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ダルマの魂、火事場の馬鹿力

「……お嬢様、聞いて驚くんじゃねぇよ。

今じゃ教科書に載ってるあの

『ダルマ宰相』、高橋是清公……。


あの御仁、若い頃は『破綻の総合商社』

みたいな男でね。

芸者の置屋に居候しちゃあ酒を喰らい、挙句の果てにゃあ相場で大穴開けて、着てるもんまで剥ぎ取られる。


親の顔も知らねぇ、帰る場所もねぇ。

横浜のドブ川の淵で、泥水啜って死ぬのを待つだけの、ただの『ゴミ屑』だったんだ。


……そんな息子を、見かねて連れてきたのは、是清公の養父にあたる御仁さ。


その養父もまた、うちの曾祖父・幻三郎げんざぶろうとは、腐れ縁の仲でね。

『幻さんよ、こいつの魂はもうボロボロだ。中身を全部ひっくり返して、化け物にしてくれねぇか』


……そう、泣きつかれたのよ。


幻三郎はね、その時、這いつくばる是清公の首根っこを掴んで、こう吐き捨てた。


『いいか、坊主。おめぇの魂は、人並みの幸せを求めるから痛むんだ。後悔だの、羞恥だの、そんな余計なモンを抱えてるから動けなくなる。……全部、捨てさせてやるよ』


その晩、幻三郎がやったのは、魂の『大手術』だ。


是清公を冷てぇ床に転がし、耳元で一晩中、一族に伝わる『しゅ』を叩き込んだ。


扇子をパシィッ!と鳴らすたびに、是清公の脳内から、過去の失敗の記憶、親への思慕、未来への不安……

そんな『人間の弱さ』を、ドロドロとした黒いおりと一緒に、一滴残らずノミで削り出したのさ。

空っぽになったその器に、幻三郎が注ぎ込んだのは何だと思う?


……それはね、『火事場の馬鹿力』そのものだ。


『家が焼けようが、国が滅びようが、自分だけは“次は勝てる”と笑える狂気』。


それを、是清公の背骨の真ん中に、熱く焼いた墨で刻み込むように流し込んだ。


……目覚めた時、是清公の目は、もう人間のそれじゃなかった。


昨日まで自分を追い詰めていた借金取りを、まるで路傍の石っころを見るような冷めた目で見据え、ニヤリと笑いやがった。


『……なんだ、たったこれしきのことか。次、行こうぜ』

……この一言から、あの怪物の進撃が始まったんだ。


奴隷に売られても、相場で一億飛ばしても、あの人は平気な顔で葉巻をくゆらせていた。

だって、本人の魂には『負ける』っていう概念が、不知火の手によって消されちまってたんだからな。

周りが絶望して首を括る中で、一人だけ鼻歌を歌いながら再起する。


そりゃあ、世界中の資本家が『あの男は神か悪魔か』と震えるわけだ。


……だがね、お嬢様。


後悔も不安もねぇ人生なんて、それこそ地獄だとは思わねぇかい?


あの御仁、最期に二・二六事件で凶弾に倒れるその瞬間まで、一度も

『本当の自分』を思い出せなかったんだから……。


……さあ、どうだい?

あんたも、その泣きたくなるような『等身大の絶望』を捨てて、

明日には笑って火の中へ飛び込めるような、不知火特製の『無敵の魂』……入れ替えてみねぇかい?」


(パシィッ!と扇子が再び鳴り、燈真の鋭い視線がお嬢様を射抜く。)

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