第一話 もう一度あの笑顔を
初めまして!
この度は本作品を読んでくださり、ありがとうございます♡
捨てられた令嬢と冷血公爵の恋物語です。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
暖かな陽光が、白い花々の咲き誇る庭園を照らしていた。
美しく整えられた庭の中央。
エレイナは、深い紫色の絹を幾重にも重ねた美しいドレスを纏い、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「エレイナお嬢様」
優しい声に、彼女は振り返る。
そこには、懐かしい笑顔があった。
「今日もとてもお美しいですね」
「ふふっ、ありがとう」
何も疑うことのなかった日々。
愛されていると信じていた、幸福な時間。
誰もが優しく、何もかもが満たされていた。
——けれど。
「……っ」
その光景が、音もなく崩れ落ちていく。
目の前にあった笑顔は消え、温かな光は冷たい闇へと変わった。
暗闇の中、必死に伸ばした手は誰にも届かない。
「待って……! 行かないで……!」
彼女の声だけが、虚しく響いた。
*
寒くて、狭くて、静かな部屋。
エレイナは、ヴァルディア王国の王都にある平民街の片隅に建つ、小さな平屋に住んでいた。
窓から差し込む柔らかな朝日が、閉じた瞼をそっと照らす。
「ふぁ……よく寝た……」
ゆっくりと瞼を開いた彼女は、ぼんやりと天井を見つめた。
「……夢、か」
小さく呟き、静かに目を伏せる。
胸の奥に、かすかな痛みが残っていた。
かつての華やかな日々は、もう戻らない。
エレイナは小さく息を吐くと、ベッドから起き上がった。
窓辺に置かれた小さな鏡を手に取り、自分の顔を見つめる。
「今日も頑張らなきゃ……」
そう呟くと、簡素なワンピースに着替え、長い髪を一つにまとめた。
身支度を終えた彼女は、小さな鞄を手に家を出る。
平民街の朝は慌ただしい。
パンの焼ける香ばしい匂いが漂い、通りには仕事へ向かう人々の姿が見られた。
エレイナはそんな街並みを歩きながら、いつもの勤め先へと向かった。
彼女が働いているのは、王都で人気の食堂『ラ・ベル』。
小さな店ながらも、料理の美味しさと温かな雰囲気で、多くの客に親しまれている。
「おはようございます!」
店の扉を開けると、厨房から料理の香りが漂ってきた。
「おう、エレイナ。今日も早いな」
店主のエドワードが顔を上げる。
「おはようございます、エドワードさん!」
エレイナは明るく笑いながら、店内へと入った。
「えへへ、エドワードさんや皆さんに会いたくて!」
「ははっ、相変わらず愛嬌のある娘だな」
エドワードは苦笑しながらも、嬉しそうに目を細めた。
厨房で働く者たちも、思わず顔を見合わせる。
——本当に、愛嬌のある娘だ。
彼女の笑顔は、朝の食堂を一層明るくしていた。
*
昼時。
食堂には、王都の騎士たちが次々と訪れていた。
騎士たちは、青と白を基調とした騎士団の制服を身に纏っている。
深い青色の上着には白銀の縁取りが施され、胸元には王国の紋章が刻まれていた。
肩には白い装飾の入った軽装鎧を纏い、腰には剣を携えている。
その姿は凛々しく、王国を守る騎士に相応しいものだった。
「エレイナちゃん! いつもの頼む!」
副団長のユウが、慣れた様子で声を掛ける。
彼はこの食堂の常連客だった。
「はーい! 本日のおすすめもありますよ?」
エレイナはにこりと微笑みながら、注文を取りに向かう。
「おっ、じゃあそれも頼もうかな」
「ふふっ、ありがとうございます!」
彼女の柔らかな笑顔に、ユウは思わず頬を緩めた。
すると、隣に座っていた騎士のジュークが、ニヤリと笑みを浮かべる。
「……副団長、毎日ここに来ていらっしゃいますね」
「うるせぇ。ここの飯は美味いんだよ」
「本当ですか? 嬉しいです!」
エレイナはぱっと顔を輝かせた。
「エレイナちゃんの笑顔もな」
「えっ……! もう、からかわないでくださいっ」
頬をほんのり赤く染める彼女に、ユウは楽しそうに笑った。
ジュークも肩を揺らして笑い、食堂は和やかな空気に包まれる。
昼時の店内は、騎士たちの笑い声と客たちの話し声で賑わっていた。
カラン、と扉に取り付けられた小さなベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!」
エレイナの明るい声が店内に響いた。
入ってきたのは、黒髪の背の高い男だった。
整った顔立ちに、鋭い目つき。
纏う雰囲気はどこか近寄りがたく、周囲の騎士たちとは明らかに違っていた。
黒を基調とした仕立ての良い上着に、白いシャツ。
装飾は控えめながらも、その身なりからは隠しきれない気品が漂っている。
男は店内を一瞥すると、僅かに眉を動かした。
(……あいつらも来ているのか)
