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ケモミミのサーガ  作者: 楠井飾人
Episode II:機械仕掛けの霧の国
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序幕・後編-霧の夜

 都市の中央を通る一番通りから外れた未舗装の道。


 通称、番外通りを抜けた先には、一つの無骨な屋敷が建っていた。古くは高名なドワーフの職人が所有した鍜治場であったその場所だが、現在はドロワール政府が所有する施設の一つであり、主に要人を招く為の屋敷として使われている。


 屋敷であるにも関わらず、その景観を形容する言葉が“豪奢”ではなく、“無骨”という言葉が用いられるのも、屋敷が元は鍜治場であった頃の名残であった。


 「……」


 その屋敷の一室。後から備え付けられた飾り気のない大窓から、真っ白なケモミミをピコリと生やす少女が橙色に染まった西の空を見上げていた。炎上するイミール宮殿の火の粉を見る彼女の瞳は、その色に照らされた故か、淡い緋色に輝いている。


 「ガランお爺様、イミール宮殿の様子が変」


 彼女は抑揚のない声で呟くと、後ろで戦う(・・・・・)人物へと返答を求める。


 「どこぞの輩が暴れているのでしょう。屋敷の外でも、他の近衛がお客人をとりなしているようですからな。……それと。ガランお爺様はお辞め下さい、お嬢様」


 リィン——、と。鈴の鳴るような流麗な風切り音が響く。


 次の瞬間、音は肉と骨の隙間を縫うような不快な音へと変わり、続いて人影が力なく地面へと倒れ伏す鈍い音へと変化した。倒れた男は断末魔を上げる間もなく絶命しており、冷たい床に赤い血溜まりを作って動かなくなる。


 斬殺された男を睥睨した白髪の老騎士。狼の耳を生やす獣人の男だ。肌には歳相応の皺が刻まれ、その全身には老齢された……いや、歴戦の戦士然とした空気感が纏われ、その並々ならぬ雰囲気を証明するかのように、使い込まれた一振りの剣から知が滴り落ちている。


 老騎士は死した男——自身の主人をつけ狙う悪辣な刺客から視線を移し、暗い部屋に立つ残った刺客たちへと視線を遣った。


 暗闇の中、二つの瞳だけがやけに鮮明に輝く。冷たい殺気を放つその視線に射抜かれ、フードを目深に被った刺客たちはビクリと肩を震わせ、生唾をゴクリと呑んだ。


 怯えの混じった瞳を老騎士へと向けると、彼らは覚悟を決めたように武器を握り締め、怪物へ立ち向かう英雄が如く、蛮勇を振り絞って一歩を踏み出した。


 「むぅ……。お爺様も、ミーシャの事をお嬢様と呼ぶのは止めて。どうせミーシャとお爺様しかいない」

 「……何を言うのですか。よく見て下さい。私とお嬢様だけではありません。こうしてお嬢様を狙う下手人が何人もいるではありませんか」

 「そんな事ない——」


 ドサリ——、カランカラン……と。刺客たちが倒れる音と、武器が地面に転がる甲高い音が部屋全体に響き渡る。


 「——今、二人になった」


 同時に、ケモミミの少女——ミーシャは、倒れ伏した刺客たちへと視線を遣りながらそう告げる。彼女の様子を見て一瞬だけ視線を伏せた老騎士——ガランは「……、……はぁ~」と疲れたように溜息を吐くと護拳刀(サーベル)に付いた血のりを布で拭き取り、腰の鞘へと仕舞った。


 「……最近耳が遠くてな……()は聞こえなかった」


 勘弁したように老騎士としてのベールを脱いだガランは、親しい人のみに見せる面持ちでミーシャへと話し掛ける。窓から顔を出して遠くを見る彼女を見かねて眉根を寄せた。


 「……ミーシャ。どこから刺客が現れるか分からんのだから、あまり窓際から顔を出すのは止めなさい。今は銃なんて恐ろしい兵器があるんだ……どこから狙われたっておかしくは無いんだぞ?」

