第30話 一年生たちの取り引き
「……清川。話がある」
改まって告げた俵田に、清川普青は薄い笑みをつくる。
「話……ね。まあ、聞くだけ聞いてみましょうか」
その表情も口調も、姉の清川会長がするように、奇妙な迫力のあるものだった。
その迫力に呑まれないように、俵田は声を引き締めて話し始める。
「日中の会議の間、誰か一人だけが白票を投じ続けているのは知っているな? その『白票の人物』について、夕食のとき、祇園先輩と話し合った」
「……結論は出ましたか?」
「おそらく、『白票の人物』は、投票権のない議長を除いた生徒会役員三名のうち誰かだろう――ってところまでは。清川会長と会計の東田先輩。そして……」
「私、ということですか」
応じつつ、清川普青は表情を微かな苦笑に移した。
その微妙な変化を眺めながら、俵田は続ける。
「祇園先輩は、東田会計を候補に挙げていたけど……僕は、清川、君が怪しいと思っている。君は、次期会長候補者なのに、選出会議に積極的には参加しようとしていない。ほとんど無言のまま、事態を静観している……っていうか、なりゆきまかせをしているみたいだ」
「……ふっ。『なりゆきまかせ』ですか。それは、まあ、たしかに」
「やっぱり、そうなのか?」
普青の発言に食いつくように、俵田は確かめる。
前のめりになった彼を、普青は冷静に、片手で抑えた。
「まあ、待ってください。仮に、私が次期会長になる気がないとしても、それを俵田に明かさなければならない理由もないでしょう。清川会長の意志に逆らっていると言ってしまえば、私は明日から姉に会わす顔がなくなる」
「それは……そうだよな」
正論を突きつけられて、俵田は勢いを削がれてしまった。これ以上、清川普青を追及できなくなってしまう。
俵田は表情を曇らせる。彼としては、祇園のために、先輩が会議で有利になるよう少しでも情報を得たかったのだろう。それが叶わなかった、落胆は大きい。
その俵田の表情を、清川普青は静かに見つめていた。
冷静に観察するような視線は、俵田の祇園への思いも見通したのかもしれない。
やがて彼女は、こう尋ねる。
「俵田は、祇園先輩のためを思っているのですか。……それは、側用部の部員としての思い?」
「…………」
唐突なその問いに、俵田は声が出なかった。おそらく、その答えも、彼の内で明確なものとはなっていないのだろう。
俵田の沈黙に、清川普青は続けて言う。
「まあ、いずれにしても、尊敬できる年長者を持てるというのは幸運なことでしょう。……羨ましいかぎりだ」
「……なにが言いたい?」
「私も、祇園先輩のことは気になっているんですよ。……次期会長候補として、ね」
その言葉に、俵田は凍りついた。
祇園が清川会長に反逆し、次期会長を目指す決意をしたこと。それは、当然、祇園や俵田たち限られた人間だけの秘密だったはず。
その秘密を、清川普青は知っている――いや、勘づいている?
緊張に息をのみ、表情を引きつらせた俵田に、清川普青は今度、微笑みを向けた。
「そう警戒しないでいいですよ。私は、そのことで脅すつもりもなければ、清川会長に告げ口する気もない……少なくとも、今の時点では」
「……どういうことだ?」
「取り引きをしましょう」
微笑を貼りつけたまま、清川普青は持ちかける。
「先ほどの『白票の人物』が私であるかどうか。あるいは私の真意というものを、すべて俵田に打ち明ける。……そして、その代わりに、俵田は私に情報を伝える。祇園先輩が、本当に次期会長になろうとしているのか――」
「それは……」
「対等で、良い交換条件だと思いますがね」
「いや、だけど……」
そもそも、なぜ清川普青がそのような取り引きを持ちかけてくるのか。それが分からなかった。
「真意」を打ち明けることで自身を危険にさらしてでも、祇園のことが知りたいというのか……。
俵田は、困惑するしかない。
混乱する彼に追い打ちをかけるように、清川普青は付け加えて言う。
「まあ、俵田が嫌なら、こちらも無理にとはいわないですが。そうなったら、たぶん、二度と私の真実を知る機会はないでしょうね」
「うぅ……」
「ここにいるのは、あなたと私だけ。あなたが何をしても、何を言っても、咎める人はいないですが……さあ、どうします? 俵田」
……悩み抜いて、ついに俵田は意を決した。
「分かった。君には教える。――祇園先輩は、清川会長を裏切り、次期会長になろうとしている……」
闇の中で、秘密が明かされた。
次回
第31話
清川姉妹