店の奥では、見覚えのある騎士たちが食事を楽しんでいた。
騎士団の部下たちだ。
まさか、こんなところで顔を合わせるとは思っていなかった。
「お客様、お一人ですか?」
エレイナに声を掛けられ、男は一瞬思考を止めた。
「ああ……一人で」
思わずそう答えてしまう。
本来ならば、部下たちと合流するつもりなどなかった。
ましてや、今はその肩書きを明かすつもりもない。
ただの客として、この店を訪れたのだから。
「かしこまりました! こちらのお席へどうぞ」
エレイナは何の疑いもなく、彼を窓際の席へと案内した。
幸いにも、店内の騎士たちは食事に夢中で、彼の存在に気づいていない。
男は静かに腰を下ろした。
(……気づかれていないようだな)
小さく息を吐いた、その時。
「ご注文はお決まりですか?」
柔らかな笑顔が、目の前に向けられた。
男は一瞬、言葉に詰まる。
「……おすすめを」
「ふふっ、では特製シチューはいかがですか?」
「……それでいい」
「かしこまりました!」
エレイナは嬉しそうに微笑むと、厨房へと向かった。
男は無意識に、彼女の後ろ姿を目で追っていた。
——何だ、今のは。
胸の奥に、妙な違和感が残る。
戦場でも、どれほど危険な状況でも動じたことはない。
それなのに、たった一人の少女の笑顔が、妙に心に引っかかっていた。
彼はこの国の公爵であり、騎士団長を務める男——アルゼン・ウィスタリア。
その名を知らぬ者は、王都にはほとんどいない。
しかし、彼が公の場に姿を現すことは滅多になく、その素顔を知る者は限られていた。
冷血公爵。
そう呼ばれる彼が、まさか街の小さな食堂を訪れるなど、誰も想像していなかった。
今、彼はその肩書きを隠し、一人の客として食堂ラ・ベルを訪れていた。
目の前の少女は、その正体を知らない。
そしてアルゼンもまた、今はその肩書きを明かすつもりはなかった。
(……妙な娘だ)
彼は小さく呟いた。
「……面白い」
その声は、食堂の喧騒に静かに溶けていった。
*
「お待たせいたしました! こちらが当店自慢の特製シチューです」
エレイナが、湯気の立つシチューをテーブルに置いた。
「……随分といい匂いだな」
「ふふっ、じっくり煮込んでいるんですよ。お口に合うといいのですが」
そう言って、彼女は柔らかく微笑んだ。
アルゼンはスプーンを手に取り、静かにシチューを口に運ぶ。
(……美味い)
思わず、もう一口。
公爵家で出される料理とは違う。
どこか懐かしく、温かみのある味だった。
「いかがですか?」
不意に声を掛けられ、アルゼンは顔を上げる。
「……悪くない」
「本当ですか? よかった!」
ぱっと花が咲いたように笑う彼女に、アルゼンは僅かに目を細めた。
(……本当に、妙な娘だ)
これほど無邪気に笑う人間がいるとは。
彼女の笑顔を見ていると、なぜか胸の奥が僅かに温かくなる。
そんな感覚に、アルゼンは戸惑っていた。
「お客様、騎士様でいらっしゃいますか?」
エレイナが、ふと尋ねた。
「……なぜそう思う」
「なんとなくです! 姿勢が綺麗ですし、雰囲気が凛としていらっしゃるので」
アルゼンは一瞬、言葉に詰まった。
「……そうか」
まさか、初対面の少女に見抜かれるとは。
もっとも、騎士であることを知られたところで問題はない。
ただ、公爵であり騎士団長であることまでは、知られたくなかった。
その時。
店の奥にいたユウが、ふと顔を上げた。
「……あれ?」
ジュークが不思議そうに尋ねる。
「副団長!どうしました??」
「いや……どこかで見たような……」
アルゼンは内心で、静かに呟いた。
(……気づくな)
騎士たちの視線がこちらへ向かないことを願いながら、彼は再びシチューに口をつけた。
*
食事を終えたアルゼンは、会計を済ませた。
「ありがとうございました!」
エレイナが、いつものように明るい笑顔を向ける。
「またいらしてくださいね!」
その言葉に、アルゼンはほんの僅かに足を止めた。
(……また、か)
普段なら、二度と訪れることのない店。
しかし、その日は違った。
アルゼンは、誰にも見られないように口元を僅かに緩めた。
クスッと小さく笑みをこぼすと、彼は食堂の扉を静かに開ける。
「ありがとうございました!」
背後から響く、明るく柔らかなエレイナの声。
その声を聞きながら、アルゼンはふと足を止めた。
——もう一度、あの笑顔を見たい。
そう思った理由を、アルゼン自身にもまだ分からなかった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます♡
第1話はいかがでしたでしょうか?
エレイナとアルゼンの出会いから始まる物語。
これから二人の関係がどのように変化していくのか、楽しんでいただけたら嬉しいです!
よろしければ、感想や応援などもお待ちしております。
これからもよろしくお願いいたします♡




