17、それぞれの行動と活躍
カブールでシンイチはAAA医療財団の事務所2Fに寝泊まりすることになった。ハヤサキという青年と出会っていた。そしてムラオカさんというハヤサキの上司ではあるが、アフガニスタンの骨董品のようなものを趣味で集めている奇妙だが貫禄ある人物とも出会う。
カブールは、戦場のおもかげも急速に薄れ、消費都市として発展しつつある。だが、西欧人や日本人、旅行者は皆無に近い。正しく最新の情報が、伝えられていないためだ。テロは、もはや偶発的な事件に近い。それなら、どの国でも、どの大都市で起こりうるだろう。シンイチはそう考えた。
だが、一体どうする?シンイチ自身はこの先?
その日の夜、ハヤサキは、ムラオカさんに全てを打ち明けていた。シンイチのことだ。最初の出会い、そして彼を今後どうしたらよいのか、数日でも数ケ月でも事務所2Fで居候させることは可能か、報告と相談をしていた。明後日、ムラオカさんは帰国してしまう。そしてもちろん、シンイチの帰国方法についても投げかけてみた。
「また、この機になってやっかいな問題を振りかけてきたな。若い者はタイミングということを知らない。」
と、ハヤサキに対して、厳しい口調で言った。
「今まで、ぼくはアフガニスタンから日本へ医師候補を何人も紹介しています。タリバンが去って、女性の社会参加が容認されて、これからは女性の技術者を育てる援助をしていきたい。看護師はタリバン時代でも認められていました。次はその地位・技術の向上、そして女医も育て、全土に広める。日本と交流し、留学の後、この地で活躍してもらう。ぼくの理想で、夢です、それが。」
「その君の希望と、今回のあのアフガニスタン人づらした旅行者とどう関係あるのかな。何も知らないくせに。ああいう若い輩は気にくわない。」
「彼はジャーナリストを目指しています。ならば、もっとこの国の現状を伝えてもらう必要もあります。この国内の開放は目覚ましいものがあるけれども、海外でアフガニスタンの評価は地に落ちています。最新の情報を伝えていくべきです。」
「俺にとってはどうでもいい。もうこれ以上は俺の時代じゃない。遺跡や古代から眠る宝はとっくに破壊しつくされてしまった。俺の夢はとうの昔に潰された。」
ムラオカさんの関心は、やはり遺跡巡りと、財宝を掘り当てることにあったようだ。
「シンイチという者やらを呼んできたまえ。」
ハヤサキは2Fに上がり、シンイチに声をかけた。
階下に降りると、事務所のデスクにムラオカさんが腰かけ、シンイチを睨んだ。
「やっぱり迷惑だ。君のような旅行者がいるから、問題となっていつまでもこの国への渡航は原則禁止のままだ。勉強し直して、出直してきたまえ。今回は、俺がなんとかする。」
なんとかする?シンイチは突然の話に面食らったが、どうやら直前にハヤサキが話をつけてくれていたようだ。
「しばらく、ここを宿とするのはいいが、それも長くはないだろうな。君はカブール見物だけして帰ることになるよ。安心はしてもよい。明日が楽しみだ。」
どうすればよいのか、なんのことかさっぱりわからない。
「迷惑をおかけしますが、もう少しこの国にいたいと考えています。行きたい地方もあります。年少期から憧れていた場所です。」
シンイチはムラオカさんの前で、実家が「西域ラーメン店」という店を営み、店内の装飾として、シルクロードの写真や地図で飾られていたことを話した。そして、一番、心を惹かれていたのは、あのバーミヤーンの巨大大仏だったことを伝えた。
「バーミヤーンには行くことはできますか。」
最も精通していると思われるムラオカさんにこの際、聞いてみるしかないとシンイチは思った。
「なにを今さら。君だって、あの遺跡が爆破によってあとかたもなく消え去ってしまっていることは知っているだろう。」
「はい。タリバンが爆弾をしかけ、こっぱみじんにした様子を映像で見ました。」
「君はタリバンの仕業だと信じているのか。」
「あ、はい。世界中から非難され、その後政権崩壊となったので。」
「それでジャーナリストを目指す?笑わせてくれるよ。」
ムラオカさんは、ゆったりと自信ありげな言葉で続けた。
ハヤサキも横で話を聞いている。
「大仏破壊はタリバンによるものではない。アルカイダの策略であって、そもそもは我々世界中が無関心であったことが原因なんだよ。」
タリバンによるものではない?そんな話は初めて聞いた。やはりこの人は只者ではないようだ。
