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神界からの逃走、あるいは異世界への旅立ち

「うげっ……ヒューガの引き取り手ってリリエラだったの⁉︎」


「知っているのか!?」

 

「ボクがサラちゃんの彼氏と会ってたってチクった取り巻きのおでこちゃん」


 ――つまり、貴重な情報源ということか。

 

「……お誂え向きに、早速不名誉な同盟を名乗る相手が現れたようだな。ちょうどいい、お前の力の封印について――」


「素直に教えてくれるわけないでしょ!? むしろ、君がサラちゃんを斬り殺しちゃったなんてバレたら有無を言わさず捕まっちゃうよっ!」


「しかたあるまい、かくなる上はこの剣で――」


 ヒューガは背中の剣に手をかけて天を見上げた。

 人間をまるで盤上遊戯の駒としか見ていないことも、誤解とはいえあらぬ嫌疑で結果的にセラを貶めたことについても、少し礼をしたいと思っていたところだ。

 

「だっ、ダメに決まってるでしょ! 1人斬ったらもうあと何人斬っても変わんないみたいなヘンな吹っ切れ方やめてよねっ!?」


「くっ……! そうだな……あの女神はともかく、奴の《箱庭(せかい)》に生きる人々まで巻き込むわけにはいかん」


 女神サラによれば、あのリリエラという女神の世界は今まさに《魔王》の脅威に晒され、人々は存亡の危機に立たされているという。

 そんな世界を己の都合で創造神不在の混沌たらしめることなどあってはならない。

 今すぐにでも斬り捨ててやりたい気持ちを抑え、ヒューガは魔剣から手を離した。


「君がそれで納得するならそれでいいや……って、そんなこと言ってる場合じゃなくって! ヒューガがサラちゃんを殺したなんてことが神々にバレたら、あの子に惚れてた大勢の男神たちが血眼になって君を捕らえに来ちゃうんだって! 君、今神界一ヤバいお尋ね者になっちゃったっていう自覚あるっ!?」


「……向こうから来るというのならば致し方あるまい」


 ヒューガは再び背中に手を伸ばした。

 元女神を復活させ、姫を探し出し、《勇者》を名乗る外道を打ち倒して帝国の復興を成し遂げる――その悲願を阻むというのならば、降りかかる火の粉を払う以外の選択肢をヒューガは持ち合わせていない。


「たったひとりで神々に戦争でも仕掛けるつもり!? サラちゃんやリリエラみたいな普通の女神ならともかく、もし戦神連中が軍勢を引き連れて本気で襲ってきたりなんかしたら、いくら必殺の魔剣や異能があったって、あくまで人間な君の身体が持たないよっ!! お姫様、助けに行きたいんでしょっ!?」


「で、ではどうすると言うのだ!?」


「決まってるでしょ、誰にも見つかる前にさっさとどっかの《箱庭》の中に逃げるの! ――いいからこっち来て! ほら、急いでっ!!」


 そう言ってセラはヒューガの袖を掴むと、湖畔からそう遠くない、なだらかな丘陵の上に建つ小さな東屋(ガゼボ)に向かって走り出した。


「――って、わわっ!?」


「この方が早い、しっかり捕まっていろ。苦情は後で受け付ける」


 ヒューガは背中の魔剣を腰に差し直すと、セラの身体をひょいと持ち上げて空いた背中に負ぶった。

 

「それで、あそこに何があるんだ?」


「ボクが一番最初に造ったポータルの試作機(プロトタイプ)。まだちゃんと動くといいんだけど」


「そんなものが、あの妹に見つからず無事残っているのか?」


 逃げられた腹癒せで、いの一番に破壊されていてもおかしくなさそうなものだが。


「アレ、一応表向きはボクのお昼寝スペースってことになんだよ。小うるさいサラちゃんに至福の時間を邪魔されないように結界のセキュリティがかけてあって、ボク以外には開けられないようにしてあるのさ」


「……怪しげな研究を企てるにはもってこいというわけか」


「怪しげは余計だけど……ま、そういうことだね」


 そうこうしているうちに、程なくして丘を登りきり目的の建物に辿り着いた。


 ドーム状の屋根から、それを支える六本の柱に至るまで、混じり気のない純白で染め上げられた白亜の東屋を見上げて、ヒューガは首を傾げた。


「お前はこんな狭い吹きさらしの東屋で、本当にあの大がかりな魔方陣装置の研究をしていたのか……?」


「外から見るとちっちゃい東屋だけど、中はもっとずっと広いから安心して。さあ、おしゃべりしてないでさっさと隠れるよ!」


 「中の方が広い? 何かの謎掛けか……?」と困惑するヒューガを余所に、セラは柱のひとつに右手をかざして何やら囁いた。

 見たこともない模様の小さな術式が3つ重なって現れたかと思うと、パリン……とひとつずつ砕けるようにして消えていく。


「ふぅ……まさか神核認証じゃなくて単純な生体認証にしといたのがこんなトコで幸いするとはね」

 

 ――どういう意味だ……?