 「その時はガランお爺様と他の近衛が守ってくれる」

 「……儂も近衛も無敵ではないのだがな」

 「大丈夫。ミーシャは皆を信じてる」

 「そうか……嬉しい限りだ」


 真っ直ぐな瞳で彼女はそう言った。表面こそ皮肉交じりの返しだったが、ミーシャには分かる。その言葉の奥底に、言葉通りの歓喜の感情が隠されている事に。


 ガランとはそういう人物だ。近衛の騎士として自分の身の安全を守る以前に、いち個人としてのミーシャを心から案じてくれている。


 「だが、それはそれとして夜は冷えるからもう寝なさい。風邪でもひいたら一大事だ。ちゃんと毛布を被るんだぞ? 足も布団から出したら駄目だ」

 「……、……分かってる。ガランお爺様、過保護……」


 が、その過剰な心配がマイナスに働く事もある。それがこのガランという人物の悪い部分だ。過剰に自分を心配するばかりに、こうして過保護な一面を見せる。


 そして大抵、言い出すと止まらない。


 「当たり前だ。大体、ミーシャ……こんな時間まで起きていたら身体にも悪いし、肌にだって悪い。将来は母親に似て美人になるに決まってるのだから、もっと気をつけてだな——」

 「——あ、うん、分かった。もう寝る。お休み」


 ——そう。このように。


 「む、そうか……分かったならいいんだ」


 先程の恭しい態度とは打って変わり、過剰な心配を見せるガランの言動に、また始まったとばかりに僅かに顔を顰めたミーシャは、食い気味に言葉を被せた。


 「それ、隣の部屋を使うといい。この部屋の始末は儂と他の近衛でやっておこう。それ程の手合いではない。外の始末がついたら、すぐに他の近衛も来るはずだ」

 「ん。分かった」


 ガランの言葉に大人しく従い、ミーシャは部屋の扉を開ける。「お休み、ミーシャ」と言う老騎士に「お休み、ガランお爺様」と返し、静かに扉を閉じる。


 「……」


 カツカツと鳴る自分の靴音に耳を貸しながら、気付くとミーシャの視線は渡り廊下の窓へと向いていた。部屋の窓とは違い、そこから見える空は深い藍の色に包まれ、炎上するイミール宮殿の火の粉の光も届いていないようだった。


 今宵は満月。火の粉の明かりは届かずとも、淡い月明かりと満天の星に照らされて外の景色は良く分かる。手入れの行き届いた庭園だ。自分のような要人を招く為の施設と言う事だけあってか、屋敷の外にはこの暗がりでも分かる程に彩りのある花々が植えられており、太陽が顔を出す時間に見れば溜息を漏らす程であろう事が伺えた。


 「……、……」


 不意に。瞼に映したその庭園の景色に在りし日の光景が蘇る。


 幼き自分の姿と、鍔広帽子を被る真っ白な女性(ひと)。白狼族のように光沢のある純白の白ではなく、少し濁った白髪と白底翳(しろそこひ)のように濁った瞳。どこか病的に見える様相とは似つかわない……快活な笑顔。


 邪神の呪いなど感じさせぬ、勝気な母の姿がミーシャの瞳に映し出された。


 「……お母様も見てますか? もしもそうだったら、ミーシャは嬉しいです」


 ゆっくりと手を伸ばす。切なさと寂しさが混じった表情で。


 自然とその足は窓際に立ち、二度とは戻らぬ日々に思いを馳せる。


 ミーシャはそのまま、問い掛けの返事を待つように庭園を見つめた。


 「……」


 ——しかし。


 一度(ひとたび)の瞬きの後、その瞳に蘇った温かな過去の幻影は消えていた。既に見慣れた庭園の景色が見え、やけに手入れの行き届いた窓に自身の瞳が映し出される。


 無力さと、虚しさの入り交じった——緋色の瞳(・・・・)が。

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次回から『第一章・機械仕掛けの霧の国編』が始まりますので、今後とも読んで頂けると嬉しいです!

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