「話は長くなるがな。ソ連がこの地から撤退し、内戦が勃発。そこで現れたのが、たった十数人の神学生、タリバンだ。その間、350万人とも言える難民が隣国に避難。そして干ばつによる飢え。そしてアルカイダ、アラブ兵たちが次々やってきて、軍事キャンプを作った。タリバンを操ったのがアラブ兵たちアルカイダだ。中東からの豊富な資金と武器援助。その間、世界のメディアは、アフガニスタン難民たちにほとんど耳を傾けてはいなかった。死する難民たちと、大仏遺跡とどちらが大切なのか。それを問いかけたのがタリバンだっただけだ。だが、彼らは充分な爆薬も技術も持ってはいない。知識も情報も持ち合わせていない、ただの地方出身の田舎者の集まりだからな。実際の爆破に関わったのは、アルカイダだよ。知っていたかな?」
シンイチの問いかけを理論であしらうように、ムラオカさんは話し続けていた。
「そもそも直前まで、アフガニスタン問題に無関心だった我々が遠因なんだよ。アメリカはパイプライン建設を、中東は武器援助を、アルカイダはテロリスト養成施設拡大目的で、この国を食い物にしていただけだ。何がNPOだ。バカバカしい。」
ムラオカさんは、興奮のあまり、一部の書類をデスクから投げ捨てていた。
「破壊されたのは、何もバーミヤーンの大仏だけではない。各地に眠っていた仏像も、古代ギリシャにまつわる遺跡も、カブール博物館に秘蔵されていた宝も、全てだ。今では、農民が遺跡に穴を掘って盗掘し、北部で取引しているだけさ。我々は地雷を恐れて近づけない。この国に未来はないよ。」
「ムラオカさん!」
突如、ハヤサキが声を上げていた。
「そういいますが、若者たちは、今、国を再興しようと必死になっているんですよ。カブールで、そして海外での活躍には目が離せない時です。今に、技術者が大勢、この国に戻ってきます。難民たちも含めて。戦争を知らない若者が羽根を広げることが大切なんです。20年でも、30年でもかかって。」
「・・・・・・」
ムラオカさんも黙って聞いている。
「北部クンドゥスの外傷センターが爆撃にあった時、ムラオカさんは言ってましたよね。あれは、誤爆じゃない。近代兵器があそこで間違いを犯すわけない。あれは策略だ。アメリカは、民間人を犠牲にしてまで、アルカイダを殲滅させる、徹底して行うというPRだ。遠慮はしない、という宣伝だ。対日戦争における空襲と同じ戦略だよ。いつでも犠牲になるのは地元民だ、って燃えて言ってましたよね。それがどうしたんですか、そんなに投げやりになって。」
「そう。幾ら我々や外国のNPOが支援しても何も変わらないんだ、この国は。隣国が食い物にしている限りは。彼らが自主自立するまでは。」
「時間はかかるけど、きっとかなえられますよ。諦めないで下さい!」
シンイチは、目の前で繰り広げられている2人の言い合いに驚きながら、青年の情熱と、壮年とも言えるベテランの朗明なやり取りに、不思議な力を感じていた。
「よかろう。シンイチ君とやら、ひとまず今晩は2Fでゆっくりしてくれてよい。ただ、いつでも帰国できるように準備しておくように。」
ムラオカさんは、そう言い残して、散らばった書類の整理を始めた。
2Fの部屋で、ハヤサキは言った。
「ぼくはこの国の将来は、やはり若い人たちの行動にかかっていると思う。サッカーの試合って見に行ったことがありますか?」
俺は、日本で一度だけ競技場でサッカー応援をしたことがあった。その時の高揚と観客がグラウンドになだれ込むような一体感を感じたことを覚えている。始めは応援しているだけの観客がゴールネットを揺らすプレーのたびに塊となって沸き返り、いつの間にか見知らぬ者同士、肩を組み、歌を歌っていたことも覚えている。
「アフガニスタンでもプロサッカーリーグってあるんですよ。一面、緑の芝に覆われた競技場があります。芝が剥がれていたりすることなんてない。新生するこの国をぼくはそこで見ました。ただし、男女の席は別々になっていますが、試合開始前のイベントでは、伝統ある歌を皆で楽しむ、ミュージシャンが盛り立てる。ブルカを被っている女性なんてもういません。喝采と饗宴があって、そして団結する。全く日本のリーグと同じ光景です。」
シンイチは、ハヤサキが何故、多くの困難を抱えているこの国の再興にこれほどまでに情熱を燃やしているのかわかったような気になった。
家族のこと、実家のこと、大学での勉強のことなど、とりとめのないことを、2人はベッドに腰かけ話しているうちに、眠りについていた。
*この物語は全てフィクションです。




