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20/21

20、TV放映

 アフガニスタンで、誘拐された、ということになっていたシンイチ。ムラオカが一部始終を計らった形となった。日本に帰国し「西域ラーメン店」を訪れ、母ミキ子と、幼なじみの看護師ユキコに、シンイチとカブールで会ったことなど、経過を伝えるムラオカ。そして...。

 ムラオカが店から出ていった後、ミキ子とユキコは、信じられないような顔をして一瞬お互いの眼を見た。

 ミキ子は、エプロンで目尻を拭きながら、

「よかった。シンイチが元気で。もう日本に帰ってくるね。」

 ユキコも、

「そう。シンイチ君が帰ってくれば、少しはハナオさんも良くなるかもね。」

 ユキコは、ミキ子から連絡を受けてハナオがガンに侵されたということを知っていたのだ。

「AAA医療財団って、この区にも関連病院がある。そういえば、ハナオさんが通院している病院。AAA医療財団と同じ法人。やっぱり外国人研修医なんか多いのかな。」

「そうだったの。外来で何人かそんな先生を見たような気がする。」


・・・ニュースが入ってきました。9月にパキスタンで行方不明とされていた大学生がアフガニスタン・カブールで元気な姿を見せているということです。・・・


 つけっ放しのTVを2人は見て、今度はお互い眼を丸くして見合った。

「シンイチ君のこと?!」

 ユキコは、TVに近づき音量を上げた。


・・・名前はイヌイ シンイチさんです。今年9月にパキスタン・フンザからのメールを最後に消息を絶ち、外務省を通じて捜索がされていました。では、カブールからのVTRです。・・・


 画面に紛れもないシンイチが映っていた。髭が伸び、薄茶色の民族服を着ていて、地元民のような井手達ではあったが、それはシンイチに違いがない。

 どこか古い事務所のような建物内でインタビューを受けている。

 「あ、あの、パキスタン北部チトラルという街で、男たちに声をかけられて...」

 「いえ、彼らと森や丘を歩いただけです。」

 シンイチは顔色も良く、表情も明るい。だが、誘拐?実際はそうではない、とついさっき訪れてきたムラオカという男の人が言っている。

 ミキ子とユキコは、三たび、驚かざるをえなかった。今しがたカウンターに腰かけていたばかりのお客がTVに出ている。シンイチに続いてインタビューを受けていた。

 「彼は、誘拐され、グループと行動している間に対立組織と思われる者から撃たれ、左脚を負傷したのです。・・・地方の診療所で彼は静養し、その後カブール市内を彷徨うようにしていたところを助けたのが、こちらハヤサキという青年です。うちのスタッフです。誘拐された日本人を救ったのは、バダクシャーンの診療所と、ハヤサキ君です」

 続いてシンイチが、

 「・・・アフガニスタンの人々は親切で、特に診療所の医師、看護助手さんには安心出来ました。お礼を言いたいです。そして街の人々も。カブールは活気に満ちていて将来性を感じます。食事も美味しいです。」

 と覇気ある声で話している。ともあれシンイチは帰って来れるのだ。

ミキ子とユキコが手を取り合って喜んでいた。もちろん、TV放映されていたことを、寝室にいるハナオにも聞かせた。

 ハナオは、

 「そうかい。じゃあ、この店もなんとかなるかな。」と一言。

 家族がまとまれば、一家の状況は好転していくことを、ハナオはわかっていた。


......


 カブール市内でもTVが”誘拐されていた日本人大学生、市内で確認される”と放映されていた。

 しばらくすると、何人もの市民がAAA医療財団事務所前に集まり、窓から中を覗いたり、中には”ここがそうか。日本人を救出していた事務所ですか?よく殺されずにいましたね。アラブ人組織に拘束されていれば、今頃、身代金を要求されるか、首を切られているかどちらかですよ”など執拗に問うてくる者もいた。その都度、ハヤサキが対応してくれていたが、シンイチは2Fの一室で背を丸めて考え込んでしまった。

 (逆に大変なことになったかもしれない。帰国はできるが、誘拐なんて。俺は、誘拐されたんじゃない。アフガニスタンこの眼で見たかっただけだ。そしてバーミヤーンにも行きたかった。...けど、この体験をそのまま日本に伝えることが今の俺の役目だ。親切な人々。すでに戦下ではなく急速な発展をしている首都。活気あるバザール。未来を見据える若者の姿...それを伝えよう。)