 聞き慣れない単語が次々飛び出し、ヒューガは困惑しきりだ。


『サラ様? いらっしゃらないのですか……?』


 返事がなくてしびれを切らしたのか、再び天から《領域》の主を呼ぶ声が響く。

 どうやら悠長にしている暇はなさそうだ。


「説明なんてあとあとっ! さあ、ついてきて!」


 セラはまたヒューガの袖を掴んで引く。

 言われるがまま彼女の後に続いて東屋の中へと入った瞬間、ヒューガは目を見張った。


「これは……!」


 たしかに何の変哲もない東屋の中に入ったはずだというのに、目の前には見たこともない箱形の構築物が所狭しと並ぶ、文字どおり何かの研究施設といった空間が広がっていた。王宮のアシュリーゼの私室よりも広いだろうか、ヒューガにはちょうど帝都にある王立魔道研究所のメインラボに似た雰囲気を感じた。


「ようこそ、ボクの秘密の研究室へ! ……って、そんな悠長なこと言ってらんないか。待ってて、急いで準備するから!」


「いったいどうなっているのだ……? ここは東屋の中ではないのか?」


「外から見たアレはカモフラージュで、実際は内部っていうよりボクの《深層領域》――えーっと、簡単に言うとボクが生み出したプライベート空間に繋がってるのさ。……まぁ、実際は『くれぐれも美観を損ねるような変なモノは建てないでくださいね?』ってサラちゃんに釘刺されて、しかたなくお昼寝スペースってごまかして入り口としてそれっぽい感じの東屋建てたんだけど……あーあ、ホントはドワーフも喜んで手伝いに来たくなるような立派なラボ建てたかったのになぁ」


 元女神は箱形の装置を弄り回しながら、「お姉ちゃんってつらいよね」と愚痴をこぼしてため息をついた。


「お前、空間を生み出すなんてことができたのか!?」


「そりゃまぁ、これでも一応、正真正銘の神さまだったワケだし?」


 さも当然のような返答に、ヒューガは改めて神と人間とでは次元の違う存在であることを実感させられた。


「――よしっ! さすがフォーナインマイスターのエンジニアに特注した永久システムだ。これなら問題なくポータルを起動できそうだよ」


「本当か!?」


「うん、バッチリ!」


 額の汗を拭って、セラはグッと親指を立ててみせた。

 

 果たして、旅立ちの準備は整った。


「……ところで、このポータルという装置は異界に行ったっきりで、その行き先すら転移してみないことにはわからない代物なのだろう? そこからまた別の世界に飛ぶには、いったいどうするつもりだ?」


 セラに手を引かれ、王宮の地下で触れたのと同じ模様の描かれた淡く光る魔方陣に入りながら、ヒューガは思い出したように尋ねた。

 

「えぇー……いまさら? もしかして、なんの考えもなしに『封印を解いて回る』なんて言ってたの?」


「……すまん」


 下から覗くジトーっとした視線が痛い。

 

「やれやれ……。さて、問題です。これからボクたちはどうやって世界をハシゴしてボクの神核とお姫様を探しにいくのでしょーか?」


 急に問われてヒューガは顎に手を当て暫し思案したが、やはり解決策は思い浮かばない。

 

「――はい、時間切れ。 答えは至ってシンプルだよ。ポータルなんて、なければ造る! 材料は現地調達! 設計図はボクの頭ん中! 以上、説明おわりっ! ――さあ、行くよっ!!」


「冗談だろう!?」


 幼い顔立ちからは想像もつかない泥臭い力技の発想に驚く間もなく、魔法陣が眩く輝きだした。マナの充填が完了したようだ。

 

「刻は来たれり……開け、異界の扉よ! 我が叡智の顕示たる秘法の輝きに応え、我らを未踏の大地へ(いざな)いたまえ……!!」


 高位魔法の詠唱のように紡がれる元女神の言葉とともに、ついに光は弾けた。


 ――待っていてください、アシェ。必ず、お迎えに上がってみせます。それまで、どうかご無事で……!

 

 確たる決意を胸に宿し、忠義の騎士は光の収束の中に消えた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


2章からはいよいよ異世界(箱庭)で神核探しの物語が展開していきます。

引き続きお楽しみいただけると幸いです。


みんな大好きエルフの美少女薬師とかくたびれたおっさん剣士も出るヨ!

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