57.クロエをもらっちゃったしな。
ギィ。
宿の部屋の扉が開いて、俺はギクリと身をすくめた。
部屋の鍵はちゃんとかけた。
それが開けられて、いま誰かが入ろうとしている。
俺はすぐに〈ボーンウォーロード召喚〉をいつでも行使できるように身構えた。
しかし入ってきたのは、クロエだった。
「クロエ? なぜ……」
「ごめんなさい。駄目だと思ったんですけど……マスターキーを使って……。今日はベルナベルさん、いないみたいで。だから……」
「ちょっと待ってくれ。どうしたんだ?」
いやどうしたかはなんとなく察せられる。
たしかベルナベルが言うには、発情期だったはずだ。
だが俺の部屋に来たのはなぜに?
「ええと……それでクロエは何をしに、ここへ?」
「コウセイさん。お願い。身体が熱くて、どうにもならないの。鎮めて……ください……」
スルリスルリと衣服がはだけられて、白い肌が露わになる。
俺はその色香にゴクリと喉を鳴らした。
……相手は十二歳だぞ!!
「ちょ、ちょっと待て。なんで俺なんだ? 言っちゃ悪いが、俺は君の倍以上年上でな? 相手としては少し歳が離れすぎていると思うんだが」
「この宿で一番、身綺麗にしていて、綺麗な人と一緒だから。一晩だけ、コウセイさんをお借りさせてくださいっ」
ベッドに腰掛けている俺に、タックルを仕掛けるようにクロエが抱きついてくる。
おいおいおい、どうしろっていうんだこれ。
俺はクロエを引き剥がそうと肩に手を置いたが、驚くほど強いチカラで抱きしめられていて遠ざけることができない。
十二歳の少女とはいえ獣人族の身体能力は俺を遥かに上回っているらしい。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
涙目のクロエに衣服をはだけさせられながら、少女は俺の上に乗りかかってきた。
「ほう。昨晩は随分とお楽しみじゃったらしいのう」
「完全に事故だ」
「その割に、小娘が気をやるほど戯れたようじゃが?」
「獣人族の発情期って、大変なんだな……なかなか終わらなくてどうしようかと」
「じゃが主に夜這いしたとはのう。好かれておるなあ主よ。どう責任を取るのじゃ?」
「くっ、好かれているわけじゃないだろ。この世界の一般的な衛生観の連中と違って、俺はベルナベルの〈水:浄化〉の恩恵に預かっているから清潔感があるんだと」
「そんな言い訳、ほんとに信じておるのか?」
「……は?」
「獣人族の女が発情したら必ず男を求めるとでも? 淫魔じゃあるまいに。自分を慰めることで発情期をやり過ごすことができるぞ」
「え、じゃあなんで……」
「主は気づいておらんようじゃがな。〈魔力眼〉を持ったクロエからしたら、莫大な魔力を保有しておるそなたは有力な婿候補ということじゃ」
え、〈魔力眼〉ってクロエのスキルだったのか……。
いやそれより。
「婿候補って? 俺にはベルナベルがいるじゃないか。どう見ても同室の女がいる男を婿候補にするっておかしいだろ」
「ん? 別にチカラのあるオスが複数のメスを娶るのは普通のことじゃろ」
一夫多妻の世界だったのか、知らなかった。
あれじゃあ、俺ってこの宿に婿入り確定?
すぐに俺は〈代理人〉を起動して〈隠れ家〉に入った。
「うー……ん?」
「おはよう、クロエ」
「ひゃ、コウセイさん!?」
目がさめたクロエは、顔を真っ赤にしながら俺にすがりつく。
しかし視線の先にベルナベルを捉えて、慌てて身を離した。
「え、えーとこれは……」
「小娘よ。わしの主を見初めるとはなかなか良い眼の持ち主じゃ。主は責任を取る覚悟を決めたようじゃぞ。良かったのう」
「…………え? それって、その、私と結婚してくれるってことですか!?」
クロエは真剣な視線を俺に送ってくる。
俺は頭をかきながら、それに首肯で応じた。
「ああ。クロエをもらっちゃったしな。責任は取るよ」
「ふわぁ。う、嬉しいです……!!」
俺は、この後クロエの両親である女将のアナベルと、宿のオーナーシェフである父親のチェスカルに挨拶をして、正式にクロエを娶ることになった。
宿に婿入りするに当たって、俺は料理を覚えることになった。
つまりチェスカルの後継者として、修行することになったのである。
これでもうつ病になって実家に戻るまではひとり暮らしをしていて、ちょくちょく自炊もしていたから料理もすぐにモノになるだろう。
なおベルナベルは俺とクロエの結婚を祝福し、身を引くこととなった。
かくして〈代理人〉のひとりである俺は、宿の若旦那としてクロエと結婚することになったのであった。
《宿屋『鍋猫亭』が自宅として認定されました》
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