第0話 愛している。
「正気か?」
オーギュスト王は計画書を読み終えて、疑うような目でヴァニシオンを見る。
正気を失ってるから、こんな計画が立てられた。
けれど、正気じゃないと実行できない。
ほくそ笑みながら「あぁ。フィクト国を終わらせる」と第一王子であるヴァニシオンは宣言した。
全ての始まりは、ルチアの政治への関心だった。
ルチアは真面目な性格で、義理堅く、何よりヴァニシオンにふさわしい女性になろうと努力を続けていた。そして彼自身も、王妃として迎えるにふさわしい女性だと誇らしくもあった。
また、デビュタントを迎える前後から、ルチアは自領のことについてヴァニシオンに語ることが多く、その視点の鋭さには目を見張るものがあった。ゆえに、彼女に負けまいと、ヴァニシオンも王子としての特権を生かし、他国の内政にまで知識を深めていた。
ところが、次第に年を重ねるにつれて、見えてくるものがあった。
——それがフィクト国の闇。
華やかな宮廷内で昼夜問わず行われている、悪しき横行の数々は幼いヴァニシオンの視界に否が応でも入ってきた。
ルチアがフィクト国の将来の展望について語れば語るほどに、ヴァニシオンの胸は軋み続ける。
そして、とうとうルチアを正式に城内へ迎え入れて、王妃教育を始めるべきではないか、という時期に差し掛かってきた。
ヴァニシオンは、直感する。彼女の光が失われる、と。
ルチアの性格から、この沼底のような世界にヴァニシオンがいるのならば、ルチアは共に這い上がろうとするに違いない。ヴァニシオンは、そんな泥沼でもがき苦しみ、闇に堕ちていく姿を見たくなかった。
だったら、スターレット家ごと隣国に移し替えたほうがいいだろう。先にルチアの両親をレヴァントに密かに送り届けて、計画が完遂したあかつきに、ルチアに会わせる計画をヴァニシオンは立てた。
オーギュスト王は、続いてルチアが作成した改革案にも目を通し始めた。
まだまだ改善点は多く、政策としては甘いところが散見される。けれど、十代の伯爵令嬢が自分で考え作り上げたという点においては、称賛に値するほどの出来だった。
ゆえにヴァニシオンは確信した。この才を生かせる国はどこか、そして、理解できる王はいるのか。
行き着いた先が、隣国のレヴァント。今後、一番の発展を遂げるであろう国の若き王に、ヴァニシオンは極秘裏に面談を取り付けた。
「ルチアがそちらに逃げ延びた折には、必ずこの改革案を思い出すような課題や環境を与えてやってください。ルチアは必ず、その卓越した知性で、そちらの国に合わせた『政策案』を提出します。……彼女の才能を、存分に咲かせてやってください」
汚泥まみれの腐った土壌では、決して花開くことのない白百合の花。
清廉で誇り高く、輝かしいまでに美しく凛としていて、無垢な強さを秘めている。
一刻も早く、その苗を別の土壌に移し替えなくてはいけない。ヴァニシオンは、膝の上で拳を握りしめる。
豊かで肥沃な大地と澄んだ水、そして明るい太陽が降り注ぐ光に満ちた世界こそ、大輪の花は咲き誇ることができるのだ。
「……考えておこう」
「ご配慮、感謝申し上げます」
「だが、お前の計画によっての我が国の利益は、知恵者だけなのか」
「いえ。我が国ごと——全て差し上げます。時期になりましたら、権利書等をこちらの者に渡します。クリュオス」
「はっ」
傍らのクリュオスをオーギュスト王に紹介する。
ヴァニシオンにとって唯一の理解者でもあり、共犯者でもあった。クリュオス自身、身の置き場のない実直な騎士だった。腐った騎士団では、まともな騎士にもなれず、実家もまた下級貴族として日々、智謀策略に頭を巡らせているような底辺だった。
——だったら、僕だけの騎士になればいい。
そうして、ヴァニシオンの駒となることをクリュオス自身が選んだ。
先にクリュオスにはレヴァントに潜伏してもらい、騎士団の一員として貢献することをオーギュスト王に伝える。彼の騎士としての能力は申し分ない。また、知識面についてもヴァニシオン自ら施してある。計画が動き始めたら、ヴァニシオンの手先となって、動いてもらう流れだ。
「なるほどな。……フィクトの王子よ、そこまでして何を得ようとしている」
鋭い金色の目。まるで、獲物を狩る猛獣のような気迫だった。
ヴァニシオンはそれに応えるように、真っ直ぐに見つめ返した。
「愛する人を守り抜くため、というのは理由になりませんか?」
思わぬロマンチストめいた返しに、オーギュスト王は虚を突かれたように目を見開いたが、やがて破顔一笑した。
すぐに「この計画に乗ってやろう」とヴァニシオンと固い握手を交わす。
こうして、計画は動き始めた。
ヴァニシオンはフィクト国の暗く、長い、闇夜の廊下をたった一人で歩く。
——ルチアは僕の光だ。
汚泥まみれの城。
国王は金銀財宝にしか目がない金狂い。
王妃は男にしか興味がない色情魔。
貴族たちは噂と足の引っ張り合い。
文官は偽造文書作成に大忙し。
武官は暴力沙汰で大声をあげる。
侍女たちは、小競り合いに一喜一憂。
どこもかしこも歪んでいた。
歩くだけで、吐き気がする。
ルチアのそばにいることだけが、僕にとって唯一の幸福だった。
あぁ、ルチア。
君はこんな国にいちゃいけない。
美しい白百合が、枯れ果てることは許されない。
僕は業火を背負うだろう。
でも、決して君には触れさせない。
これはフィクト国の王子として生まれた罪。
そして、これからを生きる罰。
だから――せめて、僕を愛して、ルチア。
Fin.
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ご愛読、本当にありがとうございました。
最後にひとつ、ルチアは彼の手を取ったのでしょうか。
それとも――物語のその先は皆さまのご想像にお任せできればと思います。
前作はハッピーエンドですので、お口直しによろしければどうぞ。
「最高位錬金術師は洗濯ができない。なので、元宝石商OLが全部やることにしました!」
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