「マスリオ様の研究って、不老長寿であると伺いました」
「ああ」
「そもそも、なぜ魔物と自身を交配したのか? おそらく彼女も不老長寿の研究をしていたのでしょう。そしてガラリア様。あの様子ですと、ディナ様と親交があったはずです」
師匠と弟子、二代にわたって同じ研究をさせているんだろう。あの婦人は私が考えているよりも年を取っていると思う。
とまあ、それは置いといて。
「若く美しくあること、それが行動理念であるはずです。それを実現している物は何か? ……若い娘、ですね」
「………」
「彼女が外に出て、真っ先に目をつけるとしたら若い娘でしょう。それに該当する人物に協力を仰ぐしかないでしょう」
うん、あれ?
このままだと確実に私が生贄じゃないか! 該当するわ思いっきり!!
「あ、あるいは、不老長寿の秘訣とか!!」
慌てて言いつくろうが、苦虫を噛み潰したような顔をされただけだった。
理論的に自分を追い詰めてしまいました。いやはや。ぐうの音も出ないわ。
「お前の言い方からすると、おそらく奥様でも良いんだろう。もしくはマスリオでも。だが、あの二人を失うのは損失が大きすぎる」
「ディナ様にアンチエイジングの方法を教えられるのであれば、望みもあるんですけど……」
「あ、ん? まあ、何かはわからないが、魔物化している以上、伝えることは困難だ」
だよなぁ。
ってことはやっぱり、生娘を差し出して再封印するしかないってことか。
「討伐するしかないか。奥様の心情を考えると辛いものがあるが、こうなっては致し方なかろう」
「ン?」
「どうした」
「あ、いえ」
あれ、討伐? 封印じゃなくて?
不思議そうな顔をしていたからか、ロバート氏が私の頭に手を置いて悲しそうに微笑んだ。
「このままじゃいけないって、俺も奥様もそう思っていたんだ。いつかはやらなきゃいけなかった。それが今になったってだけだ。……指示も出たしな」
え、あれってそういう意味だったの?
信頼関係ありすぎだろう。あれだけのやり取りで全部理解できるとかコイツ何者だよ。
「お前もマスリオの助手になるだけあってなかなか聡明だ。これからもあいつを助けてやってくれ」
そのままポンポンと頭を撫でて、今度はにっかり笑うロバート青年。
これがこの人の勝手な解釈だったらどうなんだろ。とか思うのは意地悪なんだろうか。
「準備には時間がかかる。その間、マスリオはここに滞在するだろう。あいつは研究をすればいいが、お前はそうはいかない。仕事を与える。上手くやれよ」
そして私はここの使用人頭に紹介をされた。
主人付きの衛兵から直々に話が出たので、すんなりとメンバーに迎え入れてもらうことができた。
ああ、やっぱり強運スキルあって良かったわ。なんとか人柱にされることもなく、この難事を乗り越えることができそうです。