 (そういえば、アブドゥルは?医者になる夢は叶えられるだろうか。)


 翌日の朝、シンイチはカブールを発つことになった。3日間のカブール滞在では、見たもの、感じたことは、人に伝えられる程十分でないかもしれない。それでも、山岳地帯をあるグループと歩いたこと、撃たれたこと、バダクシャーンの診療所での静養したこと、そしてアブドゥルとこの街に初めて入り、ハヤサキと出会ったことなど、頭の中で幻灯のように思い返してみた。ただの旅ではなかった。もし、この経験を大学の冊子にでも投稿するとしたら、”見聞録”ではなく、すごい”体験記”になるだろう。


 最後の夜、ハヤサキと話し込んだ。

 ハヤサキは、12月末まで、カブールを中心に学校を巡ったり、東京の本部との連絡のために、滞在を続けると言う。一旦、年末に帰国するが1月~3月まで活動を継続し、来春まで現地職員の新たな着任を待つことになる。

 「この秋は、バーミヤーン方面に行きます。運転手を雇って。バーミヤーンは、ハザーラ族の街だから私も似ている、兄弟だ、って言われて大歓迎されます。大仏は破壊されてしまったけど、人々の生活には変わりはない。カブールではハザーラ族は、清掃夫や人夫など高い位置にはないけど、誇りを持って暮らしている。バーミヤーンの学生たちは皆、明るい。特に、女性は表に出ることを嫌がらずに積極的。看護師として育ってもらうには適正的です。ただ、気の毒なのは、シーア派である彼らは、スンニ派のタリバンやそしてIS(イスラム国)から迫害の対象になってしまっているということ。過去には虐殺もあったし、昨年の事件を覚えていますか?」

 「あの結婚式場でのテロのこと?」

 2019年、夏にはカブールで大規模自爆テロがあったことをシンイチは思い返した。日本でも新聞掲載があり、ニュースにもなったが、それも翌日には立ち消え、世間の話題になることはなかった。

 「そうです。ひどすぎます。千人も集まっていた結婚披露宴という祝福の席が、地獄絵になった。女性も子供たちも全く無差別です。ISが犯行声明を出した。ここのところ、シリアでISは勢力を盛り返しているということです。彼らは、PR目的もあってテロを繰り返す。暴力を起こせば起こすほど、解釈によっては、飢えたムスリム青年たちが世界中から注目し集まってくる。」

 ハヤサキは興奮するようにまくし立てていた。

 アフガニスタンからのニュースとして、ひとつにはテロ重視で偏りがあること、そして一般市民生活についてはほとんど報道がないことについて、以前からシンイチは懐疑的ではあった。

 「そんな事件が続くから、アフガニスタンはいつまでも戦場のようにも思われてしまう。」

 「そうです。外国勢力が介入しなければいい。」

 「苦難かもしれないけど、アフガニスタン人彼ら自身の手で、再生、自立していくことが国の再興の近道です。もう、戦争は懲り懲りだ、と誰しも思っているはず。」

 「本当に、苦渋の歴史がある国なんですね。」

 シンイチが、シルクロードを通り、中国からパキスタン国境を越えて、こちら側からパミール高原の山々を見た時、今までの土地感覚と違うということ身体で感じたことは忘れない。それは、近づいていく古代ギリシャやオリエントの風だったのだろう、とその時、気が付いた。

 紀元前、アレキサンダー大王がこの地に侵攻し、アフガニスタン各地に「アレキサンドリア」という都市を建設した。しかし、当初、征服・領地拡大目的だった東征は、東に向かうにつれて、その地の文化と融合し、多民族が共存して生活できる都市建設していくという「夢」の構想に変わっていた。その証拠が、北部にある遺跡アイハヌムであり、のちのペルシャ系クシャン朝もそうだ。クシャン朝カニシカ王は仏教保護、仏像彫像に力を入れ、アフガニスタン各地に仏跡を残すことになった。

 シンイチは、大学で教わったアジア史学の講義を思い出していた。

 古来から、異文化を取り入れ、蹂躙・戦火があったが、多民族多文化と共生していく方法を探っていくことが、この国の運命のような気になった。そしてそれは、彼ら自身の手で行っていくのだ。

 シンイチの最後のカブールの夜。ハヤサキと初冬の急激に底冷えする事務所2Fで、夜更けまで熱く語り合った。







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