久しぶりの初恋
プシュケは、ハッとした。直ぐに、間違いなくそれは、自分の事だと分かった。プシュケという名は非常に珍しいもので、今まで同じ名前の人に出会ったことは無い。そこまで考えたあと、目の前の男に心当たりが付いた。その瞬間、涙が頬を伝う。
「ねえねえ、その英雄っ子って、実はプシュケだったりして!……プシュケ?どうしたの?」
隣に居るネネルが、男の言葉を聞いて揶揄ったが、その涙を見て我に帰る。
「…も、もしかして、ペトロさん…なの?」
すると、男は一瞬驚いた顔をした後ニカっと笑った。
「やーっと気づいたか、この鈍チンめ!忘れられたかと思ったぞ!」
その笑顔はあの時と変わらず、太陽のようだった。あの時は年に不相応な顔をしていたが、今は釣り合いが取れてダンディな男になっていた。
「ペトロさん!久しぶり、やっと年が顔に追いついたんだね。あのね、俺、あの時からずっと鍛錬してきて、もう村じゃ誰にも負けないんだ!」
「おぉ、そうか!もしアンブロシアは諦めました、とでも言い出したら、殴ってやるつもりだったんだがな!残念、残念…うわっははは!…それと、年が顔に追いついた、は余計だなー。」
「ひどいなぁ。俺がアンブロシアを諦める訳ないだろ!」
「それもそうか。いつまで経っても、お前はお前だな。あ、そうだ!お前に紹介したい奴が居るんだよ。」
そう言うと、ペトロは後ろにいた女の子を前に引っ張り、肩に手を置いた。そこには、ラベンダーカラーから、紺藤色への美しいグラデーションを持ち、腰まで伸ばした毛先は白い。そんな髪を持つ綺麗な顔立ちの女性がいた。背はプシュケよりは小さいものの、ネネルより10センチほど大きかった。桜色の唇が、美しい少女だ。歳は同じくらいと見える。
「コイツは、ペレ。ペレ=ソレイユ。ソレイユ商会の長女で、俺の娘だ!」
「娘⁉︎うそ、ペトロさん結婚してたの?老け顔なのに?」
「失礼だな、お前。もっと驚くべきポイントあっただろ?」
「ソレイユ商会って有名な商会だよね?僕、そこの服はよく買ってたんだよねー!その子がそこの娘さんって事は、ペトロさんは商会の会長って事じゃない?」
実はソレイユ商会のヘビーユーザーだったネネルが、興奮しながら話に入って来た。
「おお!嬢ちゃん勘がいいなぁ。俺はペトロ=ソレイユ。ソレイユ商会会長をやってるんだぜ。」
「やっぱり!いつもお世話になってます!だけど僕、嬢ちゃんじゃないよ。男だもん。」
「マジか、それは失礼した。すまんすまん…ほら、お前も挨拶しろ、ペレ。」
「わ、私はペレです。よろしくお願いします。えっと、今日は冒険者になるために来て、リゼルさんにここで待っていて、と言われたので待ってるところ、なんです。」
緊張した面持ちと声色で、手をモジモジと動かしている。顔を真っ赤にして俯いている姿は、なんとも悪戯心を擽られる。
「あの、プ、プシュケさん。でしたよね、あの私プシュケさんとお会いした事あると思うんですが、覚えてますか?」
そう言うペレの顔は、恥ずかしさの赤面からでも分かるような、完全に恋する乙女だった。しかし、この鈍感男は、あっけらかんと答えた。そればかりか、何故彼女がこんなに顔を赤くしているのかも、いまいち分かっていないような奴である。きっと、言い方を考えるべきタイミングすら、一切掴めないのだろう。そして、その真っ赤な顔が、あの小悪魔の悪戯心に、知らず知らずのうちに火をつけていた。
「会ってないと思いますけど。」
「そう、ですか。良いんです!多分他人の空似ってやつかと。」
「ムフフ…ペレちゃん、もしかしてプシュケに惚れた?でもごめんねー!僕、プシュケは譲れないかなぁ。」
「っな!それって!」
ペレは顔を赤らめ、声を張り上げた。プシュケには、ネネルに悪魔のツノと尻尾が生えているように見えた。コイツ、何を言うんだ、男だろう、と。しかし、残念なことに、ネネルは女顔。しかも低身長で可愛いときた。そして生憎、緊張で父とネネルの会話も頭に入って来なかったペレに、ネネルを疑うことなど出来ようもない。修羅場である。ペレにとっては。
もはや、後ろでニヤニヤしている父の姿など、一切目に入らなかった。
プシュケはニヤつくペトロを見て呆れ、ネネルとペレを見てはハラハラし、切実に願った。
「リゼルさん、早くきてくれ〜!」と。




