表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

混浴ノクターン①

冒険者の街 ブランメルの日中は、多くの人が行き交い賑やかだ。無論、夜も多くの店が酒を出し、仕事終わりの連中が集って宴をする為静まり返る事は無い。しかし今日は、初めて来た二人でも只事ではないと思うほど、いつにも増して賑やかであった。


「なぁネネル。今日って祭りでもあるのか?」


不思議に思ったプシュケは、屋台で買った串焼きを両手で持ちながら、絶賛ご当地スイーツを堪能中のネネルに聞いた。


「さあね。でも確かこの時期になると毎年、繁盛祭りをやるって言ってた気がする。もしかするとそれかもね!」


そう言うと直様スイーツに齧り付いて、うぅーんまぁ〜!と唸っては舌を舐めずっている。

プシュケは節約のためスイーツを断念したのに、酷い仕打ちである。

それはさておき繁盛祭りとは、王都からも近く、交通の弁が良いと言う地理的要因で人が多く集まり、商売が繁盛したという事から来た祭りである。毎年恒例の行事で、「今年一年も街の経済が潤いますように」と願うのだ。


街を歩いて、宿に向かう途中。日もそろそろ落ちようかという時であった。


「ねぇプシュケ。一緒にお風呂入ろ? 僕も疲れたし、この宿温泉付きみたいなんだよね〜。入らないと損でしょ!」


プシュケがネネルの思わぬ発言に、思わず飲んでいたジュースを吐き出した事は言うまでもない。


「いやいや、だからこそ一人で入る方が良いんじゃないか?」

「そんなことない! 僕はプシュケと一緒に入りたいの。」

「いやいやいや」

「そんなに嫌?」

「嫌…じゃないけどさ。その、なんていうか。ダメっていうか。」


混浴とは言えど、女子と入るなど健全なプシュケには刺激が強い。


「嫌じゃないんなら良いじゃん! 決まり!」


結局ゴリ押されて決まってしまったものの、あの後ネネルは念を押すこともなく、そのまま有耶無耶になっていった。プシュケもすっかり安心しきり、今はどっぷりと湯船に身を沈めている。心も身体もほぐれ、ほんのりと眠気さえ感じ始めたそのとき、湯けむりのかたわらに動く影が差した。


 他の宿泊客だろう、と特に気にも留めず半ば無意識で視線を泳がせる。だが、不意にその影から、どこか聞き覚えのある調子の声が空気を裂いた。


「やほー! プシュケ。ここ、お風呂二つもあるなんて、迷っちゃうね!」


 その瞬間、半ば溶けかけていた思考が勢いよく現実に引き戻された。湯けむりの向こう、クリーム色の癖毛ボブが無邪気に揺れている。タオルを前方に当て、軽やかな足取りで湯の縁を回り、屈託なくこちらに手を振る様は、いかにもネネルそのひとだった。心のどこかで「まさか」と思っていたことが、目の前であっさり現実になるとは。プシュケは湯の中で硬直し、言葉どころか息さえ詰めたまま動けずにいる。

ネネルはあたりを見回しながら、「わりと広いんだね、ここのお風呂って」と感心したふうに言い、小首を傾げては湯面をのぞきこんでいる。見慣れた綺麗な顔立ち、首筋に張りつく濡れたクリーム色の髪、そして、まるで少年のような「僕」の声。全部そろってしまって、どう言い訳してもネネル以外の何者でもなかった。


 まさか、本当に来るとは。しかもこんなに堂々と――。


 プシュケはあきらめにも似た放心のまま、露天の空を仰ぐ。最初からネネルのペースにあった気もするし、今さら止めるすべも思いつかない。ただひとつ確かなのは、隣にネネルがいて、何食わぬ顔で湯船に身を沈めているという、そのことだけだった。

しばらくの沈黙のあと、プシュケは何とか呼吸を整えた。だが、隣にいるべきではない存在があまりにも自然体で湯船に肩まで浸かっていることが、どうにも理解できない。


「……ネネル、お前、ほんとに来たのか」


 声が妙に小さく震えた。だがネネルはそれさえも気づかぬ風で、にこにこと湯面に手を広げて遊ぶ。


「うん!ほら、暫くずっと一緒って言ってたし。プシュケと一緒のお風呂、なかなかできる体験じゃないしねー」


 明るい声が、ためらいの色を欠片も帯びていない。そのくせ、一丁前に色気を纏っている。プシュケはお湯の熱気以上の火照りを感じながら、小さくため息をついた。


「でもさすがに……その、こういうの、気まずくないのか?」


 どうしても訊かずにはいられなかった。だがネネルは、きょとんと目を丸くして首を傾げる。


「気まずい? なんで?」


「だって……いや、その……混浴って、俺は別にいい…けど……普通、女の子はこういうの嫌がるんじゃ?」


 言葉を選びながらも渋々口にする。その一方、ネネルは今にも笑いだしそうな顔で湯船をバシャバシャと小さく鳴らした。


「大丈夫だってば。だって、プシュケなら信じられるもん。」


 あまりに無邪気な返答に、プシュケは返す言葉をなくす。ただでさえ落ち着かないのに、そんな一言を正面からぶつけられては、真面目に逃げ出したくもなる。


「――お、おう……」


 結局、気まずさと照れを抱えて押し黙った。ネネルはそんなプシュケの心情にまったく頓着せず、湯けむりの奥で鼻歌交じりに肩まで沈んでいる。その横顔がやたら楽しそうに見えて、プシュケはますます心の置き所を見失っていく。


 この違和感の正体を、まだプシュケは知る由もなかった。



作品を気に入っていただけたら、何かしら反応いただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